「奇遇ですわね、オーリン様。こんな所で逢えるなんて、嬉しいですわ。」
 美人、といえるほど容姿秀麗ではないが、まあ、標準よりは上だろう。夏だからか、それともお祭りだからだろうか、 やたら露出度の高い服、ぎらぎらとした大ぶりのアクセサリー、そして派手な化粧がミネアの眉を寄せさせた。
「ジュディ…何故君がここに…?」
「それは私が聞きたいですわ。お仕事がお忙しいはずですのに、そんな子供を連れて、どうしてお祭りに? さすがにオーリン様の子供にしては、年がいっていると思いますけれど?」
 ジュディと呼ばれた女性の棘のある言葉に、ミネアの眉間のしわがさらに深くなる。
「これは…」
「私とは忙しくて、デートもしてくださらなかったのに、その子供と会う時間はあるって おっしゃられるの?それは酷いんじゃありませんこと?」
 でーと?…それは、つまりこの女性は。
「で、この子は一体なんですの?」
「君には関係ないだろう?」
「恋人に対して、それはないんじゃありません?」
 コイ・・・ビト・・・
「君は!」
「始めまして、ジュディさま。私、オーリン…さんの上司の娘でミネア・エドガンと申します。今日は私と父の わがままでこうして祭りにご一緒していただいたのです。」
 オーリンの言葉をさえぎり、ミネアが一気にまくし立てる。
「これは、オーリンさんにとって仕事のようなものですわ。…ですからお気になさらないで下さい。…私、 もう帰りますから。」
「ミネア様!?お待ちください!」
 オーリンの制止は聞かなかった事にする。
「ありがとうございました、オーリン様。とても楽しかったです。…きっと探せば姉がおりますから、一緒に帰ります。」
 くるりと、後ろを向いて、歩き出す。人波を少し押し分けて、そのあと横道に抜ける。これなら、きっと追ってこれない。
 …それでも、少しだけ期待した。全てを押し分けて追ってくれないかと。 だが、横道に抜ける前に少しだけ振り向いたミネアが見たものは。
 …仲良さげに寄り添った、二人の姿だった。


 そこは、長期滞在者用の病室のようだった。入院どころか、医者にかかった事すら ないラグがそう思ったのは、表示があったこと、それと、とても。
(お金をかけた施設っぽい…)
 そう受け取れたからである。
 その中をすいすいと歩くシンシア。顔は少しの戸惑い。それでも迷わずに歩いていく。
 どこに行くのだろう…そう思ったけれど言わなかった。聞ける雰囲気ではなかったし、何があっても側にいようと 思っていたから。
(でも、もう消灯時間過ぎてるんじゃないかな…)
 シンシアの足が止まる。それは、一つの扉の前だった。
 ラグも足をとめた。シンシアの手がきつく締まる。
「…いく、ね。」
 ゆっくりと扉を開く。何の変哲のない扉だが、それを開くのにシンシアは一か月分の勇気は使い果たした気がした。
 そこは、普通の病室。消灯時間なのになぜかついた電気。たった一つのベッド。一つの椅子。小さなサイドテーブルと、 少し大きめの棚。沢山詰った本と、大きな花束が飾られた花瓶。ここは個人部屋らしい。
「シンシア…ちゃん?」
 ベッドに座った少女が、こちらを振り向いて、言った。その顔は、シンシアに良く似ていた。


「へえ、最近のお祭りにはこんなものもあるのね…」
 それは屋台のアクセサリーだった。そう、そこはミネアが足をとめたのと同じ場所だった。
「おぬしはそんなものに興味があったのか?」
 ひょいっと覗き込んだライアンに、冷たい視線を送る。
「せんせー、あたし、女の子なんですけど?」
「いやいや、そうではなくてだな、おぬしはいつも、なかなか質の良いものをつけているし…」
「男にブランド物貢がせてそうですか?」
 マーニャの言葉に、ライアンが顔をしかめた。
「…よく言われるのか?」
「たまにね。」
「まあ、おそらくボーイフレンドに貰ったものだろうと思ってはいたが…」
 真っ正直に答えるライアンにマーニャがにやりと笑う。
「まあ、男に貰ったってのは間違いじゃないけどね。」
 ライアンが顔をくもらせる。どこか、傷ついたような、そんな表情だった。
「…まあ、想う気持ちはわかるが、できればデートの時だけにしておいた方がいいとは思うぞ。」
 予想通りのライアンの言葉に、マーニャは笑った。
「父親とデートなんてしないわよ。父さん、忙しいから毎年誕生日だのクリスマスだのには、欠かさずいいものをくれるんだけどね、 その代わりめったに会えないのよ。」
「どこか遠くへ行ってらっしゃるのか?」
「すぐ近いんだけど、研究者だから。まあ、他の男に物を貰ったことなんてないわ。ちゃんと全部 断ってる。…勝手に置いていかれるのはともかくだけど。まあ、悪く言われるのはごめんだし、 父さんがちゃんといいものくれるから。」
「…そうか。」
 ライアンは微笑した。それは、とてもささやかだったが、とても安堵したような、そんな表情だった。 だが、マーニャはそのとき、既に目の前のアクセサリーに心奪われ、見ることはなかったが。

