まっすぐに憎い仇を眺める。ピサロは堂々と立っていた。まるで、神の前に立つ神官のように、敬虔な気持ち さえ持っているように見えた。
 意思を持った強い目。…それはかつて、『勇者』の事を語ってくれた吟遊詩人の姿だった。
 決意したはずだった。こいつを討つと。だが…先ほどの余りにも潔い…そして殺した事に悔いているわけでは ないにせよ、自らの罪をしっかりとみつめている…その行動にラグの心は揺れた。
(エビルプリーストのように、自分を正当化するような魔族になら、迷うことなく剣を振るうのに。… ピサロは…罪は罪だと…償わなければならないと…わかっている…)
 だが、許せない。みんなの未来を自らの勝手でつぶした奴。皆、皆とてもいい人たちだった。自分を 守る為に死んでいって…
 旅に出る時、見送って欲しかった。皆で村の入り口に立って、いってらっしゃいと言ってもらうのが夢だった。
 大切な、何よりの宝。…それをつぶした奴。そいつがのうのうと自らは幸せな未来を築こうとしている。
 許せない…だが、その目はどこか澄んでいるようで・・・

(僕は、シンシアを救わなくちゃ、守らなくちゃいけないんだ!!!!!)
 剣をしっかりと握り締めた。
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 ラグは思い切り叫んだ。それは気合ではなく、叫び。まるで泣き声のようだった。
 ラグは、剣を持ってピサロへ向かって高く、跳んだ。


 最後まで見届けようと思っていた。あの方はやっていたことだから。どんなに辛くとも 眼を話さずずっと見届けていたから。
(私もあんなふうになりたい…なりたかった…)
 ロザリーはずっとそう思ってきたから、逃げないつもりだったのに。
「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 ラグが跳んだ瞬間、ロザリーは眼をつむった。切り殺される瞬間をどうしても見ることはできなかった。
 ザン!と、軽く何かが切れる音がした。ロザリーがゆっくりと眼をあけた。
 目に入ったのは、陽に照らされて銀色に光る、たくさんの糸。
 見ると、ラグの手には銀糸の束。そして、その前には髪の短いピサロがいた。


 ラグはピサロを跳び越え、振り向き様にピサロの髪をつかみ、剣で切り落としたのだ。
「だけど…だけど、お前を殺しても、そんなことをしてもシンシアも皆も喜ばないんだ…」
 ラグは、ピサロに切った髪を見せる。
「僕はお前を殺さない。だからこの髪を村に弔いに撒こうと思う。多分それが僕に出来る精一杯のつぐないだから。」
「…それで、いいのか?」
 ラグは、ピサロの髪をしまいこむ。とても大切なもののように。
「ずっと仇が討ちたかったのは、みんなのためじゃない。僕のためなんだ。何をすれば判らなくて、どうすれば 僕のために死んでしまった皆に喜んでもらえるか…ううん、償いがしたかった。償いを受けたかったのは僕だったんだ…」
 花園が見えた。あの時燃えてしまった、花園が。そこにはシンシアがいて、とても嬉しそうに微笑んでいたのを 温かい心で思い出せる。
「だけど、皆はそんな事を望んでなんかいなかった。ただ、僕が立派な勇者になって、世界を救う事だけを望んでた。 立派な勇者のために死んで、この大地に還って、その世界を僕が救う事を、それだけを望んでた。僕は立派な『勇者』 になって、その名誉を守ってあげなきゃいけないんだ。」
 蒼い空を見上げる。
「ああ…そうか…」
 ラグの目から初めて涙が零れた。
「シンシアが言っていたことは…このことだったんだ…」


