空に、花が咲いた。
 ぱぁん ぱぁん ぱぁん
 ミネアは空を振り返る。真後ろの空に、明るい光が見えた。
 本当なら、今ごろ大切な人の隣りで、この花火を真近に見ていたはずなのに。
(…ちがう、これが、真実。)
 本当は、オーリンに恋人がいて、私はこうして夜中を泣きながら走って…
 自分が惨めで、またもや眼から涙が零れる。
 ジュディの姿を思い浮かべる。
 化粧が濃くて、大ぶりのアクセサリーをつけていて…姉に似ていて、自分とは正反対のタイプだった。
 …そう考えると自分には脈などなかったのだ。
 何かと理由をつけて週に一度は研究室へ行っていた自分。
 父から用事を頼まれ、5日に一度は家にやってくるオーリンをひきとめ、晩御飯を作っていた自分。
 その時の笑顔が、自分にだけ、向けられていたらと、どれほど願っただろう。
 あの笑顔を独り占めしたいと、どれほど考えたことだろう。
 …それは、叶うかもしれないと思っていたのに…思って、いたかったのに。
 今、あの人の笑顔は、他の人のものなのだ。

 ミネアは、もう花火を見なかった。ただ、星空が見たかった。…星を消してしまう花火を、一秒でも早く 消える事を祈った。


 すっかり飴を食べ終わって、二人で花火を見ていた。
 ぱぁん ぱぁん ぱぁん
「眼に、火が宿りそうですね…」
「うん、そうね…きっと、また一年、忘れられないわ…」
 クリフトは、アリーナを見た。その眼は、愛惜を映していたが、アリーナには見えなかった。
 握っていた手を、きつく握り締める。
 この手は、暖かくて、優しくて、とても愛しいものだけれど。…やがて来る、決意のときまでに。
「どうしたの?クリフト?」
「いいえ、とても綺麗で。アリーナ様と見られたことが嬉しかったのです。」
「うん…」
 アリーナの意識はまた花火に吸い寄せられた。
「あ、柳よ…すごいわ…」
 花火にアリーナが魅せられているその間、クリフトはずっと、アリーナの横顔を眺めていた。


「こういうのには、叶わないって思うわ。」
 ぱぁん ぱぁん ぱぁぁぁん
 二人でただ、静かに花火を眺めていたマーニャだが、ぽつりとつぶやく。音が響き渡る中、ライアンが それを聞きつける。
「体操のことか?」
「そう。あたしは人を魅せて、驚かせて、感心させるけど、こういう一瞬の美にはやっぱり叶わないのよね。」
 マーニャが悔しそうに言った。
 ぱぁぁん。ひときわ大きな花火に、皆の喝采が上がる。
「たしかに、美しいな。」
「うん、綺麗。…悔しいけどね。」
「だが…」
 花火から目を離してマーニャを見た。そこで息を飲む。
 花火が生み出す陰影。それに照らされたマーニャは…まるで別人のように大人びて見えた。
 日頃は、大人ぶった子供だと、ライアンは思っていた。だが、ここにいるのは…今までとは違う、まるで月下美人のように 美しい、女性だった。
「マーニャ殿…?」
「なあに?」
 ライアンの方へ顔を向けたとたん、大人びた雰囲気が一瞬にして消えうせる。少し いたずらめいた表情に、ライアンは安堵した。
「…おぬしは、そのほうがいいな。」
「なによ?変な先生。」
「いや、その。花火には花火の美しさがあるが…おぬしにもおぬしのいい所がある。比べられるものではない。」
「なんか、先生っぽいわね。」
「先生だからな。」
「そうだったわね。」
 マーニャはくすりと笑う。そうしてみると、まるで子供だった。ライアンが付け足す。
「だがら、嘘は言わぬよ。花火とは別に、おぬしの踊りは、魂を揺さぶる何かがあると、私は思うからな。」
「…ありがとう。嬉しいわ。そう言ってもらえると。」
 それから、二人でまた花火を見た。それは、とても美しかった。


「本当に、よく見えるね。人ごみにつぶされながらより、こっちのほうが僕、好きです。」
 ラグは人ごみが苦手だったから、余計にそう思える。
「うん、私もそう。きっと、こっちのほうがずっと素敵。」
「私は、よくわからないけど、シンシアちゃんやラグさんと一緒に見る花火は、嬉しくて綺麗…」
 三人は、黙って花火を見続けた。その時間が、貴重ではかなくて、そしてとても楽しかった。
 ガラスに、花火が映る。その光が、白い壁に、白いシーツに、白い肌に反射すた。

