毒ガスは、すでに村の外までも溢れ出していた。ガスの中に潜む魔の気を感じながら二人で最後の野営をした。
 空から降りてきてから、ピサロと出会ってから、長い時が経っていた。 たくさんの戦闘をくぐり、たくさんの経験をし、色々な人と 出会い、様々な思いを抱いた。
 あの時はさっぱり判らなかった野営の準備も、ラグリュートにはお手の物となっていた。
「…ついに、ここまで来たな。」
「うん、そうだよ。ピサロ。ついにここまで来れたんだよ。それも全部ピサロのおかげだよ。ありがとう。」
「いいや、ラグリュート。お前は強くなった。あの時とは比べ物にならない。」
 そういうピサロにラグリュートは首を振った。
「ううん、たしかに僕は強くなったよ。だけど、どんなに頑張ってもピサロには適わない。ピサロがいなかったら 僕は死んでた。」
「いいや。」
 ピサロはこちらを見ずに言った。
「たしかに…戦闘力の点では私のほうが強い。だが、ラグリュート。私の強さと、お前の強さは質が違う。 ラグリュート、お前の強さは心だ。お前の心がなかったら、私はここまで辿り着けなかった。もしかしたら 魔に囚われ、第二のエスタークとなっていたかもしれない。」
「そんなことないよ。ピサロは強いじゃないか。僕がめげそうな時にも、ピサロはいつだってちゃんと自分を持っていた。」
「私は、固い。唯強くなる事だけを望んでいた。エスタークを討ち取る事だけを望んでいた。 だから、もし魔に落ちることが強くなる条件なら、なっていたかもしれない。」
 ピサロの顔が赤いのは、果たして焚き火のせいだけなのだろうか?
「だが、お前は、柔らかい。めげてもめげても、前を向いていた。それがとても私には心地よかった。… お前は気がついていないのだな。私が横にそれそうな時に、いつだって前を見せてくれた事を。上を見上げる事が どれだけ気持ちがいい事だという事を、お前は教えてくれた。力が強いだけでは駄目なのだと、いつだって 教えてくれていた事を、お前は気がついていなかったのだな。」
「ピサロが、そんな風に僕をほめてくれるの、初めてだね」
 ラグリュートはテレながら火をかき回す。
「決戦の前に一つ、聞かせて欲しい、ラグリュート。」
「なに?いいよ?」
 すこし赤い顔が、ラグリュートを見る。
「お前は何のために、エスタークと戦うのだ?」

 ラグリュートは不思議なほど落ち着いて、答えた。その答えはすんなりと出た。
「僕が、勇者だからだよ、ピサロ。」
「そうか…」
 ピサロは横を向いた。だがラグリュートは話を続ける。
「最初に会った時も、ピサロは同じ事を聞いたよね。」
「そうだな、そしてお前は同じ事を言った。」
「うん、覚えてるよ、だけど今言ったのはあの時と違う気持ちなんだ。」
 ピサロはもう一度ラグリュートを見た。その瞳はとても澄んでいた。
「最初は、マスタードラゴン様に言われたから。僕が特別だって言ってくれたから嬉しかったからなんだ。 だけど、今は違う。僕は、勇者でよかったと思ってる。勇者であることの 意義が、旅をしてわかったから。」
「それは何だ?」
 火が、パチン、とはじける。
 ラグは思う。多分、自分の今の迷いの答えは、この次の言葉なのだと。
 ピサロは思う。力はこの次の言葉の心によって、『強さ』に変わるのだと。
 だが、二人の気持ちの裏腹にゆっくりと薄れていく。
 ラグリュートが口を開く。
「僕は、この旅をして…分かった事が…」
(消えないでくれ!)
 声にならない叫びは届かず、ゆっくりと意識が戻る。

