「姫様、このようなところで何をしていらっしゃるのですか?」
「うん、ちょっとね。」
 廊下で窓の外を覗いていたアリーナが、クリフトにそっと笑いかける。
「外を見ていたかったの。」
 その窓は北に面していた。
「ブライ様に付いていかれなくてよろしかったのですか?」
 ブライは今、ルーラでサントハイムへと向かっていた。王の無事を確認する為に、朝までサントハイムで 休むと言い残し、帰郷した。
「いいの。お父様のことは心配だけれど…帰ったらきっともう出してくれなくなるもの。最後まで 見届けたいわ、私。」
 きっと今ごろブライと王は、無事を喜び、アリーナの活躍を聞き大喜びしている頃だろう。
「クリフトこそいいの?お城に戻らなくて。」
「私は…」
 アリーナの顔を見る。
(旅に出ている間でも王女と臣下という身分さは崩さなかった。それでも、この旅の間は城の中よりずっと近くにいられたから。)
(姫様ともうすこしだけでも、側にいたかった…)
「臣下として、姫様の側から二人とも離れるわけにはいきませんからね」
 そんな言葉でごまかす自分が少し哀しかった。
「それに、ラグさんのことも気になりますし。」
 あまりにも普通で、あまりにもピサロの方を見ないラグが、どこか壊れているようで見ていて痛々しかった。
「ねえ…?」
 アリーナが自分の身体を抱えるように肩を持つ。
「前にも、前にもこんなことがなかった?」
 とても儚げなラグ、不安な気持ち。ラグを心配する真剣なクリフト…
 アリーナの顔が真っ赤になる。
(顔が熱い…どうして…?)
 上目遣いでクリフトを見ると、クリフトの顔も、トマトのようになっていた。
 前にもあったようなその感覚。なぜかそれが妙に照れくさかった。
「ひ、姫様…その…」
 相乗効果でさらに二人の顔は熱くなっていった。


「ですが、ピサロ様はラグさんから、ふれあう相手を奪い、私はそれを取り戻す権利を、ラグさんから奪いました。 …それは許される事なのでしょうか?ラグさんは、どうして私などを生き返らせて下さったのでしょう? とても、大切な方がいらっしゃったのに…」
「その言い方は、ラグにとても失礼ですわ。」
 ミネアの言葉にロザリーが顔をあげる。
「ラグがロザリーさんを生き返らせた理由は、たくさんあります。だけどラグはとても悩んで、その結果ロザリーさんを 生き返らすことを自分で決めたんです。全てを捨てて貴方を選んだんです。自信をもってください。 これで貴方が、その選択を否定してしまっては、それこそラグが可哀想です。」
 トルネコが優しい声で言う。
「ロザリーさん。貴方は自分で言ってらっしゃいました。『このまま待っていては、花を使わせた価値のない者になってしまう』と。 貴方は行動をしました。そしてピサロさんを助けました。サントハイムの方々も無事帰ってきました。 私には十分価値のある方だと思いますよ。」
「ええ、ですが・・・」
「ラグさんのことは許してあげて下さい。きっとラグさんは戦っているんです。ピサロさんが生きている事が許せないと 思う心や、ロザリーさんと仲良くしている所を、うらやむ気持ち…それに村人達の仇討ちを果たしたいと思う気持ち… そんなものと戦っているんですよ。」
 トルネコの言葉にミネアが続く。
「ラグが、ピサロさんにどんな決断を下すか、私達にはわかりません。ですが、ごめんなさい、ロザリーさん。たとえ ラグがピサロさんを討つと言っても、私達は…止めません。ラグがどんな決断をしても、私たちは それを見守る事しか出来ないのです。ラグはそのために、今生きているのでしょう…」
 本音を言うと、自分たちにもわからないのだ。自分たちはピサロを許した形になったが、本当に 許してしまっていいのか、心のそこで、許せないという気持ちが本当にないと言えるか、判らないのだ。
「ええ…判っています。ラグさんの望みは…叶えて差し上げたいと思っています…」
 ロザリーは泣いた。
「ですが…久しぶりのピサロ様の胸は、とても温かくて、尊くて…とても愛しくて…私…見守れる自信が なくなってしまいました…」
 ルビーの粉が床に散らばる。ロザリーはとめどなく涙を流した。


