暖かな風が自分の周りをとりまいている。これこそが、シンシアの魂の全てだと、ラグは気がついた。
 ”私の行動が、言葉が重荷になってること、気がついてた。だけど…私には何も出来なくて…ただ ずっと見守ってるしかなかったの”
 首を振った。重荷なんかじゃなかった。救いだった、今思えば。ずっと気がつかなくて、それは自分が バカだったから。こんなに、こんなに思っててくれたのに。
 ”だけど、もう、大丈夫ね。私がいなくても、もう平気ね”
 シンシアは少し寂しそうに笑った。

(もし、ここで首を振れば、シンシアは自分の側にいてくれるかな?)
 だが、シンシアの姿がとても薄れている事に、ラグは気がついていた。
(僕を、ずっと守っていて…たくさん力を使ったんだ…)
 ラグはシンシアが、皆が誇れる人間でなくてはいけないのだ。たとえ、心が苦しくても、哀しくても・・・張り裂けそうでも 決して言ってはいけない事なのだ。。
 たった少し、首を動かすだけなのに、とてもとても勇気がいた。
 ラグはまっすぐシンシアの眼を見ながら、ゆっくりと頷いた。
 シンシアは少し嬉しそうにそして哀しそうに笑う。
 何か言わなくてはならない。だけど、言葉が詰って出てこない。出てくるのは嗚咽と涙ばかりだった。
 それでもゆっくりとラグは両手を伸ばし、シンシアを抱きかかえるように腕を丸く抱えた。
 そこには何もない。ほんのわずかの温かみ。
 けれど、そこにはとても大切なものがいるのだ。
 ”ラグの目線でいろんなものが見れて、私嬉しかった。ずっと側にいられて幸せだった。”
 こくん、と頷く。
 ”でも…もう、行かなくちゃ…”
 せめて、笑おう、そう思う。あの時は笑えなかったから。混乱したままで、怒鳴って叫んで、笑えなかったから。
 笑顔で見送ろう。それが…それがきっとシンシアが求めた『強さ』だから。
 ラグは涙をむりやりに止めて、笑う。それをみて、シンシアも笑った。
「さよなら、ラグ」
 その声が妙にはっきり聞こえる。
 すう、とシンシアは浮かび上がる。少しずつ、シンシアが光りだした。
「ラグに、幸福が降るようにずっと祈ってるから…」
 ゆっくりと天空へとあがっていく。
「シンシア――――――――――――――――――!!!!」
(僕も、ずっと好きだったから。シンシアの幸せを、ずっと祈ってるから。)
 声にならない声が、シンシアにも聞こえただろうか。
 シンシアは微笑みながら、空へと昇っていった。


「ラグ!」
「ラグさん!」
「ラグ殿!!」
 七人が一斉に迷いなくラグの元へと駆けていく。
 寒いと感じた。ずっと寒さなんか、感じていなかった。どんな所にいても。
 それは、シンシアが側にいたからだったんだとはじめて気がつく。
 ラグは、座り込んで泣いた。
 ただひたすら涙をこぼした。
 皆が死んだとき。旅の苦しみ。勇者の苦痛。今まで貯めてきた全てを、涙として流した。
 その涙を流す様子を、何も言わずにただ、見守っていた。

「ずっと、守ってくれていたのに、ずっと気がつかなかったなんて…」
 いつのまにか、頼らなくなっていた胸の鍵。これは戒めだったのに。大切なものはとても近くにあるのだという、 そんな意味を持っていたのに。
「いいえ、気がつかなくて良かったのですわ。」
 気がつくと、ロザリーと少しはなれたところにピサロが立っていた。
「ロザリーさんは…気がついていたのですか?」
 ロザリーは頷く。
「シンシアさんは、ただラグさんを守る事だけを考えてらっしゃいましたから。」
 そうして少しうつむく。
「私は、恥ずかしいですわ…本当を言うと、ピサロ様をラグさんが切ろうとした時、私はラグさんにシンシアさんのことを 言って、止めるつもりだったんです。ですけれど、言おうとした時、シンシアさんは首を振って、それから微笑まれました。」
 ラグがぽかんとした表情で、ロザリーを見た。
「最初は、シンシアさんもピサロ様が死ぬ事を望んでいたのだと、そう思いました。ですけれど違ったのですね。」
 空を見た。シンシアが消えていった蒼い空を。
「シンシアさんは最初からわかっていらしたんです。ラグさんが、ピサロ様を討たない事を。初めからわかっていたからあんなに 誇らしく笑ってらしたんです。」
「僕は、ありがとうも言えなかった…」
「言えばいいわよ。」
 ラグのつぶやきに、マーニャがあっさりと言う。ミネアもそれに続く。
「シンシアさんは空へ昇っていかれました。きっと見てらっしゃいます。」
「そうですよ、ラグさん。ここででもいいじゃないですか。」
「きっと、聞いててくれるわよ」
 クリフトとアリーナの言葉に、頷いてラグは立ち上がった。空へと手を伸ばす。
「ありがとう、シンシア。僕は…きっと大丈夫だから…」

 かつて、ラグはありえた未来で『勇者などいない』と語った。
 ある意味でそれは正解だったのかもしれない。ラグの心にはいつも迷いがあったから。
 この瞬間、初めてラグは勇者になった。
 今、ここに勇者は生まれたのだ。


「じゃあ、とりあえずマスタードラゴン様に報告に行きましょうか」
 クリフトの言葉にピサロが答えた。
「いまや軍を解散したとはいえ、私はかつて魔族の王だった。…天空城へは赴けぬ。 私はここからロザリーヒルへと帰ろう。」
「お世話になりました、皆さん」
 ピサロの言葉にロザリーがお辞儀をしていった。
「ロザリーさん。お幸せに。」
「健康に気をつけてくださいね」
「また人間においまわされぬよう、気をつけなされ」
 ミネアとトルネコとブライがロザリーに握手を求めた。
「ええ、また…お茶が飲めたらいいですわね。」
 なれない習慣ではあったが、ロザリーも手を伸ばした。
「いつか、武道会の決着をつけてくれる?」
「我も、いつかお手合わせを願いたいな」
「…またお酒でも飲みましょ?」
 アリーナ、ライアン、マーニャがそれぞれにピサロに話す。ピサロは 小さくうなずく。
「…承知した。」
 それぞれに別れを済ませ、ピサロとロザリーは、ずっとその様子を見守っていたラグに声をかける。
「ラグさんには本当にお世話になりました。ありがとうございます。」
「ロザリーさんも…お元気で。」
「…ラグ。いつかお前とも、剣をあわせてみたいと思うぞ。」
「そうですね、負けないように頑張ります。」
 そういって微笑んだ。小さく礼をする。
「さようなら、またいつかお会いしましょう」
 ラグの言葉に二人は一礼をした。
「ああ。」
「ええ、またお会いしましょう。」
 ピサロは呪文を唱え、空に昇った。

「それでは…天空城へいきましょうか。」
 そうして振り向いたラグの表情は、ふっきったように明るかった。


 ここまで、お付き合いいただいて本当にありがとうございます。ついに、ずっと共に旅をしてきたシンシアが 空へと昇りました。勇者も、生まれました。
 ここまで書けた事を嬉しく思います。
 次回、最終回です。第50話『運命(ほし)の導く、その先へ』 どうぞお付き合いくださいませ。  


  


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