風がラグの髪を撫でる。
(もし、ここにお墓があったなら…僕はどうしただろう?)
 もしも魔物に、遺体を消されなかったとしたら、迷わず墓前に花を供えただろうか?
 たくさん並ぶ、村人の墓の中で。誰か一人を選択して…
(みんな、みんな好きだった。大好きだった。その中から…一人…?)
 それは『ただの人間』が決められる事じゃない。
 この手の震えは、きっと恐れていたのだ。その決断を下す事に。
 発作的にその花を奪って逃げたのに、ためしにみんなが死んだ場所へ置くこともできない。 かといって戻る事もできない臆病な自分が悔しかった。
(これじゃ、なにも変わらない。扉の向こうに出ようともがいていた自分と何も変わらない…だけど…)
 金縛りにあったようにラグは動けなくなっていた。
 何をしたら良いのか。自分はどうしたいのか。どうする事が正しいのか。
 荒れた土地にたった一人立ち尽くす少年に、忠告の声は自らの心の内からしか響かなかった。
 今はたった一人。地下室から外に出てきたときと同じ、たった一人だった。
 どうすれば良いのか。何が正しいのか。自分は、どうしたいのか。あの時と同じに考えようと、思った。


 絵と向かい合い、マスタードラゴンは念を送る。最初の力の呪はいらなかった。
 女王と絵師はそれを見守る。下がる事を頑として拒否したのである。
 もぐらなくてもマスタードラゴンには、絵の向こうの風景…血塗られていく村が頭に浮かんだ。
 まるでその上空を飛ぶように、マスタードラゴンはゆっくりと村を見渡す。
 『勇者』の形をしたものが、とある邪神官によって倒されたのを確認した。その周りを見渡すと、 天空の眷属を模した飾りをつけた、防具が見つかった。
 絵師たちが見守る中、マスタードラゴンの翼が揺れる。
 その帽子はゆっくりと力を貯め、とある気高い魂をゆっくりと防護していった。


 深い悲しみに満ちた村だった。
 いなくなってしまった塔の住人。もう夜になってもその美しい女性が顔をのぞかせることはなかった。
 森の木々が、草むらの花が、優しい少女の死を悼んでいるのがわかった。
「あんた達、なにしにきた?」
 ドワーフにじろりとにらまれる。その奥には憎しみと、憂いを秘めていた。この人もロザリーが亡くなったのを悲しんでいるのだ。 おそらく人間達がこの塔から、ロザリーを攫いだすのを見ていたのだろう。
「…人を、待っているのです。」
 哀しみや憎しみをぶつけられるのは商売柄慣れているらしいクリフトが、同じく憂いを帯びた目で告げた。
「ふん、人間なんて裏切りばかりさ!そいつが来なかったらどうするんだ?!」
 すでに八つ当たりなのだろう。だが、怒る気にもならなかった。魔物のせいとはいえ、人間にも…そして ピサロナイトを倒した自分たちにも、その責任の一端はあるからだ。
 クリフトは静かに言った。
「必ず来ます。ですから…いつまででも、待ちますよ。」
 その言葉は目の前のドワーフにいったのではなかった。今はここにいない、水晶の心をもった少年に向かって言ったように、 仲間達には聞こえた。


 多分、これは裏切りなのだと思う。

 間違っているのだと思う。

 だけど、僕は人間だから。

 人間だから、この選択しかできないと、そう思ったんだ。

 …許してくれる?それとも、これを望んでいた?

 そうだよね、きっと怒っていたと思う。

 みんなは、ずっとそう言ってたんだから。

 僕は勇者なんかじゃないけど。

 頑張るって決めたから。

 もう少し待っていて。

 間違いを正したら。

 かならず、ここへ還ってくるから…




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