とつとつと、30年前の思い出が語られる。
 出世欲に駆られ、財閥のノウハウを盗み、あまつさえ、他社に情報を売り込めるようスパイを視野に入れながら、 ライザット財閥の執事へ入った。そこで、教わり、仕える振りをしながらも、弱点になるような情報を探っていた。
 そして順調に、ノウハウを盗んでいた時に、ふと気が付いたのだ。ライザット氏は自分の野望に全て気が付いていた事に。
「驚いたよ。それでも私に親切に、経営を教えてくれていたんだ。執事には不相応な経営学まで学ばせてくれた。 …判っていたからなんだな。今実際その知識がとても役に立っている。」
 そう語る顔は、とても懐かしく、嬉しそうだった。
(ああ、だから。)
 執事となるべく自分にも、あらゆる勉強を教えてくれているのだろう。…ひとり立ちしても、生きていけるように。
「ありがとうございます。」
 思わず、クリフトはそう言っていた。
 社長は、物言わず、笑っていた。
「ところで、アリーナの様子はどうだ?」
「はい、学校にも慣れ、ご学友の他、3年生のお友達とも仲良くされているようです。」
「ああ、エドガン製薬の…」
「ご存知でしたか。」
「ああ、ブライに聞いた。」
 ブライとは、サントハイム高校で歴史教師をしている、アリーナの叔父だった。社長とは兄弟にあたる。
「たしか姉妹がいらっしゃると言っていたが、お前から見てその二人はどうだ。」
「はい、今までアリーナ様と触れ合った事のないタイプですが、そこがアリーナ様もお気に召したようで。 わたくしから見ましても、多少問題がありますが、善良で良い方々だと思っております。」
 社長が一瞬止まる。そしてどこか生ぬるい顔を見せた。
「…教育を間違ったのかもしれんなあ。」
「いいえ、旦那様はわたくしを立派に教育してくださいました!今はまだ未熟ですが、必ず旦那様の、ひいては アリーナ様のお役に立てるような執事になって見せます!」
 即座に返すクリフトを見て、頭を抱える。
「いや…ならばいいのだが。」
 そう苦笑する養父を、クリフトは不思議そうにみつめた。


 空を見上げると、少しずつ木の陰が濃くなり、紫紺の色に近づいてきていた。
「もうすぐ、天の川が綺麗に見えるわね」
 天文部の部長らしく、ミネアはそうつぶやく。一年生の時にはつぶれかけだった天文部を、 ミネアは趣味の占いを活動に取り入れる事で、20人の部員を稼いだ。
 今日は部活の仕事…学校側に許可を貰い、中庭に笹を飾ろうと一苦労していた。
 姉はまだ部活だろう。大会へのラストスパートだろうから、いまのうちに晩御飯を作っておかねば。 そう考え玄関を開ける。
「ただいま帰りました。」
「おかえりなさいませ。」
 誰もいないだろうと言った言葉が帰ってきた。その声は、ミネアにとって一番心地よい声だった。
「オーリン、いらしてたんですの?」
「お邪魔していました。エドガン先生の着替えを取りに来たんです。」
 オーリンは最も父に信頼されている部下だった。ときどきこうして着替えやらを取りに来たり、 四人で一緒に食事を食べたりする。…母が死んで父が茫然自失の時も、姉妹を支えてくれたのは、 オーリンだった。
「お父さん、今日も帰らないんですね。あ、洗濯物預かっているんでしょう?」
「はい、申し訳ありませんがお願いいたします。洗面所に置いておきました。」
 研究所はここから5分。出来る限り帰ってくるようにしている父だが、研究が佳境に入るとこのように 荷物をもって帰ってこなくなるのだ。
「オーリンの薬の研究は?」
「私のは一段落付きました。」
 その言葉を聞いて、ミネアの顔が輝く。
「でしたら、晩御飯食べていってくださいません?すぐ作りますから。二人だとなかなか減らなくて…」
「いえ、でも…。」
「ご飯は大勢で食べた方がおいしいですわ。父の分も作って持っていっていただきたいし、ご迷惑でなければ…」
 オーリンは首を振る。
「いえいえ、ミネア様の料理は絶品ですから!どんな料理人よりもおいしいですよ。それでは、ご好意に 甘えます。」
 台所にたったミネアを、オーリンは居間で見ていた。
「ミネア様、学校はいかがですか?」
「ええ、テストも終わってみんな楽しそうですわ。もうすぐ夏休みですしね。」
「ああ、もうそんな時期でしたか。」
 そうやって、話す言葉一つ一つが、ミネアには嬉しかった。
 オーリンは、初恋の人。…そして今、想っている人。

 …きっかけはささやかで。
  父のおつかい。小さな私と、大きなあの人。
 二人は手を繋いでアイスを食べた。
  …もう、そんな年齢じゃないのに。そんな風にすねるけれど、それでも、繋いだ手の汗を、どこか嬉しく思った。
母を亡くして悲しんでいる自分を、必死に慰めようとしてくれているのが、よくわかったから。
 たった、それだけの事。ささやかなこと。おそらく父に言われて仕方なくやったことだったのだろう。
 …それでも、その手のぬくもりを独り占めしたいと、思ってしまった。

「ミネア様は、夏休みの予定は?」
「お友達と泳ぎに行くかもしれませんわ。」
「あははは、なんだか懐かしいですな。」
「オーリンは、この夏どこかに?」
「いやいや、なにも。行く相手もいませんしね。」
 安心と共に、胸が高まる。姉の言葉が頭に回る。
 炒め物をしながら、勇気を出していった。
「でしたら、今度のお祭り、一緒に行ってくださいません?」
 手が震える。声も震えていたかもしれない。
(短冊に、書いておけばよかった。)
 どうしても勇気が出なくて、適当に書いてしまった短冊をいまさらに恨む。
 そのとき。
「ただいまー」
 ドアが開き、姉の声がした。
「あら、オーリン来てたの?あ、ミネアただいま。」
「おかえりなさい、姉さん。もうすぐご飯できるわ。」
 少しがっかりしながら、ミネアは言葉を返す。
「そっか、じゃあ着替えてくるわ。オーリンもゆっくりして来なね。」
 トントンと階段を上がる音。そして椅子が動く音がした。
「お手伝いします。」
 気が付くと、オーリンが皿を持って隣りに立つ。
「あああああ、ありがとうございます。」
 一気に顔が赤くなった。フライパンの中身を、オーリンが持っている皿に移した。
 にもかかわらず、オーリンは動かない。不思議に思って見上げると、オーリンはそっと顔を ミネアの耳元へ寄せた。
「…喜んで、ご一緒させていただきます、ミネア様。」
 フライパンを取り落とさなかった事が、まさしく幸運だった。
 ゆっくりと、夜が深けていく。
 時とともに、ゆっくりと。


 お父さんの過去がやっとかけた…ものすごく迷った描写です。とりあえず納得の行く形でよかったです。ホッと一息。 途中で現実逃避して、色々手を出してたらすすまない進まない(笑)あとアリーナの 名前にも悩みました。第一候補は「ユティル」だったのですが、響きがお母さんの名前、 「ユーナ・レディル」とかぶるのであきらめました。シエロは空って意味ですね。

 次回は・・・お祭りにいけるかな。どうかな。






前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送