声だけで、邪な思いのある人間を萎縮させる人間。
「私の生徒にナイフを向けるとはいくらなんでも許しがたい・・・真佳井野高校だな。連絡しよう、 生徒手帳を出せ。」
 そこにいたのは、ライアンだった。裏門にやはりマーニャが居ない事に落胆し、こちらから帰ってきたのだった。
 二人目の援軍の登場に男達の判断は素早かった。
 つまり、いくらなんでも勝てない。男達はいっせいに逃げ出した。
 だが、オーリンが手近な一人を捕まえた。襟首を掴む。
「答えろ、バルザックは何を企んでいる?…マーニャ様をどうするつもりなのだ?」
 その言葉に、ライアンが反応した。何も言わなかったが、じっとこちらを見ている。
「俺達は、バルザックに、雇われた。ずっと、妹をつけて、指令があったらその女を確保しろって… …今日は女をホテルに連れ込むから、確実にやる為に、先に俺達にその妹を確保しろと、言った。 確保して、確認したら、妹の体は好き放題やってもいい…そう言われてた…」
 その言葉に、オーリンは思いっきり男を殴った。男はくらくらしながらも、立ち上がり、去って行った。

 ミネアはオーリンに駆け寄った。
「ど、どうしてオーリンがここに居るの!?」
 その言葉に、オーリンは少し哀しい眼をした。
「昨夜、マーニャ様が会社の私のところへ尋ねてらしたのです。『明日、ミネアを迎えに行ってあげて』ただ、 それだけを言いに。私は、そこで初めて不思議に思ったのです。マーニャ様はずっと繰り返してらっしゃいました。 『最近物騒だ』『迎えにいって』と。…でも最近、このあたりに物騒と言えるような事件が特別 起こったわけでもありません。」
 ミネアは、ぼんやりとオーリンに聞いた。頭がパンクしそうだった。
「どういう、こと、なの…?」
 オーリンはミネアの頭にそっと手を添えた。
「マーニャ様は、脅されていらしたのですね。マーニャ様はずっとミネア様のために我慢してらしたのですよ。・・・ 助けに行かなくてはなりません、マーニャ様はどこへ?」
 涙ぐんでいたミネアの代わりにクリフトが答える。
「マーニャさんは今日は徒歩で駅の方へ…」
 その言葉を皆まで聞かず、ライアンは走り出した。
「せ、先生?」
 ラグの呼びかけにも、ライアンは答えなかった。


 ライアンは怒っていた。たった一度だけ会ったバルザックと言う男への怒り。
 そして、あれほど哀しい顔をしていたマーニャに、何もできなかった自分に。
 向かうは駅の裏手のラブホテル街。補導の経験上、場所は大体熟知していた。

 約5分のタイムロスを、どうしてライアンが克服できたのか自分でもわからない。走っている最中のことは、 ライアン自身、覚えていない。
 ただ、目の前に、男に連れられてホテルに入ろうとするマーニャを引ったくったことからしか、記憶が残っていないのだ。


 派手に飾られた下品な宿泊施設。駅から見えることは知っていたが、まさか自分が利用する事になるなんて、思ってもみなかった。
 肩に添えられた手が、ミミズが這うような嫌悪感を覚えさせる。
 目の前にあるのは、悪夢と絶望。
 あの日、後ろにがらの悪そうな手ごまを見せられ、『あいつらがいい女を欲しがっている。お前の心次第じゃ、 俺はミネアを紹介する。だが…俺の女の妹なら、けっして手出しはさせねえよ。』そう言われてから、終らない 悪夢。
 それでも同じ思いをミネアにさせるのは嫌だった。…たった2時間くらいの事だ。それくらい我慢できる。…あたしは、 強い。…ミネアを、ミネアだけは守らなきゃ…
 力強い手が、自分の肩を掴んだのはその瞬間だった。