 目が覚めると、体中が汗だくだった。


「あら、あんたも酒なんて飲むんだ?眠れないの?」
「妙な夢を見たからな。」
 ピサロが酒場に下りてきた。深夜、ほろ酔いのマーニャの他に客はいなかった。
 マーニャはキープしておいた酒瓶を取り出し、振った。
「あんたも飲む?」
「…もらおうか。」
 ピサロはマーニャの向かいに座る。
「いろんな因縁はあるけど、いい男と飲むっていうのは良いもんだからね。まあ、すでに売約済みみたいだけどね。」
 茶化していったマーニャの言葉には何もいわず、ピサロはグラスを傾けている。
「お前は、私に恨みはないのか?あれしきのことで、消えたというのか?」
 ポツリと聞いた。
「あるわよ。」
 きっぱりとマーニャが言った。
「まだまだいっぱいあるわよ。当たり前でしょ?ミネアだって、多分アリーナだってクリフトだってブライだって、ライアンだって… わかんないけど多分トルネコだってあんたに思うところはあるわよ。当然でしょ?」
 そう鋭くいったあと、少し笑う。
「この美しい乙女がよ?うら若き青春時代を棒に振ったのよ?恨まれないと思ってるわけ?本当なら、 楽しいだけの時を、過ごせたかもしれないのに、さ。」
 最後の言葉が少し寂しげなのを見て取ったピサロが、マーニャが注いだ酒を示して更に聞く。
「ならば、何故だ?」
「…色々あるわよ。あんたの気持ちもわかる気はするし、アリーナとかはあたしと違って立派な人だからね、多分なんだかんだいっても 還って来たからいいやって思ってるんじゃない?あんたも敵意はないみたいだし。魔物に操られてたってロザリーを苦しめてたのは 人間だって事には変わりないし。ロザリーに免じてって言うのもあると思うわ。」
 ちりん、とグラスの氷が鳴る。その音色は美しかった。
「ただ…なんかねー。こう、すっきりしてるのよ、不思議なほど。前はもっともやもやしてた。なんでかしらないけど、まあいいか、 って思えるのよ。過去なんかより大切なものがあるし…多分あんたを倒す為にしてた旅で手に入れる事が出来たって気もするし。 それがなんだかわかんないだけどさ。」
 すがすがしい笑顔で言ったマーニャに、ピサロが口を開いた。


 妙な夢を見た。まだ息が荒かった。
(もし、あの答えが聞けたら、僕の行く先がわかった気がしたのに…)
 一体夢の中のラグリュートはなんと答えようとしたのだろう?勇者の意義ってなんだろう?
 村人を殺されたわけでも、誰かを失ったわけでもない自分は何のために戦おうとするのだろう?
 少し風にあたるために、ラグは外に出ることにした。


「先ほど、私を殴った時に、ロザリーの分だといっていたな。それは、何だ?」
「ああ、あれね」
 マーニャは一気にグラスの酒を飲み干す。
「あんたバカじゃない?って事よ。」
「……」
 ピサロは賢くも沈黙を守った。
「あんたは何のために強くなりたかったの?ロザリーを守る為じゃないの?違うの?」
「…そうだ。」
 もう一度自分で酒を注ぐ。
「ならさ、どうして離れてたの?ロザリーを守りたかったなら、側にいてあげればよかったじゃない!」
「しかしそれでは…」
「強くなれないって?」
「そうだ。」
 バン、と音を立ててコップを置くマーニャ。
「それは矛盾してるわ。ロザリーのために力をつけたいはずなのに、そのためにロザリーを守れなかったら意味がないじゃない! あんたはね、結局男に良くありがちの、自分が一番になりたい、強くなりたいって、ただそれだけのために力を 求めたのよ。あんたは自分が強くなるために、ロザリーを見捨て、結果ロザリーを悲しめて、殺したのよ。」
「なんだと?」
「違うっていうの?なら、何故ロザリーは死んだの?もし、あんたがずっと側でロザリーを守ってたら、ロザリーは死んだ? 人間なんかに攫われた?」
「……」
 ピサロはまた黙った。
「もし、あんたがずっと側にいたなら、あんな塔に閉じ込めて置く必要なんかなかった。ずっと見守って、自然の中で二人で 暮らせばよかった。ロザリーだってそのことを望んでたわ。たしかに人間は襲ってくるでしょう。だけどね、 それくらい追い払えないあんたじゃないわ。ロザリーは人間を滅ぼす事を望んでいなかった。 あんたはロザリーのためだと勝手に思い込んでいたけどね。それを望んでたのは、 ピサロ、あんたよ。人間を滅ぼすって言い訳をして、ただ、自分が強くなりたかっただけよ。魔族の 頂点にたちたかっただけよ。」
「……」
「ちょっとでも、あんたがロザリーの気持ちになって考えれば、こんな簡単な事、あんたが判らなかったはずはないわ。 ロザリーに聞けばよかったのよ。どうして欲しいって。ロザリーの気持ちも考えないで、勝手につっぱして、 女をいい訳にして、結果女を不幸にして、人を、皆を不幸にして殺した。いいかげんにして欲しいわ!」
「…そうだな。」
 マーニャは立ち上がる。
「人を言い訳にして戦おうとするなら、その人の気持ちを考えてから行動してちょうだい。 もう一度、機会をあげたわ。もしまた、あんたが同じ事をしようとするなら、今度は殺すわ。」
「肝に銘じよう。」
 マーニャは振りむく。階段のところで聞いていたラグは、とっさに逃げ出した。

 ラグは部屋に入り、胸を抑えた。
 ”人を言い訳にして戦おうとするなら、その人の気持ちを考えてから行動してちょうだい”
 マーニャの言葉が胸をつく。人の気持ち。お父さんの、お母さんの、みんなの、気持ち。
 シンシアの、気持ち。

 ”ラグ、私を、守ってね。私を、救ってね。”