 暖かな風が吹いた。ラグを中心として。
 そして、聖なる澄んだ気がラグを中心に、強烈な勢いで溢れたした。


 声が、聞こえた。シンシアの、最後の声が。


「ラグ…今まで貴方といられて楽しかった。色々遊べて、嬉しかった。私、ラグに逢えた事が、最高に 幸せだと思うわ。」
 勇者となるべき人と出会えたこと以上に貴方と、他でもないラグと、ただ儚い一時が 過ごせた事を、私は幸せに思う。ラグと森で遊んで、剣の訓練をして、たわいない話をして。 そんな事が幸せだった。

「魔物の狙いは貴方。けれどラグ、私は貴方を殺させはしないわ。貴方だけは、守ってみせる。私は…貴方に 生きていて欲しいの。」
 貴方は勇者だから。だけど、私はラグに生きていて欲しい。ただ一人で生きているだけじゃ決して つかめなかった幸せをくれたラグに、生きていて欲しい。

「ええ、ラグ。私たちはいつまでも一緒よ。例え、何があっても。」
 …ずっと、一緒。それを望んでいた。たとえ、エルフの信念に、自然のままに生きるという信念に背いても、 私は怖くなんかない。ラグと、ラグと一緒なら。

「今までの分も世界の全てを見て、人と関わって、絆を作って。」
 『勇者』としてだけ生きていたこの小さな村。それ以上に皆はラグのことを愛していた。これは本当の事。 それでも、皆はラグを『勇者』と育てる為に生きていた。
 だけど貴方はこの先、旅をして世界を巡り、勇者の仲間と生死を共にして、絆を作る。それはとても大きな あなたの、何よりの財産となるから。

「そして、今まで私や村の人といた幸せよりも、もっと大きな幸せを見つけて、 その幸せをつかんで欲しいの…私の分も。」
 ここで貴方一人に重荷を押し付けていく私たちを、貴方はどんなに恨むでしょう。どんなに辛い思いを するでしょう。許される事じゃないから、せめて囚われないで、この村の幸せに。 この先大きな世界で、きっと幸せがあるから。私はここで死ぬの。死んだ人間に とらわれてあきらめないで。この小さな村で掴んだ幸せよりも、もっと素敵な、ラグ自身に与えられる 幸せを…見つけて欲しいの。それは大きな貴方の糧となるから。

「勇者ラグに祝福を。」
 死なないで…戦いの最中に…。『勇者』として、死んでいかないで。

「そして、愛するラグに、幸福を…」
 そして、全てが終わった後、大きな幸せが、『勇者』として耐えた辛い日々を取り返せるような大きな幸せを、 私は、私は願うから。ずっと一緒にいたかった、愛する人の幸せを。

「さよなら、ラグ。」
 最後まで、そばにいられなくて。ごめんなさい。重荷を押し付けてごめんなさい。最後まで…こんなにあさましい 気持ちを貴方にぶつけることを、許して。

「ラグ、私を、守ってね。」
 私は『勇者』を、そして何よりも優しくて、強くて、立派な貴方を守って死んでいく、その誇りを守って。

  「私を、救ってね。」
 私の身体は、大地に還るから。そこで貴方を見守るから。…私を、世界を、救って…


「なんだ、この気は!」
 それは邪悪でも、なんでもない、とても優しい、すがすがしい気。だが、その圧倒的な強さで まるで吹き飛ばされそうだった。
「これは…ラグの気…」
 ミネアがつぶやくと、皆が頷く。
「そうです…この神聖なる気は…間違いなくラグさんです」
 クリフトはラグの方を見る。間違いなくこの強い気はラグを中心に放射状に発せられている。
「だけど…この強さは何?ラグの気はこんなに強くなかったわよね?」
 アリーナが手をラグの方へ伸ばすと、その手は押し戻されそうとさえするような気がした。
「そうよ!むしろ…弱弱しいくらいだったわ。」
 マーニャの言葉を聞いてか聞かずか、ピサロが叫ぶ。
「バカな!これが、こんな強い気を勇者は秘めていたと言うのか?そんなはずはない!」
「ピサロ様…?」
 いつのまにか涙を止めてロザリーが横に来ていた。
「そんなはずはないのだ!これだけの気を持っていれば、たとえ抑えていようとも、私が気が付かないはずはない! もっと前に気がついていたはずだ!!」
 ピサロの言葉に、ロザリーがハッとした。
「そうだったのですか…」
 その妙に確信を秘めた言葉に全員がロザリーの言葉に注目する。
「そうだったのですね、あの方は、シンシアさんはピサロ様からラグさんを守っていらっしゃったのですね…」
 全員が一斉にラグを見た。

