朝の登校時間、校門前に立ち、生徒たちに挨拶をする仕事が、龍探の先生達にあった。 大体は、遅刻のチェックだが、あまりにも著しい校則違反の服装の生徒には注意する事もあった。
 と、言っても自由を重んじる学校だけあって、それほどは厳しくない。せいぜい「制服ではない」 物を着てきた生徒に注意を促すぐらいなのだ…だが、一ヶ月に一度、派手好きな生徒は地獄を見る日がある。
「…そなたはこの間、模範的な服装をすると誓約書に誓ったばかりだったはずだが。」
「あ、ああの、ライアン先生…」
「遅刻10回の罰則をサボった挙句に書かせた反省文に、たしかそう書いていたな。なるほど、うちの 学校では、体育の授業の時間を除き、アクセサリーを禁止していない。だが、片耳に5つのピアスを つけることが、果たして模範的はどうかは別問題だ。なによりそれは学業をする学校には必要のない物の はずなのだが。」
「す、すみません。すぐ外します!!」
 一ヶ月に一度、生徒指導のライアンが校門に立つ日は、派手な格好をしてはいけないというのは、 龍探高等学校では有名な教訓だった。
 もっとも、校則を守る生徒には優しい為、皆にはそれほど嫌われてはいなかったが。
 だが、今日の朝の担当は、生徒にとって、最悪の組み合わせと言えた。
「いやいや、ライアン先生は厳しいですな。」
「トルネコ先生。いや、私は頭が固いのでしょう。どうにも制服姿にアクセサリーは不似合いだと思うだけなのですが。」
「そうですな。ああ、駄目ですよ、君。そこのポケットに入ってるのはタバコではありませんか?」
 にっこりと笑って言う温和と評判のトルネコだが、どれだけ隠しても、何故か違反物品(主にタバコや馬券や 成人雑誌であったりする) を見つけ出す能力に長けている先生だと評判で、この二人が校門に立つ日は、違反物品はけして校門を抜けられない。 鞄を開けてチェックするわけでもないのに、何故か見抜くのだ。
 そして、三人目。
「まったく、最近の若いもんは…その自転車は通学許可マークがついていないではないか… 3キロ以内に住んでいるのに自転車なぞ…」
 授業もきびしいと評判のブライ先生で、この学校の長老とも呼ばれる先生だった。
「ブライ先生…確かにその生徒はそうですね。では、君、こちらに来てください。」
 トルネコがにこやかに見つかった生徒を誘導する。
「まったく…若いもんが歩かんなど、体力の無駄じゃ!」
「まあまあ、きっと寝坊してしまったんですよ。」
 そろそろ、朝のホームルーム10分前のチャイムが鳴る頃だった。
「ああ、マーニャ殿ではないか。」
「ああ、先生…おはよ。」
 浮かない顔をして、それだけ言うと、マーニャはそそくさと教室に入っていく。
 ライアンは、どこか違和感を感じた。そして気づく。
 部活がなくなって、いつも仲良く共に登校していた妹のミネアがいない。実は言うと、ミネアが 登校していた時、ライアンは他の生徒を指導していたので、気がつかなかったのだが。
 そして、もう一つ。
 化粧してない顔。そしてアクセサリーをまったくつけていない。
(具合でも悪いのか?)
 だが、それは、その日限りのことではなかったのである。