 あの夢を最後まで見れなくて、良かったかもしれない。
 涼やかな声。最後の願い。これが、いまだ解けないラグの答えだった。だが、この答えは ラグ自身で出さなくてはならないのだ。


 マーニャは酔いを覚ます為、外へ出た。
(八つ当たりだわね、これじゃ…)
 おそらく、さっきの怒りはピサロへの怒りじゃない。自分を思っていたというバルザックへの怒りだった。
(だけどすっきりしたわ…もう、きっとあいつに言いたい事はないわ。)
 好きとか、愛してた、とかそんな感情はもうなかった。ただ懐かしかった。言いたい事がいえなくて、もやもやしてた事を 全て吐き出せた。
 今は、ただ、安らぐ人に逢いたい気がする。燃える恋じゃなくて、深める愛がしたい。二人で一緒に、ずっと一緒にいられる 人と。
 今、聞きたい声。それは…
「勇ましかったな。」
「ライアン、あんたこんな所で…」
 外の樹にもたれかかり、ライアンが座っていた。その手にはすんなりとした形の 弦楽器があった。
「なにそれ?」
「ああ、先ほど通りかかった商人が扱っていてな。安かったので買ってみた。」
 弦をはじく。透る和音が空気を通った。
「そうじゃなくて!なんでそんなの買ったのよ?」
 ライアンはじっとマーニャを見た。そしてもう一度楽器に眼を向ける。
「いや、全てが終われば…また平和にもなろう。そうすれば剣も余り必要としなくなる。なら… なにか別の趣味でも見つけてみよう、そう思っただけだ。」
 どうやら興味が出てきたようだ。マーニャはライアンの横に腰を下ろす。
「ふうん、弾けるの?」
「一通りは教えてもらったが…まだまだ曲を弾くには足りず、と言った所だな。」
「ふーん。でもなんとなく、様になってるわよ。」
「そうか。」
 ライアンは不器用なしぐさで、少しずつ弦をはじき、音を調節する。その音をマーニャはしばらく黙って聞いていた。
「あんたは、戦い終わった時のことを、ちゃんと考えてるのね。」
「マーニャ殿は考えてはいないのか?」
 空を見る。闇だったそらが、紺碧に変わりだしている。
「なんとなく、わね。まあ、職はあるし、やる事もあるから、しばらくはモンバーバラで踊ってると思うけど…」
 そこで骨をうずめるか、と言われると怪しい。そう思って戸惑っていると、ライアンが手を止めてこちらを見た。
「なら…考えていることがある。マーニャの人生を、賭けてみる気はないか?」
 なぜか、何を言おうとしているのか、なんとなくわかる気がした。マーニャは立ち上がる。
「…そうね。夜が明けて、全部終わったら。それで、あたしの仕事が全部終わったら、あたしの人生、賭けてみても 良いかもしれないわね、あんたに。当然、あんたも人生を賭けてくれるんでしょ?あたしに。」
「ああ。」
 決定的な言葉はなかった。今、言う気もなかったし、聞く気もなかった。マーニャは立ち上がり、伸びをした。
「いい空の色だわ。明日はいい天気になりそうね。」
「そうだな。」
 くりっ、とマーニャがライアンを見た。
「明日ね。」
「ああ。」
 それだけ言うとマーニャは宿へ入って行き、ライアンも腰を上げた。


 そして、夜が明けた。


   長い夜になりました。しかしまともに寝てる人いないんですけど、大丈夫なのか、最後の決戦。多分 起きたら昼前のような気がします。しかし私、夜に何かするの好きですねえ。多分戦士達の 休息って感じが好きなんだと思います。しかし夜はちゃんと寝ようよ。 あと、ブライファンがいたらごめんなさい。今回出番なしです。いるかどうか知りませんが。

 一番やりたかったのはマーニャVSピサロ。別に戦いじゃないですが。冒険日記でも突っ込みまくってますけど、 一度、本人に直接言ってやりたかった台詞です。
 それと、天空の勇者ラグリュートと魔界の勇者ピサロの旅。二人とも、実際とはちょっと性格違います。 ピサロが馬鹿笑いしてますし、ラグリュートは弱いと言われてムッと来てます。精神的に今より 若いかも。個人的には、旅の途中でシンシアとロザリーには出会ってるんじゃないかな、なんて 思ってます。

 ライアンの楽器。悩みました。リュートにしようかなーと思ったんですが、ラグリュートとかぶっちゃう( というかラグリュートって、楽器のリュートからつけたんですが)んですよねえ。ので あえて楽器名を出しませんでした。大体そんな感じで御願いします。そういえば、今回でこの二人、くっついたも 同然ですねえ。自分でもちょっとびっくりしました。
 さてさて、実際のラグとピサロの出す結論の行く末は…以下次回って事でよろしくお願いします。

 

  


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