にわか探偵たちが、昇降口に集まった。体操服姿の生徒達が部活へと急いでいく。
 ぽてぽてとクリフトが走って来た。
「裏門の方へいかれました。車の姿はなかったと思われますので、恐らく徒歩なのではないでしょうか。」
「では、行きましょう。」
 きりっとした表情で、ミネアが言う。憂鬱な気分を無理やりに吹き飛ばした。
 ととととと、と全員が裏門のほうへ歩く。本人達は全く無頓着だが、実はこの上なく目立っている。
 そもそも学園主席の優等生眉目秀麗、パーフェクトな王子様のクリフトに、振って沸いた新たな貴公子 ラグ、そして、学園のマドンナミネアにアイドルアリーナ、その上隠れファンの多いシンシアがこそこそと裏門へ 向かう…たとえファンでなくても注目する事請け合いなのだ。
 幸いにして、下校に忙しい生徒が興味を覚えるほど暇でなかったが、のちのち色んな生徒に『あれはなんだったの?』 と聞かれ、答えに窮することになるとは、今の本人達は知らない。

 裏門からひょこ、と顔を出すアリーナ。住宅街や駅へ向かう方向へ見慣れたマーニャの姿があった。裏門からでは遠回りな はずだが、恐らく気を使ったのだろうか。正門と裏門はほぼ反対側にある上、体育館の後ろにあるので、ほとんど 他の生徒から見えないのだ。
 たくましい体の男が横を歩いていた。恐らくバルザックだろう。何を会話しているか、遠くからでは良くわからない。
 正門に行くなら左、マーニャとミネアの家なら右、駅へ行くなら正面という、十字路へ差し掛かる。二人は曲がらなかった。 どうやら駅の方へ行くらしい。
 そこまで見ると、アリーナは後ろを振り向き頷いた。ここまで離れれば安全だろう。 五人は不自然ではない程度に早足で二人の後を追った。

 実の所、二人は始終無言だった。すでに会話で目の前の男を盛り上げる意味のない以上、マーニャは話す気にならならなかったし、 バルザックはただ、いやらしい笑みを浮かべるだけだったからだ。
 バルザックは自分を周到な男だと思っていた。ゆえに最後まで手を講ずることを惜しまなかった。そもそも手ごまを あまり遊ばせておくと不満が高まりそうだった。
 完璧だった。マーニャが自分に惚れていないことくらいバルザックにもわかっていた。それをいらただしげに思っていた。
 だが、今日この女をずたずたにする事ができることを楽しみにしていた。苦痛と恐怖に歪んだマーニャはどれほど 美しいだろうか、屈辱的だろうか。そんな歪んだ笑みを、ただ浮かべていた。そして、それが終ればこの女は、一生 自分の奴隷なのだ。むかつく事は多かったが、結果的にこういうことになったことで帳消しだと思っていた。
 自分が通り過ぎた後ろに見慣れた黒い服と、集団の気配を感じ、バルザックはニヤリと笑った。


 五人が十字路に近くなったときだった。この十字路はクリフトとアリーナ以外の三人は毎日通る通学路だった。
 学園の塀の切れ目で、生徒以外の人気は余り無い。にも関わらず、少し前から黒い学生服の生徒が十人ほど、 自分達の目の前に溜まっていた。なにやら熱心に十字路の方を見ている。
 今の五人の関心は通行人に無いにしろ、妙に違和感を覚えるのは確かだった。なにせ、とてもとても柄が悪そうなのだ。
 シンシアが、そっとそこから遠ざかる。おそらく、自分が見つかれば厄介な事になることは間違いない。
 なにせ、もしかしたら自分が目当てかもしれないのだから。そう思って、できるだけ四人の陰になるように歩き、 その十人の…真佳井野高校の生徒の横を通った。


 ぐぎぎぎぎ、油のさしてないちょうつがいのような音を立てるような動きで、ライアンは起き上がった。 2、3授業はあったはずなのだが、全く持って記憶が無い。
 このままでは遠からず駄目になってしまうだろう事は分かっていた。が、だからといって何ができるわけでもなかった。 そもそもどうしたいかもわからないのだから。
 とりあえず、今日は帰ろう、そう思って立ち上がったが、ふと昨日の夕昏の事を思い出し、不健康だと思いながらも 裏門へと足を運ぶ事にした。


 ぐい、と横から手を引かれた。とっさに手を引いたのはクリフトだった。
「ミネアさん!!」
 すぐ横に、十人の男達が居た。その中の一人の男の手が、むなしく空振りする。その手は、明らかに ミネアの肩を抱こうとしていた。
「なんでこっちから来るんだ。」
「情報が違うじゃねーか。」
「しかも男連れだぜ。」
 ぼそぼそとそう言っているのが聞こえる。ゆっくりと周りを囲んでいく。
 ミネアを引っ張って後ずさる五人。マーニャとバルザックの背中が遠ざかる。
「ごめんなさい、急いでいるんです。」
 そう言って、無謀にも歩き出そうとするミネアをラグが止める。
「なにか、御用かしら。申し訳ないのですけれど、私たち急いでいるんです。」
 アリーナが外交用の話し方で問い掛ける。男達はニヤニヤと笑っていた。
「いや、ちょっとそこの髪の長い女に用があるわけよ。引き渡してくんない?」
「ミネアさんは貴方がたの知り合いではないはずですけれど、どのようなご用件なのですか?」
 クリフトがミネアをかばいながら尋ねる。
「あんたらにゃ関係ねーよ…けど、かばうようならおんなじ目に遭ってもらうけど…引き渡す気はねェんだな?」
 にやにやと笑う男。後ろの方でぼそぼそと”ついてる””三人に増えた”などと話しながら、 嬉しそうに男達が、既に用意していた鉄の棒だのジャックナイフだのを取り出している。 それを見て、五人は話し合いの余地はないと判断した。

