螺旋まわりの季節
〜 陽の輝く月 〜

 その日の夜、ミネアはマーニャと一度も顔を合わさなかった。ただ、帰宅した時、マーニャの部屋から電話の 音がした。
 マーニャは夕飯に現れなかった。だが、それも明日限りだと張り切っていたミネアには、それが判らなかった。
 次の日の朝、顔を見せずにマーニャが、
「…今日は、遅くなるからきっとご飯いらないわ。」
 そう言ったときも、ミネアは気がつかなかった。今までミネアの前ではいつも幸せそうに笑っていたのに、その声が 沈みきっている事に、ミネアはちっとも気が付かなかったのだ。ただ、一つのことをのぞいては。


「あ、今日のことなんですけれど、僕たちも参加して大丈夫ですか?」
「あら、部活はどうされたんですか?」
 ミネアの言葉に、シンシアが不思議そうに言う。
「昨日、なぜかライアン先生が明日は休みだっておっしゃって・・・」
「今日の朝練もなんだか顔色が悪かったんです。体調が悪いんでしょうか?」
 二人とも心配しながらも、気になっていたことを確認できるのが少し嬉しそうだった。
「では今日、マーニャさんをつけると言う事でよろしいのでしょうか?…アリーナ様。」
 妙に渋い顔をするクリフト。クリフト自身としては、マーニャのことは気になるが、サントハイム財閥ご令嬢に 人の後をつけさせるなどと言う真似をさせるのは抵抗があったのだ。
「あったりまえでしょう!今度こそ尻尾を掴んでやるのよ!!」
 探偵ものの漫画や刑事ものの小説でも読んだのか、妙に盛り上がっているアリーナはそんなことは意にも介さない。
「では、お供いたしますね。とりあえず、私がマーニャさんがどちらから出るのか確認いたしますので、皆様は昇降口 にいて下さい。」
 既にスケジュールを抑えていたあたり、最初から諦めていたのだが、それでも深いため息をつくクリフト。
 それと同時にため息一つ。
「…ミネアさん?」
 シンシアが、気遣うように顔を覗き込むと、そこには憂いな表情のミネアがいた。
「ごめんなさい、嬉しいんです、私。姉さんが、あの男が好きじゃなかったこと、ちゃんと真相が判りそうな事が… でも…心が、痛いんです…」
「罪悪感、ですか?」
 ラグの言葉に首を振る。
「いいえ…おかしなことを言うようですけれど…きっと、これは姉さんの気持ち…そんな気がします…」
 双子のシンパシィ。それは良く語られる事である。そして、それは片割れを持たずに生まれてきた 人間にはわからないこと。
「でも、この切なさが姉さんの気持ちだとすれば…姉さんはどうしてこんなに、切ないのかしら… 本当はバルザックのことが好きで、昨日のことで喧嘩したんだったら…それが、それがこんなに切ないのだったら…」
 もはや泣きそうになりながら、ミネアが喘ぐ。
 そんなミネアの方に、シンシアが優しく手を置く。
「大丈夫です、その心を探るために私たちは行動してきたんですもの。…きっ上手くいきます。お互いを 思う気持ちがあれば…」
 それは、慰めと言うよりシンシア自身の祈りに近かった。ミネアが不思議そうに見上げる。
「シンシアさんにも、ご兄弟が…?」
「いいえ、私は一人っ子なんですけれど、母が双子だったんです。母もよく妹と一緒に寝込んだり、泣いたり したそうですから。」
「やっぱり、そっくりなの?」
 アリーナが興味深げに聞くと、シンシアが頷く。
「ええ、今は成長してすぐ区別がつきますけれど、子供の頃は鏡みたいだったそうです。…ですからミネア先輩、 きっと何もかも、上手くいく日が来ますわ。…お互いの心がわかっているんですもの」
 その表情は、微笑んでいるようでもどこか曇っていて。
 あの日の叔母との会話を、ラグは思い出していた。


 元気が無いのがここにも一人。
 仕出し弁当にも手をつけず、体育教官室で落ち込んでいるライアンだった。
 ”あの人、私の彼氏なんです。すみませんでした、先生。”
 頭の中で、その言葉がから回りしている。

 初めて見たのは入学式のとき。派手な化粧に派手なアクセサリー。校則がゆるいとはいえ新入生第一日目で そこまで派手なのはめったにいないことから、ライアンはこっそり心のブラックリストにのせて、常に目をやっていた。 周りには男子が群れていて。いかにも問題になりそうな生徒だと思っていた。
 対話したのはそれからすぐだった。大ぶりなアクセサリーに注意を促した時だった。
 ”校則違反ではないと思いますけれど?”
 まっすぐに前を見て答えた生徒は久々だった。その目は余りにも潔く”間違った事はしていない”と確信に満ちていた。
 校則では認められているものの、あまり派手なのは好ましくない、そう注意すると、マーニャはぎろりとにらんできた。 それは視線で人が殺せるほどの、ものすごい威圧だった。
 ”たとえ先生と言えど決められた定めに反する指導は、間違っていると思います。”

 それから、特別に眼を向けてみると、見た目は派手だが筋が通っていないことはしないむしろ真面目な生徒で、 問題はマーニャをとりまく男子生徒が起こすことが多かった。
 嫌われているようだということは判ってはいたが、できるだけ問題がおきぬようにと色々指導をするようになっていた。
 それが、習慣になって早二年。
 気が付いていた。
 マーニャがいない体操室を、空虚に見ている自分を。
 綺麗だと、思う。顔ではなく、その眼差しを。
 ピアスをつけてくれた事がうれしかった事も事実で。つけてくれなくなった事が、哀しかった事も事実で。

 そこまで考えて首を振る。そもそも生徒との恋愛は禁止されていて・・・・
(れ、恋愛・・・いや、私はそんな邪な気持ちではなく、いや…)
 顔を真っ赤にして、うつむくライアン。また無理やり気持ちを切り替える。
 とにかく、気になるのは確かだ。ずっと元気がなかったこと。あまり褒められた態度ではない男。 それが、マーニャの彼氏である事。そして。
 泣き出しそうな、あの表情が無性に気にかかる。
(だが、本人達のプライベートな問題なら、私が口を出していい問題ではなく…)
 それが正しいことは判っている。だが、無性に気になる。
 結局ぐるぐる思考をめぐらせる事しかできない自分が歯がゆかった。


 

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