過去を越え、絵をくぐり、たくさんの魂がマスタードラゴンの前に立った。いや、立ったと言うのは正しくない。 すでにどの者も二つの足は地に立っていなかった。
「二人とも。後は下がってくれ」
 マスタードラゴンの言葉に、今まで絶句していた絵師と女王が頭を下げ、謁見の間から立ち去った。
 謁見の間は静まり返っていた。
 魂たちは泣きもせず、笑いもせず、ただマスタードラゴンの言葉を待っていた。
「お前達に、頼みがある」
 ”なんでしょう、マスタードラゴン様”
「ラグリュートの魂を救うために協力して欲しいのだ。」
 たった一人も、迷わなかった。
 ”はい、よろこんで。”
 その笑みはとても尊かった。
「そのためにはお前達は、ラグリュートを天上から見守る事ができなくなる。」
 母親が言った。
 ”私たちが、まだあの子の力となれるのならば、これ以上幸せなことはありません。”
「天に帰る事も許されない。自らを捨て、新たな生命への道をたどる事になる。それでもかまわぬか?」
 父親が言う。
 ”それが人の道に悖ることであっても、私達は悔いません。いまだラグのために、何かが出来るのなら”
 全員が頷いた。とても満足げだった。
 マスタードラゴンはこれからの計画について、語り始めた。


 緑の風が吹かぬ場所。温かな陽の照らさぬ場所。その中に、九人は来ていた。
 すでに魔族からも離れた波動を感じる、ピサロの城。それはとても哀しい感情に満ちていた。
「ピサロ様が、ピサロ様が泣いていらっしゃる…。」
「泣いて…?」
 進化の果てに、自らを亡くした者に、涙は出るのだろうか?
「ええ…ピサロ様は、悲しんでいらっしゃいます。それも全て私のせいなのですね…」
「ねえ、ロザリー。」
 マーニャがなぜか居心地が悪そうに、ロザリーに尋ねた。
「はい、なんでしょう?」
「ピサロに逢って、どうするわけ?」
 今、ただひたすらにピサロに向かって歩いている。
 もし逢えばどうするのか。どんな風に思うのか。それは、誰にも判らなかった。
「進化の秘法で変わり果てた魔物は…特にデスピサロみたいに強い力をもってたら…多分、元に戻ったり しないと思うわよ。」
 進化の秘法で消えた想い人。…ピサロによって実験材料となったバルザック。砂となって消えた人。… それはおそらく、生涯忘れないだろう。
「そうですね、ですが…私の涙は…思いをこめるもの。その思いが、ほんの少しでもピサロ様に伝われば…」
「そういう策なんですか?」
 クリフトの言葉に、ロザリーは首を振った。
「いいえ、とても、策なんていえるものではありませんわ。希望…ですわね。とても儚い、愚かな。 それでも、それに希望を託してみたいです。」
 その目は、儚くではあるが、確かな光に満ちていた。
 マーニャがロザリーの肩を叩く。
「あんた、強いわよ。少なくとも、あたしよりはね。」
 元に戻す事なんて考えなかったあのときの自分より。父を殺した 憎しみしか見えなかった、魔物になってしまったバルザックを認めることが出来なかった自分より。
 今だって後悔はしていない。ああして、良かったと思う。だけど、きっと生涯忘れる事は出来ない傷だから。


 ”ああ、神様、ありがとうございます”
 ”それは私たちが、本当に望んでいた事です”
 ”到らなかった私たちが、最後までのぞんでいたことです”
「…そのためにおぬし達の魂が必要なのだ。もう既に、魂は薄れ消え去ろうとしている。」
 ”ありがとう、ございます”
 ”それがなせるとは、叶うとは思っても見ませんでした…”
 泣きながら口々に礼を言う。己らが生前望んでいた死に様を犠牲にしようとしているとは思えない、晴れ晴れした顔だった。
「何故だ…?」
 マスタードラゴンは思わず聞く。
「何故、そこまでして、ラグリュートを守りたいと願うのだ?」
 勇者の母親役を引き受けていた女性が、とても美しい笑顔で答えた。
 ”だってあの子は、私の息子ですもの”

 ””ラグは、私達の生きる理由をくれたから””


 

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