鐘の音がなる。この高校の鐘の音は、公立の学校の違って、少し荘厳で教会を イメージさせる。
(まったく変なところでお金かけるんだから。)
 マーニャは立ち上がり、とっとと部活に向かう。マーニャが向かうのは体操室。おかげでレオタード 姿を見たいと、窓の外には男子どもが群れをなすと…
 更衣室に入って着替えていたマーニャは頭を抱えた。
(あたしのせいじゃないって言うの!!)


「あら、先生、今日もお元気ですね。」
 にっこりと、マーニャは麗しいレオタード姿で挨拶する。
「…マーニャ殿か。いつも言っているだろう、そんな姿でうろうろしてはいかんと!!」
 頭ごなしに怒鳴る男。…こいつこそが、マーニャの天敵だった。
 顔はまあまあ、胴着すがたが程よく似合い、引き締まった筋肉。…だが、 このくそ硬い頭はなんとかならんのか、とマーニャはいつも思う。
「じゃあライアン先生、あたしに部活するなって言うんですか?」
「そうは言っていない。だが、そのようなかっこうをするからいたずらに男子生徒を惑わすのだ。」
 実際体操用に髪をあげたマーニャのうなじは、高校生とは思えぬほど、ぞっとするほど色っぽい。
 生徒指導教官であり、体操室のとなりの部活、剣道部の顧問であるライアンの日課は部活が 始まる短い時間、マーニャ目当てで体操室に群がる男子生徒を蹴散らす事だった。
「あたしだって別に男を惑わそうとしてレオタードを着てるわけじゃないわ!ただ体操の正式な 衣装だし、こっちのほうが動きやすいから着てるだけよ!」
(こいつを見ると、むかむかする。)
 それがマーニャの率直な感想だった。おかげで毎日毎日絡まずにはいられない。
「あたしは、何も悪いことしてません。」
「なら、いつもつけているアクセサリーはなんなのだ。」
 部活前なのでさすがに今はつけていないが、マーニャがいつもつけているネックレスやアクセサリー… それはこの学校では校則違反ではないけれど、他の学校なら一発で生徒指導室行きだ。
「校則違反ではないはずだわ。それに…」
 マーニャはにこりと笑う。これが、対ライアン最終兵器だった。
「とてもよく、似合っているでしょう?」
 とたんにライアンは真っ赤になって黙る。
 ライアンはどうやら色恋沙汰どころか、女性的な事全てに弱いらしく、こういった台詞にはなんと言って良いか判らず 、一瞬真っ赤になって黙り込み、二の句が告げなくなる事を、この二年ちょっとで悟っていた。
(ざまーみろ♪)
 すっきりとした爽快感。そして少しだけ残るむかつき。マーニャはそれを無視して、体操室に入っていった。


 この一ヶ月ちょっと。ようやく新しい仲間とも上手くやっていく事が出来ていた。
 すこし新しい道場も、綺麗な胴着も、ラグはそれなりに気にいっていた。
「いーち、にーい、さーん、しー」
 隣りを覗くのに失敗した人たちがライアン先生指導のもと、素振りをさせられている。これもよく見慣れた光景だった。
「どーう!!」
 ぱしん!とラグの竹刀が練習相手の胴着をはたく。練習試合の終わり。とりあえずラグは今のところ負けなしだった。
 ありがとうございました、と礼をして練習が終わる。
「ちくしょう、どうしてもお前には勝てないんだよなあ。」
 部長のスコットが笑う。
「でも僕もきびしかったです。」
 ラグがそう笑うとスコットがラグの髪をくしゃくしゃにした。
「うわ、やめてくださいよ!部長!」
 笑いながら止めると、くすくすと笑い声が聞こえた。
「お疲れ様です、部長。ラグ。」
 はい、とシンシアがタオルを渡す。腕のばんそこうが、白いシンシアの肌に目立つ。部長は礼を言って受け取り、時計を見た。
「よし、こんな時間か。じゃあそろそろ終わるか。」
 部長がライアンに話し掛ける。ようやく解放されたらしい犠牲者達が竹刀を置いて、剣道場から逃げ出した。
 一礼をして、おのおの片付け始める部員達を尻目に、ラグはいつもの日課に取り掛かる事にした。


 がらりと扉を開けると、そこには夏の気配を感じた。
 まだ、外は明るい。薄紫にそまった空を、ゆっくりと眺めていた。
「…まだそんな格好をしているのか」
 その言葉に、マーニャは振り向く。そこには予想通りの人間がいた。
「…いいでしょ?もう誰もいないわ。」
 したたる汗を見たライアンは仕方なさそうにため息をついた。
「何をしている?」
「疲れたから休憩してんのよ。」
「じき、暗くなる。早く帰った方がいいぞ。」
 むかむかと、マーニャに怒りが湧き出る。
(どうしてこいつはいつもいつもあたしのする事にけちをつけるの?!)
 そう怒鳴ろうとした時だった。
「…だが、この空を少し見ていくのも、悪くないかもしれんな。」
 紫に染まった雲を、ライアンは指差した。
 その横顔を見て、マーニャはこくんと頷き、しばらく一緒に空を見た。
 …馬鹿みたいだと思った。ちょっとした戯れに、二人で空を見るなんて。
 それでも、最後に「ちゃんと身体を拭くように」という説教を素直に受け入れた理由は、自分には良くわかっている。

 …空が、蒼くなかったから。


 

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