「どうしたんだ?ラグ?今日は身が入ってないぞ?」
 ラグ相手に一本取った部長が、不思議そうに聞いてくる。
「ちょっと、調子が悪いみたいです。テスト明けだからかもしれません。」
 曖昧に笑う。だが、違った。
 対戦中も、シンシアが相手の後ろを通るたび、気がそっちにひかれてしまうのだ。
「そうか、まあ、そう言う時もあるさ。ライアン先生に怒られないようにな。」
 くしゃりとラグの頭を撫でて、部長は笑った。

 時が止まったように感じた。ホフマンの言葉に、ラグは声も出なかった。
「で、どうなんだよ、ラグ?」
 そう問い掛けられ、妙に重くなった口を、ゆっくりと開く。
「…聞いた事ないですから、違うんじゃないですか?」
「そうなのか?お前なら聞いた事あるんじゃないかと思ったんだけどなあ。」
 すでに噂が真実だと確信している口調だった。
「シンシアと同じ中学の人っていないんですか?」
「あー、聞いた事ねえな。シンシアちゃんはお嬢様高校付属の女子中学校に通ってたって話しだしな。 …そんでなんで付属高があるのに、こっち来たかって話だよな。俺は留年したから居辛かったんだと思ったんだが。」
「でも、シンシアがその噂を知らないなら、僕にいちいち同い年だってわざわざ言わないと思います。 …それに、確証のない女性の噂を人に広めるのは良くないですよ、ホフマンさん。」
 そーだなー、と納得して去っていくホフマンをよそに、ラグの心臓は激しい音を立てていた。
(僕、シンシアのこと、何も知らないんだ…)


 鍵を入れると門扉が自動で開く。
(自分の家に言うのもなんだけど…無駄に豪邸よね。)
 実際マーニャとミネアを家に呼んだとき、「お嬢様」だの「豪邸」だのと驚いて いたのを覚えている。
(そういえば、マーニャさんとミネアさんも社長令嬢なのよね。)
 二人もエドガン製薬会社の社長令嬢なはずなのだ。そう考えると すこしおかしかった。
「アリーナ様?」
 すぐ後ろに、クリフトが息も切らさずに立っていた。
「…ありがとう。」
 鞄を半ばむしりとるようにクリフトの手から奪い取る。そして後ろを見ずに走り出す。
 帰る場所が、この家だと言うのが、少し恨めしい。
 ここは、父が恩人から資産を巻き上げて、立てた家なのだ。
 父は、かつてライザット財閥の社長の家に働きにいっていたという。そこで経営のノウハウを教わった と言っていた。
 …なのに、その恩人が死んだとたん、その全てを取り込んだのだ、あの父は。
 事実、かつてライザット財閥の会社のほとんどは、サントハイム管理となっていた。
(それが正しい経営だとしても、人の道に反しているとしか思えないのに。)
 やがて、自分もそんな風になるのだろうか。そんな汚い事が許せるようになるのだろうか。… それが経営なのだろうか。
 このもやもやをなんとか押さえ込もうと、アリーナはトレーニングをすることにした。


「どうした?なにか言いたげだな。」
 その声に、はたと我に帰った。どうやら思索にふけっていたらしい。
「いいえ、もうしわけありません。」
「いいから言ってみろ。お前のその顔は、何か言いたいけれど、どうにもいえないことがある顔だ。アリーナの 事か?」
 養父にそう言われ、クリフトは苦笑した。表情に出ていたとは、自分も執事としてまだまだだ。
「感服いたしました。旦那様」
「何年お前を育てていると思っているんだ。で、なんだ?ブライの報告では特に問題がないようだが。」
「いえ、実は…」
 クリフトは帰宅後、アリーナの言葉の意味を調べてみる事にした。だが…
「ああ、ライザットの事か。」
 かつて市場の3割を握っていたと言うライザット財閥の社長は15年程前、交通事故でなくなっていた。 そしてその会社の大部分は、今、サントハイムが経営を握っているのだ。
「はい、経営者が亡くなり、サントハイムがのちを引き受けた事がわかりました。ですが、 サントハイムとライザットとは何の関係もないはずです。それに…」
「収入がおかしいんだな。ライザット系の会社の収入の半分は、とある人物に送られているからな。」
 社長はにやりと笑う。養父であり、上司でもあるこの人は、こう言った表情をすると、不思議に 悪ガキに見えるから不思議だった。
「アリーナ様が、ライザット財閥は、旦那様の恩人だとおっしゃっておりました。お知り合いなのですか?」
「まあ、あの頃は若かったからな。」
「?」
 過去を懐かしむ緩やかな顔。…いつもは厳しいサントハイム社長が、家族にしか見せない顔。クリフトはそれを誇らしげに 見ていた。




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