終りのチャイムが鳴った。今日は部活自体が休みな所が多いため、皆そそくさと 教室を出ようとしていた。この学校の部活所属率は、8割を超えている。これは 自由な校風なゆえに、余り厳しい部活がほとんど存在しないからなのだ。
 だが、まっすぐ帰れる貴重な時を無駄にする事はないと、今日は楽しそうにせこせこと 人の波を生み出していた。
 その中で一人、マーニャはいらいらと、急ぎ足で教室を出た。
 今週末に会わなかったこと、そして、今日の待ち合わせの時間と場所を変えたことが バルザックの心を酷くいらだたせたらしい。今日はいつにも増して、 機嫌取りをしなくては。それを考えると、自分もイライラする。
 けれど、父の誘いを断れば、それは不自然に映るし、これ以上余計な心を背負いたくなかった。
 そこまで考えてため息をつく。それは自分の心の言い訳。理由があることを幸いに断る事に 成功した喜びを、マーニャは忘れない。このつけが、今日に来る事になっても週末心安らかに 過ごせた事は、むしろ喜ばしかった。
 バルザックが待っているのは裏門。裏門にも多少生徒の通りがあるが、正門よりは目立たないだろう。 逆にそれが、あの目立ちたがりの男にとって気に食わなかったらしいのだが。
 時間も就業直後に変えたので、とっとと乗って走り去れば被害は最小限のはずである。マーニャはいそがなくては ならなかった。待たせたら最悪だ。怒らせてはいけないのだから、けして。
 特に今日は急がなくてはならなかった。ミネアがラグと待ち合わせをしているらしい。もし鉢合わせたら 厄介な事になる。できるだけ早く行かなくては…
「マーニャさん。」
 その声に、マーニャの思考は中断された。久しぶりに見る顔だった。
「アリーナ…一人?」
「お久しぶり、ちょっとだけ話があるんだけど、いい?」
 マーニャは無理やりに笑う。
「ごめん、今ちょっと急いでるのよ。人待たせてるの。」
「お願い、ちょっとだけなの…ミネアさんのことが聞きたいのよ。」
 そういって、ぐいっと腕を掴んだ。
 細い体のわりに、アリーナの力はつよい。趣味の格闘技のせいだろう。
「ずっとずっと、喧嘩して…二人であんなに仲が良かったのに、どうして?ミネアさんは何回聞いても 教えてくれないし…私、もうマーニャさんに聞くしかなくて…」
「わかった、今度話すから、今日は勘弁してよ。」
「嫌よ、そう言って逃げる気でしょう?聞くまで放さないんだから。」
 しっかりと腰をすえて、アリーナはマーニャにしがみついていた。

 その頃。屋上に登っていたミネアとシンシアとラグは、真っ赤なスポーツカーを発見していた。
 シンシアは普段と同じだが、ミネアは髪を後ろでお団子にしてまとめていた。
「じゃあ、私たち参りますから、ラグは少しあとにお願いします。」
「はい、ミネアさん、シンシア、気をつけて下さい。」
「ラグ、くれぐれも私達が見つからないようにしてね。」
「わかりました。」
 そうして、二人は階段を下りていく。ポケットにはカッターと釘を持って。


「アリーナ様、何をしていらっしゃるんですか?…マーニャさん、お久しぶりです。」
「あ、クリフト、このお嬢様をなんとかしてよ。あたし待ち合わせしてるんだから。」
 あせって言うマーニャの心が伝わらないのか、クリフトはゆっくりとアリーナに問うた。
「どうされたのです、アリーナ様。こんな公衆の面前でもめるなんて、はしたないですよ?」
「クリフトも協力して!今日こそ二人の事、問い詰めるんだから!クリフトだって、お昼の気まずい空気、 嫌でしょう?」
「・・・・・・」
 妙に、長い思考時間だった。マーニャがあせっているからそう思うのかもしれないが…
「クリフトってば!人の待ち合わせに遅刻するなんてそんな恥ずべきことをあたしにさせるつもり?」
「確かにそうなのですが、私もお二人の不仲の理由が気になります。お時間がないのでしたら 手短にでよろしいので、おっしゃってくださいませんか?」
「ちょ、ちょっとクリフト、あんた道徳的にそれでいいわけ?」
「申し訳ありません、マーニャさん。ですが私も、アリーナ様にお使えする身ですし。」
 申し訳なさそうににっこり笑うクリフトの顔が妙に憎らしかった。

 校門と裏門の間の裏庭。そこの生垣からほとんど人のとおらない裏道へとこっそりと出入りできる事は、 生徒の間ではひそかに有名だった。やばい荷物を持ってきた生徒が、三強生徒指導の先生のチェックを潜り抜ける為や エスケープする為に使うのだ。ゆえに、朝昼は、先生の目が光っている事もあるが、夕方になると、人の目がほとんどなくなる。 その生垣の隙間にするりと身を滑り込ませる美少女ふたり。
 人の目がない事を確認すると、少し高台になっている生垣から道へぽんと飛び降りた。そして気づかれないように、背後から 裏門へと迫る。
 カベの横からそっと見ると、真っ赤なスポーツカーが見える。裏口は基本的に 出入りが許されていないため、通用口しか開放されていない上、駅へ出るのに不便なので、 こちら側に家がある生徒以外、基本的に誰も使わない門だ。おかげで、生徒はいない。
 あくまでさりげなく。車のボンネットにもたれかかり門の方を見ているであろうバルザックに気がつかれないように、 そっと車の後ろから近づく。

 ラグはいつもどおり、部室に向かっていた。体育館のあたりはまだ誰もいなかった。
「おお、ラグ殿。今日の部活は4時半からだぞ。」
 そこにライアン先生が立っていた。ぼんやりと剣道場の前に座っていた。
「ライアン先生、こんにちは。いえ、時間を持て余してしまったので…」
「そうか。まあ、早く来るに越した事はないな。」
 そこでラグは『さも、思いついたように』先生に問い掛ける。
「そう言えば先生。裏門のあたりって駐車禁止でしたっけ?」
「ああ、この学校の周りの道一体が駐車禁止だったはずだ。もっとも学校にはかなり広い駐車場があるから、 父兄はわざわざ駐車することはないが…どうしてだ?」
「いえ、さっき車が止まっていたので。」
「なんだと…?」
「じゃあ、やっぱり駐車違反だったんですね、あれ。」
「ラグ殿。裏門のあたりだな?」
 すくっとライアンが立ち上がった。
「はい、確か裏門のあたりです。」
 それだけ聞くと、『生徒指導の鬼』の異名を持つライアンは裏門へと向かう。ラグはそれを見届けると、裏庭へと 向かった。




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