螺旋まわりの季節
〜 木染の闘い 〜
リズム良い足音。そして軽い打撃音。
「小手あり!」
そんな声が上がるここは、インターハイ。第四龍探高等学校 剣道部は順調に地方大会を勝ち進み、そして全国大会でも勝ち進んでいた途中だった。
たった10M四方での闘い。それでも、それが世界の全てになる。
「面あり!」
「うっしゃ、ラグ!!」
一本が決まり、皆が歓声をあげる。ラグは礼をして、皆の元へ帰る。
「よくやったな、ラグ!」
団体戦は負けてしまい、既に残っているのは、個人戦のラグだけだった。
「はい、ありがとうございます。」
ぺこん、と礼をする。汗が床に滴り落ちた。胴衣は熱いのだ。
「はい、これ使え。」
そう渡したのはキャプテンだった。冷やされたタオルが肌に心地よい。だが…
「シン…マネージャーは?」
いつもタオルを渡してくれるシンシアが、そこにはいなかった。
「いや、なんかあんまここにいないんだ。なんだろうな…」
ぱあん!!
とりわけ高い音が上がる。一瞬の沈黙のあと、歓声が上がった。
「すごいなー。あいつ、一本もとられてないぜ。」
「聞いた事ない名前だな。」
ざわざわと、ざわめく周りに、主役の男は一礼をすませ、さっさと陣営に戻る。その動きは 洗練されたものがあった。
「ラグの敵はあいつだろうなあ…」
キャプテンが、つぶやく。
無駄のない動き。激しい一撃。迷いのない剣筋。冷静な動き。…まさしく、剣士。
「あの方は、確かに相当お強いです。きっと、僕よりも。でも…」
書かれた文字は「真佳井野高校」第四龍探高等学校からそう離れていない公立校だった。確か同じ地区だったはずだ。
「あんな方、地方大会にいらっしゃいましたっけ?」
いいや、いなかった。大体地方大会の個人で優勝したのはラグなのだから。
「それに、三年生の方のようですが、去年全国大会にはいらっしゃらなかったような…」
ピサロ。その名前に覚えはなかった。だが、この強さ。去年は全国大会に出られなかったと言う事はなかったはずである。
だが、その問いに部長は答えてくれた。
「ああ、あいつは傭兵だからな。」
「傭兵?」
(まさか・・・まさかあの人がいるなんて…)
体が振るえる。止まらない。一箇所にじっとしているなんて、とても出来なかった。
けして見つかってはいけない。絶対に姿を見られてはいけない。
(私がこんな所にいることがわかったら…)
殺されてしまう―――――――。
殺されても仕方がないのだ、自分は。そうなってもおかしくない事をして、私は今ここにいる。
それでも、それでも。みっともないまでに。今、自分は生きていたかった。
「ああ、傭兵だ。去年はなんでか出てなかったけど、一昨年は出て話題になったから俺は良く知ってる。」
部長は当時一年。全国大会で剣をあわせたらしい。そして惨敗した。
「あいつは本物の剣道部員じゃないんだ。あいつはただ全国大会に出て勝つためだけに、剣道部に 頼み込まれて一時的に剣道部に入部しているらしい。」
「つまり助っ人ってことですよね。でも、その人は何のためにですか?」
「知らないが、金のためらしい。結構な部費があいつを雇う為に使われているらしいぞ。」
ラグは考え込む。とりあえず話はつながった。だけど。
(ただ、お金のためにだけ、剣を振るっているようには見えなかったけど…)
剣筋というのは人柄を良く表すものだった。あの迷いがない打ちかたは確固たる意思があるように 見えた。
「どうした?ラグ?落ち込むなよ、お前なら勝てる!」
部長に肩を叩かれた。ラグは笑う。
「詳しいんですね、部長。」
ラグがそう言うと、同じ三年の部員が笑って言った。
「部長が初めて惨敗した相手だったらしくてな、負けた後、ストーカーのようにつけて調べまくった らしいぜ。」
あれはまるで恋だった、と付け足すと、部員全員がどっと笑った。
「どうしたんだ、余裕だな。まあ、良い事だが…」
そこに帰ってきたライアンが、不思議そうに皆を見ていた。
「ラグ、よくやったな。いつもどおり落ち着いた太刀筋だ。この調子で頑張れ。」
「はい!」
「うむ、皆も応援するのだぞ。」
「「はい!」」
声をそろえたいい返事に、ライアンが満足そうに頷き、怪訝な顔をした。
「そう言えば…シンシアはどうしたのだ?」
「うーん、さっきからいないんですよね。」
「そうか…まあ、いい。とにかく平常心に勝る必勝法はない。日頃の鍛錬と剣の心を思い、決勝へ挑め。」
そう、次は決勝だった。そして相手は…
「対戦相手は…真佳井野高校ですか。」
「ああ、強敵だろうがけっして勝てない相手ではない。」
ラグは力強く頷いた。
ぱたぱたぱたぱた…
「もうしわけありませんでした。」
シンシアが、かごを抱えて帰ってきた。
「はい、どうぞ。」
そう言って皆に冷たい飲み物を配る。
「ああ、それを取りに行っていたのか。」
「はい、先生。…慣れなくて迷ってしまって。遅くなって申し訳ありません。」
「いや、ご苦労だった。少し顔色が優れないようだが…」
「暑いですから。大丈夫です。」
剣道会場は室内である。人がたくさん集まり、そして戦う。必然的に熱がこもり、もうもうと蒸気が 立ち込めるような暑さなのだ。
「大丈夫?シンシア?」
ラグはこっそりと話し掛けた。
「平気。それより、ラグ強かったね。ずっと見てたわ。かっこよかった。…頑張って!」
ラグは頷く。力が出てきた。
「うん、ありがとう。出来る限り頑張るから。…あれ?虫に噛まれた?」
「え?」
「首、赤いよ?」
とたんにシンシアは首筋を抑える。そうして、困ったように笑った。
「うん、噛まれたのかな。ちっとも気が付かなかった。」
「薬、塗っておいたほうがいいよ。」
「そう、ね。ありがとう、ラグ。…頑張ってね」
「うん、行ってきます!」
闘いが、始まろうとしていた。
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