「今度はマーニャさんですか?」
「今度ってなんですか?。」
「いえ、ミネアさん、なんでもないです。それで何故一人でご飯を?」
「というか姉さんにはお弁当も作ってないから、きっと学食かパンですわね。」
「つまり、ミネアさん、マーニャさんと喧嘩したから、マーニャさんはここにこないの?」
 アリーナの明るい声に、ミネアは首をふる。
「喧嘩じゃありません!喧嘩なんてものじゃ…ないんです…どうしても、姉さんは許されない事をしたのです。」
「それは…一体、どうかされたのですか?私達でよろしければ、ご相談ください。」
 クリフトの声色は、どこか聖職者の響きがあり、全てを吐き出してしまいたくなる。
 ミネアは一瞬、クリフトを見上げた。そして首を振り、うつむいた。
「いいえ…今はまだ…言えません…いいえ、認めたく、ないのです…悪い夢だと、そう思って、いたいのです…」
「そうですか。ですが、吐き出したくなったら…困った事になったら、いつでもおっしゃってくださいね?」
「うん、力になるから!」
「できる事があったら、僕も協力しますから。」
 三人の言葉に、ミネアはわずかに微笑をみせた。
 優しい人たち、温かい言葉。
「ええ…、ありがとうございます…」
 それでも、ミネアはただ一人の微笑が、今欲しいと思った。
 ただ一人の、声が聞きたかった。


 だんだんと日が短くなってくる。わずかに残る夏の気配を、秋の気配が根こそぎ奪っていく時期。
 夏は、一番好きな季節だった。
 まだ幸せだった、あの頃を思い出す。
 …そして、今は夏が一番嫌いな季節だった。
 …あの幸せな頃が、憎くて、苦しくて。
 ただ守りたい、人がいるから。それだけのために、生きている。
 そしてピサロは、今久方ぶりに、たった一人の想い人に逢いに足を運んでいた。


 いつもの帰り道。すでに回りは暗かった。
「もう、すっかり秋よね…」
「そうだよね、そろそろ紅葉も始まっているし。中庭から良く見えるんだ。」
「いつも、楽しそうよね。」
「うん…でも最近じゃ、そうでもないけど。」
 シンシアの曇った声に気がつかず、ラグは能天気に言葉を返した。
「そうなの?いつも中庭で、楽しそうにして、私たちには入れないなって、いつも友達と言ってるのに。」
「じゃあ、今度シンシアもおいでよ。皆に紹介するよ。」
「本当!?」
 シンシアの顔が輝いた。学園の名物たちと間近で会うことを考えると、少し緊張する。それでも、 自分が知らないラグの世界に…今まで入り込めないと思っていた世界に、ラグが入れてくれると言った事が、 シンシアには嬉しかった。
「うん。あ、でも、今ちょっと無理だから…」
「いいのよ、無理しなくて。でも、どうして?」
 ラグは必死に頭をめぐらした。
「僕も良くは、判らないんだけど、マーニャさんとミネアさんが仲たがいしてるみたいなんだ。 その間は、多分居心地が良くないと思うから…」
「ああ、そうなんだ。なるほどね。うん、判ったわ。」
「?何がなるほどなの?」
 シンシアの少し過剰な納得に、ラグが首をかしげた。
「2時間目の体育のあと、教室に帰るのに、マーニャ先輩を見かけたの。とても綺麗な人だから、 顔は覚えていたんだけれど…いつも綺麗な笑顔でいらっしゃるのに、 今日は妙に暗くて顔色も優れなくて、落ち込んでいるようだったから。 どうしてだろうって思っていたんだけれど、ミネア先輩と喧嘩をしたからなのね。」
「へえー。そうなんだ。」
 なんだか、ためになることを聞いたような気がする。
「私じゃ何にも役に立たないだろうし、きっと私に言えない事だろうと思うけど、できることがあったら、 相談してもいい事だったら私に頼って。」
「ありがとう、シンシア。その言葉が一番嬉しいよ、僕。」
 ほんわりとした空気が、二人の周りに溢れる。にこにこしながら、二人は歩いた。
「それじゃ、いつもありがとう。」
 家の前で、シンシアは頭を下げた。
「僕のほうこそ、いつもちゃんと後片付けしてくれてありがとう。」
 いつもの挨拶を交わす。そして二人で笑みをこぼす。
「また、明日ね。」
「うん、また明日。」
 それは、確かな幸せの実感。少しの、罪悪感と共に。




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