「ぼ、僕、なにかおかしなこと言いましたか?」
 いつまでも笑いやまないピサロに、ラグリュートが話し掛ける。
「いや、お前は素直だな…そうか…」
「そんなにおかしいですか?」
 ようやく笑いやんだピサロが、真面目な顔をして言う。
「確かにお前は、モンスターを倒すのに長けていない。応用も利かないのだろう。だが、基本が 出来ていれば、この先強くなれる。私が保証しよう。お前は基本がしっかりしている、だから この先いくらでも強くなれるだろう。」
「ほんとうですか?」
「ああ。」
「じゃあ、僕と一緒に旅をして、一緒にエスタークを倒してくれませんか?」
 その言葉に、ピサロはしばし沈黙した。
 消えかけた炎を見て、薪を足しながら、ピサロは口を開いた。
「ラグリュートよ。」
「はい?」
「お前は、何のために、エスタークを討とうとするんだ?」
 ラグリュートは自信をもって答えた。
「だって、僕は勇者ですから。」
 その答えにピサロはもう一度笑った。
「お、おまえは単純だな…いいだろう、共に旅をしよう。」
 その笑いに、ラグリュートは頬を膨らませた。


「いいんですよ、それで。」
 トルネコの言葉に、泣き顔をあげた。
「私たちは、愛する人のために戦ってきました。自分の真剣に考え自分の道を探すために旅をしたライアンさん、 自分たちの愛する国を取り戻す為に、戦っていたアリーナさんたち、愛するお父さんの仇を討つ為に、旅に出た マーニャさんたち、そして私とて、愛する家族のために旅をしていたに過ぎません。そして、ラグさんも 自分の大切な家族達の、シンシアさんの心を受け継いで旅に出たのです。」
 ミネアが言葉を継ぐ。
「ですから、貴方も自分の愛する人のために行動してください。それが、一番正しい事だと思うのです。」
 遠くにいる、大切な人。一度は失ったと思えた大切な人。二人にはかけがえのない、愛する人がいたから。それを 愛しく思う気持ちは、誰よりもわかる気でいたから、そう言って微笑んだ。
 ロザリーも微笑んだ。
「さ、もういっぱいお茶を如何です?」
「ありがとう、ミネアさん、戴きます。」
 こぽこぽと注がれるお茶の暖かさを、ロザリーは嬉しく思えた。


「それはともかく、ラグは心配だけど…私たちには、どうすることも、出来ないのよね…」
 なぜかドキドキする気持ちを振り払い、アリーナは気持ちを立て直した。
「ピサロさんを許せとも、倒せとも、私にはいえません。愛する人を失なわせた者が、目の前にあるのですから…」
「ねえ、クリフト。」
 アリーナ顔に不安が浮かぶ。
「あれで、良かったのかしら。私は、お父様が、皆が帰ってきたらそれで良かった。けど…捕まっていた 皆はきっとピサロを恨んでる。憎んでる。死んでしまった兵士だっていたわ。 なのに…私が許してしまって、良かったのかしら…」
 そんな言葉に、クリフトはきっぱりと言う。
「ご立派でした。少なくとも、私は立派だと思いました。」
「そう…かな…」
「ピサロさんが王様を殺していたら、私は許せませんでした。ですが、帰ってきました。いいえ、 ピサロさんが返して下さいました。もちろん失ってしまった命もありました。ですが、だからこそ、これ以上の命が失われる事は 、良くないと私は思います。それに…きっと、私達はピサロさんに裁きを下す権利は、ないと思います。」
 アリーナは頷いた。
「ありがとう、クリフトがそう言ってくれたら、なんだか自信がもてるわ。きっと、全ては明日、決まるのよね。」
「ええ、姫様。エビルプリーストのことも…ピサロさんのことも…全ては明日です。」
 アリーナはクリフトの両手を握った。
「私、私ね!間違ってるかもしれないけど、駄目なのかもしれないけど…いつかピサロと一対一で戦いたいな、って思う。 だから、本当は、私、そんなこと思ってはいけないのかもしれないけど…」
 クリフトは、アリーナの手を握り返した。
「だから、あの時、そうおっしゃらなかったのですね。…私は、お祈りします。全ての人の心が晴れるように…」
 クリフトから、そしてアリーナから伝わる熱は、とても暖かく、自分たちの心にやすらぎをくれた。
 それが、お互いの熱だからだという事に、二人はまだ気がついていなかった。




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