螺旋まわりの季節
〜 愛逢( めであい)の憂鬱 〜

 抑圧されたテスト期間が終わり、皆が浮かれ騒いでいる。
 嫌な事も終わり、あとは夏休みだ。大好きな、夏がやってくる。

 それでもアリーナは、少しだけ鬱だった。…忘れていた事。

「アリーナ様?」
 必ず下校時に喧嘩をし、そして負けてしまう相手。そして今日もクリフトは、自分の鞄を 嬉しそうに持っている。
「なあに?」
「どこか顔色が優れないようですけれど、どこか調子でも悪いのですか?」
「そんな事ないわよ。元気よ。…ねえ、クリフト。あなた本当に大学に行かないの?」
 教師も泣いていた。クリフトならば国立一流大学も夢ではないのに、と。
 だがクリフトはにこやかに答える。
「はい。これ以上旦那様にご負担をかけるわけにはいきませんから。」
 そう、憂鬱の原因は、これだった。

 すでに浮き足立ったホームルーム。そこで担任が取り出した一枚の紙に、生徒の全ては水をかけられたように 熱を冷ました。
「まだ一年だといって侮ってはいかん。将来の事を常に視野に入れて置くように。…もっとも予定は変わるものだからな。 決まっていないものはだいたいの…」  そんな先生のたわごとをBGMに、皆はシャーペンを手にとる。
 アリーナは氏名を記入する。”アリーナ・シエロ・サントハイム。それが自分の正式名称。…もっとも めったに使わないが。
 コツン、とペン先で机を叩く。
 判りきった進路の紙。そこに並んでいるのは、「第一希望」「第二希望」「第三希望」の文字。
 …第二、第三なんて用意されてないのに。
 私は、すでにあそこに組み込まれている。
 それでも第一に、疑問を持ったことはないから、さらさらとペンを走らせる。
 ふと、ペンを止める。
 …気が付いたら側にいた、あの人。
 今年卒業するあの人は、これから一体、どうするのだろう?


 授業も終わり、放課後。
「てめー、殺すぞ!!」
 期末テストの結果上位100位が張り出され、学年8位のところにラグリュート・セレスティアルの文字を発見するや否や、 ホフマンは太い腕で、ラグの腕を締めた。
「ホ、ホフマンさんだって43位じゃないですか…」
 この学校の生徒数は1500を越えている。この紙に張り出されたホフマンは、かなり優秀な生徒なのだ。
「俺はいいんだよ!部活もやってねえしな!」
 そんな勝手なことを言いながら、笑って力を入れる。
「く、苦しいです!ホフマンさんおかげです!!感謝してます!!!」
 そう言うと、ホフマンは思い立って腕を外す。
「ほんとーだな、感謝してるんだな?」
「はい、感謝してます。最初にノートも貸して下さいましたし、一緒に勉強もしましたし。」
「よーし、じゃあ感謝の気持ちとして質問に答えろ、いいな!」
 不思議に思いながらもラグはこくん、と頷く。
「友達から聞いたんだが…ときどきシンシアちゃんと一緒に帰ってるって本当か?」
「あ、えーと、その、同じ部活ですし、僕一番下っ端ですから片づけを手伝って…」
「んなことは、どーでもいいんだよ。…お前もしかして来て早々三大アイドルとシンシアちゃんを 物にしたのか?」
 ラグは首が千切れんばかりに振りまくった。
「と、と、とんでもないです!だからマーニャさんたちはお友達ですし、シンシアとは昔のちょっとした 知り合いで!!!」
「お、お前、シンシアちゃんの昔を知ってるのか?」
 ホフマンの意外そうな顔。ラグは頷いて
「少しだけですけど。ちょっと会った事があるだけなんですが。」
「じゃあ、お前ならこの噂の真相を知ってるかな。」
「なんですか?」
 シンシアの噂とあっては、聞き逃すわけにはいかない。
「シンシアちゃんは中学校で大病を患って長期入院をして、一留してるから、俺らより一つ上なんだってさ。」


「私は、これからやっと旦那様へ恩返しができると思っています。」
 そういって微笑む、クリフトがなぜか憎らしかった。
「…お父さまのこと、そんなに好き?」
「好きなどという言葉では説明できません。もっとも私の尊敬する方です。父とも師とも崇めております。 あの方がいなければ路頭に迷っていました。いいえ、それだけではありません。血のつながりのない私に 教育を施して下さり、息子のように接してくださった…とても暖かく、まっすぐな… 理想ともいえるお方です。」
(…なんだかむかむかしてくる。)
 父は嫌いではない。それは確かなのに。父を褒められると、どこか反発したくなる。
「お父様は知ってるはずなのに、どうしてクリフトの両親の事、教えてくれないのかしら。」
 アリーナが何度聞いても、父はけっして答えない。「時がくればわかる」ただそれだけ言って去ってしまうのだ。
「私の両親は褒められた人間ではなかったんでしょう。」
 クリフトはさらりと答える。
「まだ言ってるの?!」
「旦那様がおっしゃってくださらないと言うのには、それなりに意味があるはずです。普通の素性ならば私に話してもいいはずですから。 やむにやまれぬ事情…そう考えると、犯罪者かなにかだったのではないでしょうか?」
 知らないと言う事はないでしょうし、とクリフトは付け加える。そのなんでもない表情がアリーナには悔しかった。

 誰にもクリフトの素性を言おうとしない父。突然貰われてきた子供。家の大人が影でこう噂していたのを アリーナは知っている。
 ”素性もわからないなんて、ろくでもない子に違いない”
 ”犯罪者の子なのではないか”
 ”アリーナ様をそんな子に近づけるわけにはいかない”
 そう言う噂を知らないわけはないだろうに、一切否定をしない父。
 アリーナは、そんな大人たちが大嫌いだった。だが、クリフトはいつも笑っていた。
 くやしくてくやしくて、役所に乗り込んで調べようと思ったこともあった。だが、クリフトが止めた。
「そんなこと言って、平気なの?」
「いいんですよ。旦那様が時がくればわかる、とおっしゃるのですから、きっといつかおっしゃってくださります。 …信じてますから」
(昔と、同じ事を言うのね。)
 そういって役所へ連れて行こうとしたアリーナをクリフトは止めたのだから。
(クリフトは昔から、ちっとも変わっていない。)
 そう思うとなおさら、アリーナの胸はむかむかとした。
「お父様はそんなに凄くない。こんなにお父さまの会社が財閥になるほど大きくなったのは、お父さまの 実力じゃないじゃない!クリフトだってそれは知ってるんでしょう?」
「アリーナ様?どうかされたのですか?」
「本当のことだわ。お父様はつぶれかけた他の会社を、恩人の会社をのっとって、 ここまでのしあがったって、私知ってるもの!きっと、クリフトをひきっとったのは、世情の非難をかわすためなのよ!」
 時期から考えても計算があう。…そしてそれならば「身寄りがない、罪もない犯罪者の息子」を引き取るのは 絶好のチャンスだったと。アリーナにも判っていた。
 くやしくて…何がかわからないが、とても悔しくて、哀しくて…アリーナはクリフトを置いて早足で歩き出した。
(わかってる…これは、八つ当たりよ)
 けれど、一体何にむかむかしているのか、本当の理由がわからない。 父に対してなのか、クリフトに対してなのか…どうしてもわからなかった。




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