「学生のラブホテルの使用は、法律で禁止されている。」
「ライアン先生!」
 腕を掴まれ、マーニャは唖然とした。これは夢なのだろうか。…いくらなんでも現実だとは思えなかった。
「んだ、てめぇ!こないだのセンコーじゃねえか!!」
 バルザックの声でマーニャは我に帰る。逆上させてはいけないのだ。バルザックは、 今日、しきりに携帯電話を見せ付けている。もし、その電話が掛けられたら… ミネアは…。そう身震いして、マーニャはライアンの手を引き離し笑った。
「先生、今日だけ見逃して下さいません?」
「け、人の恋路を邪魔すんのがセンコーの仕事か?」
「お前のしていることは、犯罪以外の何者でもない。どうしてもと言うのなら、警察に出頭してもらおう。」
「マーニャの意思はどうなるんだ?なあ、マーニャ?」
 バルザックがそう言うなら、マーニャは頷いて、訴えるしかない。
「先生、あたしは邪魔されたくないんです。この人はあたしが好きだし、あたしもこの人が好きなんです。」
 マーニャの言葉に、あっさりとライアンが言った。
「妹を人質にとって、肉体関係を強要することが恋愛感情だと言うのなら、そうかもしれないな。」
 マーニャの顔に動揺が走った。バルザックはあざけるようにライアンを見る。
「何の話しだよ。人の話はちゃんと聞けよ、死ね。」
「そう思うなら、電話でもしてみたらどうだ。」
 そう言われて、バルザックは携帯電話を取る。マーニャの顔は蒼白になる。だが、動けなかった。震えて 立っているだけでも精一杯なのだ。
 しばらくの時のあと、携帯を切ってバルザックがライアンをにらみつけた。
「てめえ、何しあがった!!」
「私は何もしていない。したのはマーニャ殿とミネア殿の友人達だ。全て 正当防衛の様だな。刃物を取り出していた。」
 マーニャの声が震える。
「先生、ミネアが、ミネアが襲われていたの!?…あたしが、あたしがここにいるのに?ちゃんと言う事聞いてたのに? どうして!!」
「何も心配はいらぬ、マーニャ殿。」
 優しい声でそれだけ言うと、ライアンはバルザックをにらむ。
「…おぬしは若き未成年に犯罪を示唆し、あげく脅迫で 肉体関係を迫った。…許される事ではない。」
「知るか、てめえに説教なんかされっか!!死ね!!」
 そう言って殴りかかろうとしたバルザックを、ライアンは思いっきり拳で殴った。
「先生!!」
 バルザックはよろけ、地に伏した。
「これ以上、このような無体を続けるなら、本当に警察に行ってもらおう。」
 バルザックはにらむが、その口の中から血が出たことを察知する。そして、よろりと立ち上がり、マーニャに近寄った。
「わかったよ・・・行こうぜ、マーニャ・・・」
 マーニャはどうしたら良いか判らなかった。今、ミネアは無事なのだろうか?そしてどうするのが一番いいのだろうか?
 だが、バルザックはその間自体が気に食わなかった。カッとして手を上げる。
「来い!!」
 マーニャが目をつぶった。だが、衝撃は走らない。
「…?」
 目をあけるとその手をライアンにつかまれて、苦痛に歪んでいるバルザックの顔が合った。
「お前の仲間は、すでにいない。ミネア殿にも一切手は出させない。とっとと去るがいい…この生徒は私の指導すべき生徒だ。 私が預かる…そして、もう二度と私の生徒にちょっかいを出すな。」
 ぎりぎりと、強く腕を掴む。バルザックはちろりとマーニャを見た。とたんに猛烈に怒りが込み上げる。こいつは、約束も 守らなかった上に、この期に及んで、自分に希望を求めるのだろうか?
「…もう二度と、あたしの前に、姿を見せないで。」
 マーニャは吐き捨てた。その言葉を聞くとライアンは、バルザックの手を離して道路へ押し出した。
 バルザックは捨て台詞も残さず、逃げていった。そして、その背中を見届けると、マーニャは腰が抜けたように、 その場にしゃがみこんだ。