 真っ先にアリーナが踊り出た。それと同時にラグはミネアとシンシアを後ろにかばう。アリーナは俊足の動きで鉄の棒を 持っている男の手を蹴り、鉄の棒を奪取した。それと同時に、アリーナの行動に気を取られてた男を鞄で殴り、 クリフトは男が持っていた鉄の棒を手にする。
「ラグ、これで二人を守って!!」
 そう言って、鉄の棒を投げる。ラグはそれをキャッチして構えた。
「はい、アリーナさんたちは大丈夫ですか?!」
「平気!お願いね!!」
 そう言いながらラグは、我に帰ってこちらに襲い掛かってきた男の手を、鉄の棒で殴る。重量がある上固いので、うかつに面は 狙えない。
 だが、カベを背に、向かってきた相手だけを蹴散らすなら、なんとかなりそうだった。
「二人とも、僕の後ろにいて下さいね。」
「ええ。」
「ごめんなさい、ラグ…」
 そう言っている間に、クリフトが、鉄の棒で男の腹をはじく。クリフトの動きはフェンシングに近かった。意外と強い。 アリーナの死角を守る形なので、数は多くないが、確実に男の武器を奪っている。

 だが、いかんせん人数が多い。武器を奪い取っても素手で襲ってくる男達だった。型はなってないとは言え、腕力は 侮れないものがある。
 がき!とラグの棒と相手のジャックナイフがかみ合う。その隙に横から男がミネアを狙いに飛び出した。
 ラグはとっさに男の足を蹴り、バランスを崩させた。だが、間に合わない。
「ミネアさん!」
 そう叫ぶと同時に、鋭い音がとんだ。

 男の額にあたった固いもの。それは、鉄のわくで補強されたタロットカードだった。
 荒い息をしながらミネアが言う。
「これでも、カードは扱いなれてるんですのよ。こういう使い方は良くないんですけれどね。…私のことは大丈夫です、 ラグさん。」
 さっとカードを取り出して、ミネアはにっこりと笑う。
「さあ、死神のカードが出ていますけれど、皆様、どうなさいます?」


 男達の攻撃は、激しさを増していた。できるだけ遠ざけた武器を持ち寄り、又も立ち上がる男たちの原動力は 怒りだった。
 そもそも男達に言わせればいいかっこうしてる、顔のいい優男に負けるわけには行かないプライドがあるのだろう。
 だが、武道に長けた可愛い顔した女はやたら強く、それをサポートする男の動きもなめたものではなかった。
 ならば、狙いは一人。
 相当強いとはいえ、二人をかばいながら戦っている優男へと、五人もの男が一気に迫った。
 ラグは鉄の棒を一気に横に払い、三人を一気になぎ払った。そして、一人の男にミネアのタロットがぶつかる。
 だが、一人取りこぼした。男の手が、ミネアの迫る。
 男の手が、消えた。逆にミネアを掴んだのは、たくましい手。
「ミネア様!ご無事ですか?」
 それは、誰よりも心地よく感じる声。そして、ここで聞こえるはずの無い声。
「オーリン…?どうして、ここに?」
 男を殴り倒したオーリンは、しっかりとミネアを掴んでいた。そうして後ろにかばう。
「お守りします。しばし我慢してください。」


 たった5分にも満たない闘いなのだが、体力は随分とそぎ取られていた。なにせ、下手したら死ぬのだ。特にラグは 慣れない鉄の棒の重さに違和感を覚え、いつものように戦う事ができなかった。
 アリーナやクリフトも男達を払うのだが、やはり手加減をしている。オーリンは強く、素手で敵を蹴散らしているのだが、 それにしても男達の根気は只者だとは思えなかった。
 オーリンが叫ぶ。
「お前達、バルザックと関係のあるものだな!!」
 その叫びに男達がびくっとする。だが、結局男達はそれには答えず飛び掛る。
 その男達をなぎ倒しながら、オーリンはもう一度聞いた。
「バルザックは一体何を考えている!?」
「てめーらなんざに教えるか!」
 ナイフを振り上げる男のみぞおちを、オーリンは思い切り殴る。
 その隙を狙っての事だった。後ろからミネアを狙って別の男の手が伸びた。

「危ない!!」
 そう言うと同時に、シンシアはミネアを引き寄せる。そして、男の手がシンシアの髪を掴んだ。
「手こずらせやがって!」
 思い切り、髪を引っ張る。シンシアの目に涙が浮かんだ。
「シンシアさん!!」
 ミネアの叫びに男の目が光る。まじまじとシンシアの顔を見た。そして、いまだ立ち上がっている男達に叫んだ。
「おい、こいつ”シンシア”だぜ!」
「まじかよ!!」
「離反した俺らが一番の手柄だぜ!!」
 色めき立つ男達。逃れようとするシンシアを、男はなおさら掴み上げる。ナイフを取り出し顔に当てた。
 さすがに、『武器を捨てろ』と言うほど陳腐ではなかったが、言いたい事は明らかだった。アリーナと オーリンはは動くのをやめ、ラグとクリフトは、鉄の棒を下ろした。
 そして、別の男の手がミネアに伸びたときだった。
「そこで何をしている。」
 男の手から、ナイフが落ちた。




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