チャイムが教室に鳴り響く。生徒達が待ちわびたように我先へと学食や、購買部へと走っていく。
 ミネアと一緒に食べない理由を色々と詮索されるのが嫌で、マーニャは行きがけにコンビニでパンやお弁当を買 っていた。そしてそれをかつての部室に置いておき、昼休みに取りに行くついでに体育館の裏でご飯を食べるのが、 ここ何日かの習慣だった。
 今日は、都合がよかった。特別教室ばかりの新校舎のさらに端っこの視聴覚室の授業。そして、ここから部室へは そう遠くなかったし、めったに人も通らない。同じ授業を受けていた生徒たちが食料を確保する為に急いで走っていくのを 確認して、マーニャは動き始めた。
 周りに人はいない。とても静かだった。にぎやかな所が好きなマーニャだが、ここ最近はずっと一人でいることを好んでいた。
 騒ぐ気分には、なれなかったのだ。
 昼休みとも思えないほど、静かな廊下。もう少しで体育棟の部室だった。
(これだけ静かなら…このあたりで食べるのもいいかもしれないわね…)
 そんな事を考えていると、向こうから足音が響いた。どうやらやはり人が通るらしい。
 見覚えの無い女生徒だった。両手に何か書類を抱えている。先生にでも頼まれたのだろうか。 少しホッとする。最近晴れが続いているが、雨が降ったらどうしようとは考えていたのだ。
 今日は、いい天気だった。雨が降る心配はなさそうだ。体育館裏は少し寒いので、天気が悪くなると辛いだろう。 とっととお弁当を食べてしまおう、そう思いながらすれ違う。

「あ、そうだ。あ、あの、すみません。マーニャ先輩、ですよね?」
 妙に間延びした声が聞こえた。マーニャは振り返った。
 可愛らしい、清楚な顔立ち。制服を真面目に着こなしているのが、とてもよく似合っている。 よく手入れされた長い髪が、気品を生み出している…やはり見覚えは無い。
 とりあえずマーニャはホッとする。自分が有名人だと自覚があるので、知らない人間に顔を覚えられていても さして不思議に感じない。それよりも知っている人間に今、この場所にいる理由を聞かれる方がうっとうしい。
「なあに?」
 けだるそうに答えた。それに少し脅えたのだろうか、女の子は恐る恐るポケットからハンカチを取り出す。
「その、違っていたら申し訳ないんですけど、昨日お手洗いでこのハンカチ、忘れませんでした?」
 見ると、それは確かに自分が使っていたハンカチだった。今日の朝、洗濯に出そうとしたらポケットに入っていなかったことを 思い出す。
「ああ、そうみたいね。」
「良かった。違っていたらどうしようかと思いました。」
 女の子はホッとした顔をした。
「ありがと、よく判ったわね。」
「私、マーニャ先輩の後で洗面台を使ったんです。マーニャ先輩の顔は良く見ますし。それに最近、 彼氏さんと一緒に校門前にいらっしゃるのを見ましたし。」
 マーニャは嫌な顔をした。迎えに来させている時間は、帰宅部が大体帰宅し終えて、部活が終らない中途半端な 時間なのだが、やはり誰かに見られていたのか。なんとかした方が良さそうだ。
「とっても素敵な方ですよね。さすがマーニャ先輩の恋人さんだなって思いました。」
 にっこり笑う、何も知らない純粋な少女。マーニャは面倒くさそうに言ってのける。
「やめてよね、そんな風に言うの…そんな良いもんじゃないわ。迎えだってたいしたこと無いわよ。」
「ご、ごめんなさい…」
 頭を下げて去っていこうとする女の子に、マーニャはお願いする。
「あ、噂になって面倒な事になるの嫌だから、人には黙っててくれない?」
 幸いその声は聞こえていたらしい。立ち止まって振り返った。
「そうですね…ええ、噂になるようなことはしません。約束します。」
 それだけ請け負うと、女の子はぺこりと頭を下げて、本校舎の方へと走っていった。

「お疲れ様、シンシア。」
「私、役に立てた?ラグ?」
「うん、シンシアのおかげだよ。ありがとう。皆の所へ行こう」
「うん!」


 ずっと長い間、ここを眺めていた。自分には空の上のような人たちと食事をしているラグと、同じ視点に居られた事が、シンシアには 何よりも嬉しかった。
 理事長の娘でもあり、学園のアイドルとも名高いアリーナが、気さくに自分に話し掛けてくれる。
「ありがとう。えっと、シンシアさんだったわよね。」
 全男子生徒と名高い、学園のマドンナと言われる、凄い美貌の持ち主のミネアが、いたわるようにお礼を言ってくれる。
「ごめんなさい、私事で巻き込んでしまって…」
 全女生徒の憧れの的と言ってもいい、好成績、美形、運動神経、そして性格と4拍子揃ったクリフトが、自分をねぎらってくれた。
「大変だったでしょう?わざわざありがとうございました。」
「いいえ、こんなことを言ってしまっては申し訳ないんですけど、ちょっと探偵みたいで楽しかったくらいですから。」