 悪夢のあとの現実は、本当に夢のようで。
 あまりにも都合が良すぎて現実感がなかった。
「…なんで、先生がここに…?」
「ミネア殿たちが襲われているところに、たまたま通りかかってな。事情は襲っていた高校生と、ミネア殿の知り合いらしい 人に聞いた。」
「話が、違うじゃない…あたしが、あたしが我慢したら、ミネアにはなんにもしないって…」
「何も心配はいらない。ミネア殿の知り合いがいなしてくれた。」
「そう…よかった…その人って黒い髪の20代後半くらいの男でごついんだけど、妙に几帳面そうな奴?」
「ああ、マーニャ殿の様子がおかしいと思って、ミネア殿を迎えに来たと言っていた。」
 そう言って、ライアンはマーニャを横抱きにする。
「な、なにすんのよ!!」
「いや、ここで女子高生が座り込んでいたら、営業妨害だろうと思ってな。」
 ここはラブホテルの玄関口なのだ。目立たないとはいえ、利用客には迷惑がかかる事は間違いない。
「歩けるなら下ろすが?」
 言葉に詰るマーニャ。足はいまだ小刻みに震えていた。
「落ち着けば下ろそう。それまでは我慢してくれ。」
 マーニャは大人しく頷いた。実際この状態は心地よかった。・・・・あんな高価な外車より、よっぽど。
 そして、その心地よさの中で…マーニャは昨日と違う涙を流した。


「先生は…」
 泣き止んでしばらくの後、マーニャが口を開く。ライアンは泣いている間、ずっと何も言わないで居てくれた。
「なんだ?」
「あたしを、補導しに来たんですか?」
 すでに恋心を自覚したマーニャは、寂しく思った。ここに来てくれた事が、先生の義務である事は、よく判っていたが、 それでも哀しく思った。
 そう問われて、ライアンは考えた。形的には、確かに補導なのだ。…だが、もし、マーニャでなければ、自分は ここまでしただろうか?
 特別な感情を抱いている事実を、ライアンは認めた。だが、その感情に名前をつける危険性を、ライアンは心得ていた。
「…今は、補導だな。」
「そっか。うん、ありがとう。」
 マーニャが少し落ち込んだのが、ライアンには妙に嬉しかった。だから、言ってはいけない続きの言葉を口にした。
「だが…あと半年もしたら…私は、マーニャ殿、そなたを、そなただけを理由無く、掴まえたいと思うかも知れぬ。」
 マーニャが驚いて顔を見上げると、ライアンはふい、と横を見上げていた。その耳が赤いのが嬉しくて。
 マーニャはライアンの腕から降りて、微笑んだ。化粧をしなくても、アクセサリーをつけなくてもその顔は とても綺麗だった。
「そうね、考えておいてあげるわ。」

 明日からは、いつも耳にすずらんのピアス。それがとても嬉しかった。


 遠くに、駆け寄ってくるミネア達の姿が見えた。


 うう、終らなかった…いや、マーニャ編はおわったんですけど、ミネアとオーリンの仲直りがまだ済んでいないと言う。 次回に回します。
 とりあえずマーニャ編終了です。書きたかったこと、その一。超王道。べたべたでいくと宣言したとおりべたべたです。
 くっつけないのが蒼夢流。といいますが、先生と生徒の恋愛はくっつかない方が、きまじめなライアンらしいと 思うので。とりあえずちんぴらの話し方がさっぱり判らなかったので、不自然だと思います。これで精一杯なんです、すみません。
 この世界で戦闘が出来て嬉しかったです。剣とか振り回すと危ないので鉄の棒で(ってそれでも危ないんですけれど) タロット投げられたのが嬉しかったです。

 次回からまたゆっくり次の展開にむけて書いていこうと思っています。次は11月。






前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送