「先生、どれが似合うと思います?」
「…私に見立てろと言うのか?」
「きっと、何事も経験だわ。」
 にっこりと笑うとライアンは黙り…そして長い間親の仇のようにアクセサリーをにらみ続けた。額には脂汗まで 流れている。
 そうして、しばらくたって…ライアンは小さな鈴蘭の形をした鈴のピアスを取り上げた。
 かすかな音。それはとてもささやかだったけれど、はかなく繊細な美しい音だった。
「…なんか、ミネアのイメージね。」
「そうか…よく判らぬが、これならおぬしの制服姿に合っているだろう、と思ったのだが…まあ、できれば学校には 装飾品なしで登校して欲しいがな…まあ、私の見立てなど当てにならぬだろうから、気に入らなかったならすまぬ。」
 マーニャはしばらくライアンの手にあるピアスを見続けた。小さな銀のきらめきを放つピアスは、とても可愛らしかった。
「いいわ、あたしも結構気にいったかも。それにせっかく見立ててもらったのに、買わないなんて悪いしね。」
「そうか。すまぬが、これをひとつ。」
 そそくさとライアンは店主にお金を渡した。小さな紙袋に包まれたピアスはちょこんとマーニャの手に置かれた。
「ライアン先生…?」
「何事も、経験なのだろう?」
 ライアンはそう言って笑った。
「教師の安月給から出したものだ。できれば大切にしてくれ。」
 その言葉にマーニャは噴き出した。
「あら、うちは私立だし、サントハイム財閥は羽振りがいいから、公立の教師よりはよっぽど給料がいいって聞きましたよ?」
「…それでも残業代は出ぬし、なかなか苦労しているのだ。私はまだ好きで部活動をしているが、色々不満もあると聞く。」
「これも残業ですか?」
 マーニャの言葉にライアンは一瞬首をかしげた。
「…そう言えば補導中だったか。すっかり忘れていた。」
 その言葉が、マーニャには嬉しかった。紙袋からピアスを出し、何もつけてなかった耳に飾る。
 ライアンは何も言わなかった。ただ、顔をほころばせた。
「じゃ、そろそろ花火よね。見にいきましょう?」
 マーニャはライアンの腕を掴んだ。ライアンはそれに応じた。そして二人は高台まで足を運んだ。


「ロザリー!起きてたのね…大丈夫?」
「そっか、今日花火の日なの…今年も来てくれたんですね…」
「うん、これ、お土産。」
 そう言って、シンシアはロザリーにガラスの置物を渡した。
「綺麗…ありがとう、とっても嬉しい。」
「喜んでくれて、私も嬉しいわ、ロザリー。買ってきたかいがあったもの。」
「いいえ、これもそうですが、シンシアちゃんが私のことを思い出してくれて、これを私のために買ってきて くれた事が嬉しいんです。ありがとう。」
 その笑顔に、シンシアの胸がツキンと痛む。
 本当は忘れようと思っていたのに。毎年ここで花火を見る約束。破ろうと思ってたのに・・・それでも、ロザリーのために ガラスを買って、最後まで迷って…
 それなのに、そんなことも思わないで、ただ純粋に、笑ってくれている目の前の少女。…私が、見捨てた少女。 ロザリーをみるたびに、胸が痛む。
 それでも、シンシアは笑った。決めたから、逃げないと、この握った手の先に。
「ねえ、ロザリー、この人、覚えてる?」
 くい、っと手を引っ張るシンシア。ラグが自然に一歩踏み出した。
(ロザリー…ロザリー…ロザリー…どこかで聞いたような…)
 ラグは会話を聞きながら、ずっともやもやとしていた。思い出せそうで思い出せない。遠くの記憶が近くにならない。
 だが、ロザリーは名前も聞かないうちから頷いた。
「ラグさん…ですか?・・・お久しぶりですわ…」
「あ、あの…えっと。」
 ロザリーはにっこりと笑う。
「もう、ずっと昔の夏。ひと夏だけシンシアちゃんとご一緒しましたわ。もう、昔のことですし、おぼえてませんか?」
 夏が、甦った。たったひと夏。日にちにしたら、ほんの10日ほどだろう。シンシアが連れてきた、そっくりの女の子。
「ロザリーさん…ごめんなさい、忘れていて。でも、よく、覚えてらっしゃいましたね…」
「私が人生で出会った方は数少ないですから。それに、忘れません、あの夏の事は…」
 少し寂しげに微笑んだ。シンシアがその場の寂しさを吹き飛ばすように明るく言う。
「あのね、ラグ、こっちに越してきたの。」
「ええ、たまたま同じ高校になったんです。」
 ラグの言葉にシンシアはまたもハッとするが、ロザリーは穏やかに笑う。
「そうなんですか。素敵な偶然ですね。ラグさんも来てくださって嬉しいです。」
「うん。三人で、一緒に花火を見ましょう。ここはね、とても綺麗に花火が見えるのよ。」
 シンシアの言葉に、ラグは当然の疑問を投げた。
「でも…もう面会時間、とっくに終わってるんじゃ…それに消灯時間も…もし看護婦さんに見られたら 追い出されてしまうんじゃないかと思うんだけど…?」
「平気です。毎年なんですけど一般病棟で大騒ぎしているらしくて、そこを収めるのが大変らしくて終わるまでは 見回りにこないんです。」
 ロザリーがにっこりと笑う。
「ところでラグ、最近は看護婦さんじゃなくて、看護士さんっていうのよ。」
 シンシアが妙にピントのずれた事を言った。
(なにか・・・違うんじゃ…)
 そう思ったけれど、ラグは気にしないことにした。


 空を、みあげた。花火が始まる。
 一人で見ている人。大切な人と二人で見ている人。沢山の友達とにぎやかに見ている人。花火を見る余裕もない人。 場所も状況も様々な人間が、共有する時が来た。




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