「いつもありがとう。」
 ラグは首を振る。
「僕の方こそ、お世話になってるから。」
 ラグの日課。それはマネージャーであるシンシアと一緒に道場の後片付けをする事だった。
「それに、夏は変質者がよく出るって聞いた事あるから、一人で片付けして帰ったら危ないよ。」
 ちょっと待ってて、と走って更衣室まで行く。そして急いで着替えた。
「シンシア。一緒に帰ろう。」

 空は藍色に近づいていた。真円に近い月がビルの透き間から覗き、きらきらと輝いていた。
「ラグ…大丈夫なの?」
 シンシアの家は学校から15分の距離。寮と学校とは二等辺三角形の図形を描いていた。
「反対方向じゃないから平気だよ。部活があるからご飯の食べ損ねないしね。」
 基本的に夕食は七時だが、部活があると申請しておけば、帰ってくるまで食事をとっておいてくれると 言って笑う。だがシンシアは首を振る。
「そうじゃなくて…誤解されない?」
 誤解…それはどういう意味だろうか?
 シンシアはなぜか顔を赤くしてうつむく。
「その…彼女に…」
「彼女?」
 一瞬の沈黙のあと、思いっきり首を振る。
「違う違う違う!!!ぼく別に恋人なんていないし!!!えっと、アリーナさんもマーニャさんも ミネアさんも、なんていうか茶飲み友達と言うか!!!!」
 茶のみ友達は酷いだろう、と我ながら思いながら凄い勢いでまくし立てる。
(だいたいここにきて一ヶ月でどうやって恋人をつくるのか、こっちのほうこそ聞きたい!!)
「本当に…?」
 ラグは千切れそうな勢いで首を縦に振る。
「そっか。」
 そう言って笑ったシンシアの顔が、妙に印象的で。ラグは口から言葉を滑り出した。
「シンシアには…?」
「いないわ。…正直、そんな暇なかったもの。部活、忙しかったし。」
 でも…と言いかけて口を閉じる。シンシアがそう言うならそうなのだろう。

 シンシアに、聞きたい事はたくさんあった。
 一ヶ月の間で分かった事。
 時々腕に作ってくる傷。シンシアといると、妙に不良に絡まれる事。『慣れている』といった、その理由。
 だが、毎度言おうと思うたびに、胸に詰るのだ。
 だから、ラグは一緒に下校する事にしていた。せめて、できるのはそれくらいだからと。
 シンシアも、何も言ってこない。時折、ラグの顔をゆっくりと見つめる。
 十五分の夜の散歩。徐々に見えてくるシンシアのうちは、びっくりするほど普通の家だった。
 別荘を持っているほどお嬢様のはずなのに。そう思うが、基準がわからないラグとしてはなんとも言いようがなかった。
「ありがとう、ラグ。」
 それは、いつもの挨拶だった。
 そう、いつもどおり。

 …けど、月があんまり綺麗だった。とても、綺麗だったから、なぜか終わらせたくなかった。
「シンシア…あの…」
「ん?」
「もうすぐ、夏休みだよね…」
「そうね。…テストがあって、それから夏休み。ラグも大会、頑張らなくちゃね。」
「うん、そうだね…」
 何を言えば良いか判らない。夏休みになると、部活以外逢えなくなること。テスト中は部活がない事。そんな事が ぐるぐると頭をまわり、するりと口から出た事は。
「お祭いかない?」
「え?」
 シンシアが首をかしげる。
「お祭。夏に神社でするんだよね?一緒にいかない?」
「…二人で?」
 シンシアがそう言うと、ラグはこくん、と頷く。
 この人は、きっとわかっていないのだろう、知らないのだろう。シンシアはそう思う。
 二人でのお祭りに誘う事は、第四龍探高校では愛の告白に等しいと言う事。
 それでも、妙に嬉しかったから…とても嬉しかったから。
 ある決心をして、シンシアは頷いた。


 嬉しそうに礼を言って去っていくラグを、シンシアはみつめる。
 巻き込まないように。…もう、誰にも辛い思いをさせないようにと、シンシアは生きていた。
 それでも許される範囲で、あの人に関わっていたい。
 これが、最後のわがままになっても。
 …嫌われてしまう事になっても。


 ようやく前振り(と言いますが、環境説明)が終わりました。出来るだけ自然に…と思っていたのですが、難しかったです。 あと、初めて完全一人称にチャレンジ。…上手く出来たでしょうか?どうでしょうか?
 ちなみに一つ。星の導く〜の方ではマーニャはいまだにバルザックの事が好きですが、 こっちのマーニャは一切バルザックに恋心を残しておりません。むしろ憎んでます。

 では次回はテスト明けです。




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