「とりあえず、目立つのはなんですから、こちらへ。」
そういって案内されたのは、生徒会準備室として用意されていた小さな部屋だった。 今ではただの物置なのだが。
「だから、あたしは急いでるんだってば!」
そう叫んでも、がっちり掴むアリーナの腕からは抜け出せず、ずるずると引きずってこられたのだが。
「すごーい、ここ、入るの初めてよ。でも鍵は?」
「ここは、ずっと開け放たれてるのですよ。たいしたものも入ってないからだとか。今は 生徒会の方、皆さん会議中ですから、誰もいらっしゃらないはずですよ。」
クリフトが置いてあった小さな椅子を勧めた。
「あのね、あたしね、すっごく急いでいるの。だから、ね。今日は勘弁してよ。」
「マーニャさん。最近ずっと放課後いないじゃない?お昼だってどこに居るのか わからないし…だから、今日しかチャンスがないと思ったの。急いでるなら、今 教えてよ。」
「…それは…それは、あたしのプライベートでしょう?あんた達には関係ないはずだわ!」
「マーニャさんはミネアさんのこと、嫌いなの?仲直り、もう、したくないの?」
マーニャの言葉にひるまず、アリーナはしつこく問い掛ける。
そもそも、聞き出すことが目的ではないのだ。悩ませて、話し掛けて時間を出来るだけ稼ぐこと。 それがアリーナとクリフトの使命だった。
後ろから、そっと近づいた二人のする事。それは。
プス。ザク!
タイヤの横からカッターと釘でパンクさせる事だった。横の脆い部分へ体重をかけて カッターで切りつけるミネア。釘を深々と入れるシンシア。
そして、後部二つのタイヤをパンクさせたのを確認すると、さりげなく、またもとの道を歩いて行った。
二人が角を曲がったとたん、聞きなれた声がした。低い声だった。
「そこで何をしているのだ。」
二人は、一瞬びくっとしたが、どうやら自分に言われたわけではないようである。ようやく逃げる為の時間稼ぎが 来たのだ。
「お前は何だ?」
バルザックが憎憎しげの目の前のごつい男を見た。自分と同年代くらいだろう。体操着を着ていることから この学校の生徒だろうか。
「私はこの学校の教員だ。ここは駐車禁止のはずなのだが。」
バルザックはむかついていた。自分の服従すべき女が自分に指導をして、こんな目立たない場所に 待ち合わせを変えた上、自分を待たせている。これは許されない事なのだ。
(こうなったら、もう手なずけて、誘わせるのはやめるか。どーせ俺には逆らえねえんだ。)
「今すぐ、ここから車を移動してもらおう。」
「うぜーよ。知るか。てめえに命令されるほど筋合いはねえんだよ。」
「しかしここは、公道だ。そしてここの生徒の通学路だ。」
「知るか、ざけんな。殺すぞ」
殺気だったバルザックの言葉に、ライアンは平然と述べる。
「既に学校の警備員には連絡済だ。すぐに警察が来る。こちらとしては、そちらの指導でもかまわないが。」
「ちぃ。てめえ、余計なことしてるんじゃねえ!!」
「ここは、学生の通学路だ。そしてここは駐車禁止だ。」
ライアンの言葉は聞いていなかったようで、バルザックはいらだちながら運転席に乗り込む。そして車を発進させた。
…パンクに気がついたのは、それからすぐだった。
しばらくの沈黙のあと、マーニャが勢いよく立ち上がる。
「細かい事はいえないの…ごめん、どうしてもよ。それでも邪魔するって言うなら、ここを強行突破するわ。」
「マーニャさん…」
マーニャは立ち上がる。そして、出て行こうとして、振り返った。
「…そうだ、お願い。…ミネアに着いていてやってくれない?頼むわ。多分…怒ってるから。」
それだけ言うと、扉を開けて走り出した。
「…そろそろ、大丈夫でしょうか…」
クリフトがため息をつきながら、時計を見た。
「多分、平気よ。さっきすごいエンジンの音がしたもの。」
「マーニャさんもそれで飛び出されたんでしょうか?」
「わからないけど、ラグたちと合流しましょう。」
「お疲れ様!」
そう言って、裏の生垣からシンシアの手をとって引っ張り、カベを登らせる。