 色とりどりに、溢れ出す光。
 多くの人間が、唯一つのときを過ごす。
 だが、時は平等に過ぎていく…

 残るは、祭りのあと…


 手を繋いで家に帰る。
(最初に一緒に行ったときは、アリーナ様疲れて眠られたんでしたね…)
 アリーナは横で嬉しそうに歩いている。
 あの時は、重くて何度もずり落ちそうになったことを、覚えている。良く落とさなかったものである。
 今なら、きっとちゃんと支える事ができるだろう。…そのために、自分は大きくなったのだから。
 今は、この手の温かみに感謝していたい。…今、だけは。
「綺麗、だったわね。」
「ええ、とても。」
「来年も、見られるといいわね。」
 にっこりと笑うアリーナに、クリフトはただ、笑みを返した。


「ラグ、本当にありがとう。」
 こっそり病院を出た二人は、丘の下で一息ついた。
「え、と僕こそありがとう。とても綺麗だったし、ロザリーさんにも会えて嬉しかった。」
 そう言って笑うラグの顔は、とても綺麗だった。…自分とは程遠い清さ。
「また、一緒にお見舞いに来てくれる?」
「うん、約束したから。絶対に行くよ。」
 それでも、この人に憧れる。この人のようになりたいと願う。
「ありがとう、ラグ。」
 あの夏には同じだった。だが、もうそれも全部あの家に置いてきてしまった。
「送るよ、シンシア。」
 そっと差し出された手に、ゆっくりと手を乗せる。
 …それでも、側にいたいと思って、いいですか…?


「綺麗だったわね。」
「ああ、そうだな。」
 かこん、かこん…かこん!ぞうりを鳴らしながら、二人で歩く。
 気が付くと、夏の憂鬱を忘れるくらい、はしゃいでいた。あれほど、嫌いだったのに。
(この男の、おかげかしら?)
 目の前の男は、そんな事も気にせず、ひたすら夜道を歩いている。
 からん、からん、からん…音高く、足が鳴る。
(先生は、いつもあたしにつっかかってきて…あたしもそれをいらついてたけど…それでもどこか、ストレス解消で… 楽しかったのかもしれない…)
 そもそも最初から、この男が気に食わなかった理由は、よく判っていた。
 …どこか、雰囲気があの男…バルザックに似ているような気がしていたから。
「もしかして…」
 ライアンがつぶやいた。マーニャは顔をあげた。
「なあに?」
「おぬし、足を怪我しておらぬか?」
 からん、と音を立てる。よく見ると、マーニャは足をかばうような、変な歩き方をしていた。
「ああ、履きなれないもの履いたから、ひもずれしちゃったのよ。帰ってばんそうこう張るわ。」
「だが、歩くたびに痛いのではないのか?それにそんな妙な歩き方しては、足も疲れよう。」
「平気よ。それにしてもよく判ったわね。」
「足運びは、剣道の基本だからな。…よっ」
 そう言うと、ライアンはいきなりマーニャを横抱きにした。
「な、なにするのよ!」
「怪我人は運ばれておけ。歩けば余計に傷が深まろう。」
「嫌よ、子供じゃないんだから!」
 そう言って身をよじるが、それで解けるほど、ライアンの腕は細くなかった。
「子供じゃないなら大人しく運ばれておけ。」
「人に見られたら恥ずかしいじゃない!」
「…そうしたら、補導されたと言えばいい。」
 どうやら下ろす気はないようだった。仕方ないので大人しく運ばれる事にする。
「ったく、仕方ないから運ばせてやるわ。」
 そう言って、襟首を持った。ライアンは笑う。
「そうだな。運ばれてくれ。家の手前で下ろす。ちゃんと消毒するのだぞ。」
「はーい。」
 そう言って見上げた星空は、思ったよりも綺麗だった。
「…悪く、なかったわね。」
「なにがだ?」
 マーニャは笑う。
「こんな夜も、ね。」
 ライアンは頷く。
「そうだな…悪くなかった。楽しかったぞ。」
「そう、ね。」
 まったく、悪くない、夏の夜だった。


 祭りが終わる。ハレの日が終わり、いつもの日常が始まる。
 もう二度と戻ってくる事のない、夏の日。
 だが、その夏は全ての人の心に、刻み込まれるものなのだ。


 お祭り終了!ようやく夏が終われます。今回文章が長すぎたきらいがあるのですが、あと一回伸ばすにしては 短かったので…
 今回ミネアさん一人だけかわいそうです。ちなみにジュディはイメージとしてはフレノールの宿屋にいた女性だったり…
 タイトル、前回につけるべきだったな…と、ちょっと後悔していたり。まあ、いいんですけれど…。

 次回は九月、秋に入ります。ようやく今の季節に追いついてきました(でもそのうち追い抜かすと思う…)次回も よろしくです。
 




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