 ”ラグ…”
 確かに声が聞こえた。それは聞き覚えのある声だった。
「シンシア…?」
 眼を凝らす。そして。
 ”ラグ…”
 その風の中に手を伸ばしているシンシアが見えた。身体が少し透けている。
「シンシア…シンシア…どうして…」
 シンシアはにこりと微笑む。
 ”ごめんなさい、信用してなかったわけじゃなかったのよ…”
 言葉が出ない。涙が次から次へと溢れる。ただ首を振った。
 ”ただ、側にいたかったの。一緒に旅がしたかったから…”
 その言葉で涙がまた溢れる。目の前にいる愛しい人。その姿はとても 儚かった。
 ”ずっと一緒にいて、最初はとても心配だったけど、ラグはとても頑張ったわね…とっても 立派よ、ラグ”
 シンシアの方へ手を伸ばす。だが、そこには何もなかった。ほんのわずかな温かみ。得られたのは それだけだった。


「どういうことだ?」
 ピサロの、皆の目にもシンシアが見えた。ただ釘付けになっている。ロザリーのまた涙を流しながら うわごとのようにピサロの問いに答える。
「あの方は、ずっとラグさんの側にいらっしゃいました。あの姿ではなく、魂を結界のようにしてラグさんを守っていらしたんです。」
 ”貴方が、エルフの寵愛を受けた方だからですわ。…私は初めて見ます。これだけエルフに愛された方を。”
 かつて、ロザリーはこう語った。最初から見えていたのだ、ロザリーには。
「…私には、何も見えなかったわ・・・」
 ミネアがつぶやく。ロザリーは視線をラグに向けたまま、ミネアの問いに答えた。
「魂を変形させていては…おそらく人間には見えません。見えたのは、私と同じエルフだけです。」
 マーニャがすこし強く言う。
「どうして今までいわなかったの?ラグがどれだけ苦しんでいたか…」
「シンシアさんはそれを望んでいらっしゃいませんでした。エルフにとって、死後魂としてこの世界に残る事は とても恥ずべき事なのです。自然と共に死ぬのが私達の務めですから。ですけれど…あの方は違います。」
 シンシアは、愛しそうにラグを見ている。
「シンシアさんは、自分のことなんて、何も考えていらっしゃいませんでした。ただ、ラグさんのためだけに。 自分が側にいる事がわかったら、ラグさんのためにならないと、そうお考えでした。」
「しかし、ラグ殿の気はむしろ力に対して弱弱しいほどだったはずだ。だが、これはなんだ?」
 今度はライアンが聞く。この強大なラグの気は、トヘロスの代わりにすらなりそうだった。
「今、ピサロ様の言葉を聞いてわかりました。これが本来のラグさんの気です。きっと…このまま旅をしていたら、 ラグさんはすぐに魔族に気づかれていたのでしょうね。」
「そうだな。これほど特殊な気があれば、私達も替え玉にすぐ気がついただろう。」
「ですから、結界になってその気が外に出ないようにしてらしたのですね。ずっと、ラグさんを守ってらしたんです、 シンシアさんは。」
 ブライが首を振る。
「それだけではない。ラグ殿にとっては…シンシア殿の存在それだけで、きっと救われておったんじゃよ…」
「つまり、私たちは、ずっと九人で旅をしてたんですね…」
 トルネコの言葉はとても暖かかった。




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