「ありがとうございました、ラグ。いいタイミングでしたわ。」
ミネアの手をとって、同じく引っ張る。
「上手く行きましたか?」
「ええ、きっと。」
「うん、大丈夫…でもどきどきした…」
「犯罪ですからね…まさか私がこんなことをするなんて、夢にも思いませんでしたわ。」
二人して顔が赤い。どうやら興奮しているらしい。
「とりあえず、こんな所で話していたら怪しいことこの上ありませんから、クリフトさん達と合流しましょう。」
「生徒会控え室でしたわよね。」
裏門へと駆けると、そこには誰もいなかった。
(どうしたら、いいのかしら…)
ひたすら怒っているのだ、きっと。マーニャの体が震えた。
「ま、マーニャ殿?…どうか、したのか?」
少し震えた声。聞きたくなかった声。…ずっと、聞きたかった声。
「ライアン先生…」
顔をあげると、そこには困ったような、先生の顔があった。
「おぬしの帰宅路はこちらではなかったと思ったのだが…大丈夫か?具合でも悪いのか?」
「・・・」
マーニャは、ただ、呆けたようにライアンを見ていた。
最初は、むかついていた。見るだけでイライラしていた。何故か判らないけれど、 これほどむかつく男はいないと思っていた。
今、ぼんやりとその理由がわかる。
(この人、バルザックに似てるんだ。)
今のバルザックではない。昔の、とても好きだった、あのバルザックに似てるんだ。 ちょっと頑固で、それでいて理由のない抑圧のない、頼れる人。
不器用で、困ったように笑うくせに、ときどき凄く可愛く笑う。気の効いた話題も出来ないくせに 、返す言葉が新鮮で。
夏祭り、楽しかった。ピアス嬉しかった。
(ああ、あたしは。)
ずっとこの人が、好きだったんだ。
「どうかしたのか?…もしや、私は何かしたのか?」
心配そうに言うライアンが、マーニャには悲しかった。
以前は、隣に居られたのに。向かい合って、嫌味を言ったりできたのに。
どうして、こんなに遠くに来てしまったのだろう。
哀しくなりながら、マーニャはつぶやいた。
「先生…ここにいた、車の持ち主知りません?」
「おぬしの知り合いなのか?ここは駐車禁止だからな、申し訳ないが引き取っていただいた…だが、 マーニャ殿、あまりその…」
先生はバルザックに会ったのだ、マーニャの顔が絶望に染まる。おそらく、 酷い言葉を投げつけたのだろう。あいつの言動はチンピラ以下なのだ。
だが、もう、駄目だ。多分、明日全てを自分は失うだろう。何とか伸ばし伸ばしにしてきた 死刑宣告を、自分は受けなくてはならないのだから。
そうすれば、自分は、この人の前に立つこともままならなくなる。
それは、嫌だった。泣き出しそうなほど、嫌だった。
バルザックがここに初めて来た日の夜、マーニャは蒲団の中で、声を殺して泣いた。 その涙が、また溢れそうだった。
…それでも、譲れないものが、自分にはあるから。
お別れ、だった。
マーニャは泣き出しそうな顔を、ライアンに向けた。
「あの人、私の彼氏なんです。すみませんでした、先生。」
ぺこりと頭を下げると、マーニャは走った。夕焼けの、果てまで。
この作品は、フィクションです。文中に出てくる行為は全てけっして真似はしないで下さい。というか、自転車で散々被害に 遭っている蒼夢ですので、したら怒ります。たとえ悪人相手にも犯罪で復讐しちゃ、駄目だぞ!!
中身は解決編どころか、マーニャがよりかわいそうになってますね、ごめん、マーニャ。
そして探偵団。本人達は姉妹の幸せのためにやっているんですが、それが本人にさらなる不幸を呼ぶという、 非常によくあるというか、現実的な話になってしまいました。鬼か、私は。
夕焼けの別れは書きたかったので、満足です。ええ、ごめん、マーニャ。あとシンシアの謎はもうちょっと 引っ張ります。
マーニャ編は次回で終わり…のはずです。終らせます。蒼夢「らしい」結末を期待していてください。
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