よたよたと、アリーナが階段を下りてきた。わずか15分の早業だった。
「ごめんなさい、クリフト。」
 白地に朝顔の柄の浴衣は、アリーナにとてもよく似合っていた。
「いいえ。それにお似合いですよ。やはり旦那様の目は確かですね。」
 少し不満だったがとりあえず言って欲しい言葉がもらえたので妥協する事にする。
「じゃあ、行きましょうか。急がないと花火始まっちゃうものね。」
「ええ、楽しみですね、アリーナ様」
 夕昏迫る中、ぞうりを音高く鳴らしながら、アリーナはゆっくりと歩いた。 その時間が、どこか心地よかった。


 祭りについた時は、まだ人もまばらだった。
「ちょっと早かったかな。」
「うん…そうね。ごめんなさい、ラグ。」
 ラグは首を振る。
「ううん、いいんだ!それに早い方が花火を見る場所、取りやすいし!」
「あ、そうか。そうよね、きっと込むものね。」
「シンシアは、ここの花火見るの初めて?」
 ラグは首をかしげた。この街に住む人間なら誰もが知っているお祭りらしいのに。
「…そう言うわけじゃないんだけど…」
 シンシアはどう言おうか困っているようだった。ラグもどう言っていいか判らず、ただシンシアの 言葉を待った。
「ねえ…ラグなら…」
 ぼんやりとした眼を、ラグへと向ける。
「哀しい事…平気かなぁ?」
「え?」
 聞き返したが、シンシアは首を振る。
「なんでもない!おかしなこと聞いて、ごめんなさい!行こう?屋台はきっともう開いてるから!」
 シンシアは強引にラグの手をとって走り出した。

 そうして、二人は祭りを楽しんだ。たこやきを食べて、わたがしを食べる。ラグが射的をして、ぬいぐるみを シンシアにプレゼントをした。生き物は飼えないと金魚すくいはしなかったけど、そのかわりとシンシアはガラスの 置物を買った。やきそばも食べた、くじも引いた。ゆっくりと楽しい時が過ぎていった。


(どーしてこうなったのかしら…)
 やっぱりお祭りに行く気にはならず、ぶらぶらしていたのだが、ただでさえ町はお祭りのため、人通りが多い。 そんな中浴衣の美女が一人で暇そうに歩いていたらどうなるのか。
 こうなるのだ。
「ねえ、彼女?一人?」
「彼氏と待ち合わせしてんの?そうじゃなかったら俺らと一緒にいかない?」
(…25組目。)
 冷静にマーニャはカウントした。
「悪いんだけど、連れをちょっと待ってるだけなのよ。」
「えーでも、さっきからずっと一人じゃん?」
「なんだよ、俺らじゃ不満なの?」
「そう言うわけじゃないんだけど、ちょっとね。」
 にっこり笑って見せるが、男はしつこかった。
「いーじゃんいーじゃん、君みたいな美人をほったらかす男なんかほっといてさ?おごるよ?」
「そーだよ、俺らといたほうが絶対楽しいって。」
「うーん、嬉しいんだけど…彼氏がいないときに貴方達に逢いたかったな。」
 きっぱりとした拒絶に、怒らせないような言葉。これでもナンパはされ慣れてるのだ。だが、 それは男達も一緒のようだった。
「本当に男なんているの?見てみたいからそれまで待ってもいい?」
「俺達より、いい男なんでしょ?俺らも見てみたいよ。」
 嘘と看破したのか、男はしつこく食い下がる。
(こうなりゃ怒らせるしかないかしら…)
 だが、それにしては場所が悪い。理想は学校や駅の近くか、交番の近く。せめてコンビニでもあればいいのだが… ここらへんは不幸な事に住宅街だった。
 きょろきょろと逃げ道を捜していたところ、マーニャは絶好の逃げ道を見つけた。

「やだ、やっと来た!待ってたんだから!」
 そういって、男に飛びつく。とてもいいタイミングだった。
「ま、ままままま?」
 あせるライアン。だが強引に腕を痛いほどつかむ。
「遅いから、絡まれてて怖かったのよ。もう、怒るわよー。」
 わざとあまあまな雰囲気を出しながら、目で絡んできた男達を見るように促す。それに気づき、 状況を把握してくれたようだった。
「おぬしらは何だ?どこのものだ。この人は…私が守らなければいけない者でな。余計なちょっかいを出すものは 許すつもりはないのだが…」
 そう言ってにらみを聞かす。10歳くらい年の離れた鍛えられた男。まして生活指導の先生というのは独特の 凄みを持っているものだ。それでなくてもライアンはそれなりに美形で、子供には持ち合わせない渋さの魅力を 持っているものだから、男達は一目散に逃げ出した。
「助かったわ、ありがとう。」
「ナンパか?…おぬし一人なのか?」
「ちょっと諸事情でね。家に帰れないのよ。」
「…家出か?」
 心配そうに言うライアンに、マーニャが笑う。
「違うわよ、浴衣で家出なんてしないわよ。」
「それもそうだな。…なら何故だ?」
 マーニャは考える。関係ないと言ってもいいが、一応助けてもらった手前、恩知らずにはなりたくなかった。 細かく話すのはミネアに気がひけたので、似たようなシュチュエーションを探し出す。
「…ミネアがあたしがお祭りに行くと見越して、家でバルサンを炊いたのよ。 だから祭りが終わるくらいの時間まで帰れないのよ。」
 その言葉に、ライアンが笑った。
「それは帰れないな、全く災難だ。」
 その言葉に、マーニャも笑った。
「そうよ、全く災難だわ。」


 きらきらとしたちょうちん。騒がしいみんなの声。漂ってくるソースの匂い。
「やっぱり私、こういうの好きだわ!」
 駆け出さんばかりに身を乗り出すアリーナ。
「アリーナ様。ぞうりは慣れてらっしゃらないでしょう?危ないですからご注意くださいね。」
 クリフトの言葉に、アリーナな考え込む。そうしてはにかみながら手を差し伸べた。
「どうされました?」
「手、繋ぎましょ。」
 クリフトは瞬間沸騰した。
「あああああ、アリーナ様?えええ、ええとその・・・?」
「だってはぐれちゃうし、クリフトと手を繋いでいたら、転ばないだろうし…昔は良く、 手を繋いで歩いてたじゃない。」
「ええええ、でも、でもですね、あの、その…」
 うろたえて手を繋いでくれないクリフトに、アリーナが膨れた。
「私と、繋ぎたくないのね?」
 ぷい、と顔をそらす。クリフトは口をパクパク言わせながら、必死で言葉を紡ぐ。
「いいいいいい、えそんなことはないのですが、その恐れ多いといいますか、その…あの、ですね、えっと」
 その瞬間に、アリーナはにっこり笑った。
「えい」
 というと、クリフトの腕にしがみつく。
「ああああ、アリーナ様?」
「さ、行きましょ?お祭り終わっちゃうわよ。」
 しがみついた腕は、思ったよりたくましかった。まだあわあわと言っているクリフトを横目に、 妙に嬉しくなりながら、アリーナは祭りへと足を運んだ。



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