 3日前の話し合いのあと、ラグはシンシアに相談をもちかけ、2日前、クリフトの原案に 三人が修正を加え、案が決まった。マーニャの授業スケジュールをアリーナとクリフトが探り、どこでご飯を食べてるかは、 ラグとシンシアが探り出した。そしてミネアがマーニャの制服からハンカチを抜き出した。今日の朝、ミネアの手から ハンカチを渡され、今日、決行となったのである。

 シンシアの言葉に、アリーナが笑った。
「確かにここ何日か、本当に探偵みたいよね。シンシアさんの役は確かに楽しそう、いいなー、私がやりたかった…」
「アリーナさんじゃ駄目ですよ。で、シンシア。僕が見られなかったことも含めて、皆に話してくれる?」
 そうして、シンシアは、一番最初にラグは見た時のことからはじまり、そしてさっきのマーニャの行動を克明に語った。
「じゃあ、姉さんは『恋人じゃない』って?」
「いいえ、そこははっきりと否定はされませんでした。ですが、『そんな良いものじゃない』とおっしゃいました。 表情は始終暗くって、私が恋人さんを褒めた時も、なんだか嫌そうにしてらっしゃいました。」
 ミネアの言葉をシンシアははっきりと否定する。クリフトが問いを重ねた。
「シンシアさん自体はどう思われました?マーニャさんと、バルザックさんについて。」
「少なくとも、マーニャさんはその方を思っていらっしゃるとは思えませんでした。好きな方を褒められたら誰だって 嬉しいと思うんです。例え、それが友達や家族でも。ですけれど、ずっと沈んでらして…やっぱり何か 事情があるように思います。それ以上の事は、よく判りませんけれど…あの、私の思ったことで、なにも 確証もない事なのですけれど、よろしいですか?」
「うん、シンシア。直に見た人の印象って、けっこう当てになると僕思うから。」
 ラグの言葉に皆が頷く。それに促され、シンシアは遠慮しがちにいった。
「なんだか、何ていうのかしら、義務を果たしてる…そんな感じがしたんです。嫌なことだけれど、 やらなくてはいけないから仕方ない…、そんな感じ…」
 その言葉に、皆が考え込む。それでもミネアは嬉しそうに言う。
「けれど…少なくとも、姉さんが、バルザックのことが好きなわけじゃないのね!」
「でも、それならどうして、マーニャさん、バルザックさんと付き合っているのかしら…?」
「けれどアリーナ様。それを探るのはさすがに難しいと思われます。本職の方に頼まないと…」
「だめよ、クリフト!そんなことしたらマーニャさん可哀想じゃない!!」
「けど実際、後をつけるにしても、車なら追いつきようもないんですよね…」
 そう悩む四人に、シンシアはあっけらかんとミネアに問い掛けた。
「ミネアさんって、そのバルザックさんがお嫌いなんですよね?」
「嫌いなんてものじゃありませんわ!」
「でしたら、ちょっと犯罪かもしれませんけれど…こんなことできないかしら?」

 シンシアの案は、単純明快でそれでいていたずら心に富んでいた。
「そ、それいいかもしれない…たしかにそうしたら、次の手が打ちやすそうですよね。」
 ラグが笑い出せば、
「けれど、そんなことをして、大丈夫なのでしょうか?」
 クリフトは心配する。
「あら、いい案じゃない?実行は私がやりたいなあ。」
 アリーナの言葉にミネアが握りこぶしを押し出す。
「いいえ、私にやらせていただきたいです!いい気味ですもの!!」
 中庭の樹の下の探偵事務所は、まだまだ賑わいを見せていた。


 実は夢がありまして。シンシアを他のメンバーと絡ませるぞ!というのが目標でした。上手く探偵事務所にも紛れ込めた ようですし、ホッとしております。私のシンシアは上品で大人しそうなんですが、意外とお茶目、です。
 あと書きたかったのが、マーニャとバルザックのデートシーン。車の中の描写なんですが、本当はここに ある歌詞を挿入したかったんです。無断転載になっちゃうので諦めましたが、私のマーニャのイメージ( どちらかと言うと、星を導く〜のマーニャの方かもしれませんが)に ぴったりなのです。リンクは怒られないと思うので、参考程度に紹介します。めちゃめちゃ マイナーな曲なので(なにせレーシングゲーム「チョロQハイグレード2および3」のBGMだし。) 皆さん知らないと思いますが、良い歌なのですよ。 爪痕です。

 次回、解決編となるか、な〜と思っておりますが、あと一回伸びるかもしれません。

 




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