「わざわざ呼び出して申し訳ありません。」
「いいえ、この間は本当に助かりましたわ。」
 オーリンからの電話で、ミネアは呼び出されていた。待ち合わせはいつもの父の会社の前だったけれど、 まるでデートのようで、胸が弾み、痛んだ。
 オーリンはどこか緊張した面持ちで、ミネアを見ていた。
「とりあえず歩きましょうか。」
 ゆっくりと、日差しの中へと歩を進めるオーリン。ミネアはその横で、陽の中へと溶け込んだ。
「いい、お天気ですわね…」
「ええ、本当に…」
 ぽかぽかとした陽気に二人で微笑む。オーリンはひたすらどこかへ向かっているようだった。
「…ミネア様。」
 しばらく歩いたのち、オーリンがミネアを見た。
「はい…」
「実は、話しておかなくてはならないことがあるのです。…ジュディのことです。」
 ミネアの心臓が跳ね上がる。心拍数が上昇しているのを、自分でも感じた。

「オーリン様の、恋人、ですわね…」
「違うんです・・・ジュディとは、高校時代に少しだけ付き合ったんです。」
 オーリンは、もう26になる。8年の前のことだ。
「ジュディは、昔からとても率直な女性で、私に告白してくれました。私は…当時、思っている方もいませんでしたし、 なんといいますか、情けないのですが押されて付き合う形になったんです。」
 ”私のこと、嫌い””私、魅力的じゃないの?女に恥をかかすつもり?!”そう怒鳴ってきたジュディを思い出しながら、 オーリンは笑う。
「けれど、私はこう、気が利かないものですから、どう女性に接すれば良いかわからず、 デートにも誘う事ができず…結局飽きられてしまいました。 一ヶ月くらいでしょうかね。”つまらないわ”そう言ってました。」
「そんな…ジュディさんはオーリンが好きだったのではありませんの?」
「ジュディは昔からとても綺麗で、よく頭のいいクラスメイトや、女性の間でも人気の高い男子と付き合ってましたよ。 …私はもてませんでしたが、ちょっと毛色の変ったのが欲しかったんじゃないでしょうか?」
 それは違うと、ミネアは思った。確かにオーリンはクリフトやラグとは違う、無骨な感じがするタイプの男性だが、 その素朴な感じが、とても心癒されるのだ。恐らく影で人気があったのだろう。
「ジュディは、とてもその判りやすい女性で、ブランド物の一つも買ってくれない男はつまらないと、なじられた事もありました。 一度もデートもしないまま、振られてしまいました。」
「オーリンは、ジュディさんのこと、お好きでしたの?」
「いいえ。そんな感情はありませんでしたけど…それでも恋人を喜ばせてあげられなかった事は、今でも悔やんでいます。 たとえ、ジュディが恋人の、私のことをアクセサリーだと思っていたとしても。私は不甲斐ない男です。」
「それは違います!!だってそれなら、ジュディさんもオーリンを喜ばせるべきですもの!どちらかが与えるだけの 付き合いなんて、きっと間違っていますわ!」
 オーリンはまた笑ってみせる。
「ミネア様に慰めていただくなんて、本当に不甲斐ないです。でもありがとうございます。あ、そうではなくて、 そのジュディのことなんですけれど…実は、この間また付き合おうと、言われました。」
 その言葉に、ミネアは心臓が止まる思いをした。口が凍り付いて何も言えなかった。オーリンはそれに 気づかず、先を続ける。
「何故私にそんなことを言ってきたか、なんとなくわかっています。この間の新薬が、新聞に載った時に、私が 写っていたからでしょう。ただ…ジュディがなぜ、今までの男性を切り替えてまで、8年も前の彼氏に 声をかけてきたかが判らなかったんです。」
「それは…オーリンの事が、好きだったからではありませんの?」
 ミネアが恐る恐る見上げると、オーリンは笑っていた。
「それはありません。そもそも私はジュディのような女性に好かれるタイプではありません。今回声をかけて来たのも ステータスになりそうだったから、お金を持っていそうだったからと本人も言っていましたよ。」
 ミネアは思い切り安堵した。オーリンのその表情から、その言葉からオーリンがジュディのことを想っていないのだと判ったから。
「前の彼氏が、私のプレゼントより高い車を買ったのが気に食わなかったと言っていました。その気性も何もかも気に食わないと。」
「そう言う方もいらっしゃるんですか…。よく、判りませんわ…」
 ジュディの言葉は、ミネアには理解ができなかった。愛しているから、付き合っていたのではないのだろうか? 好きだから側にいたいのではないのだろうか?
「私にもわかりません。私なら、好きな人の笑顔だけで、幸せになれるとそう思いますけどね。」
 そう、気が付けば隣りでずっと綺麗に笑っているその姿。じわじわとしみこんでくれる幸せをくれた人。 いつからか、その人の顔を見ているだけで、オーリンは幸せになれた。

 ゆっくりと、二人は緑溢れる場所へと足を踏み入れていた。
「…その話を聞いていて、少し引っかかったんです。詳しく聞いてみたんですけれど…実はその、 ジュディの彼氏は、バルザックのことでした。」
「そうなんですの?ジュディさんは、このことは…?」
「何も知らないと思います。ただ、ジュディがバルザックを振ったせいで、今回の事が起こったなら…もっと早く、 ジュディと話し合っていたら、マーニャ様にも、ミネア様にもこんな思いをさせなかったのではないか、そう思います。」
 シュンとするオーリンに、ミネアは首を振る。
「いいえ、それはきっかけにすぎません。…それにオーリンが助けにきてくださったこと、私本当に嬉しかったんですよ。 ですから、気になさらないで下さい。」
 オーリンは立ち止まった。ミネアを見て、頭を下げる。
「いえ、あまりお役にたてませんでしたね。本当はもっと早く駆けつけられたら良かったのですが…それに、 お邪魔してしまいましたし。」
「いいえ、お邪魔なんて!」
 ミネアが首を振ると、オーリンは少し寂しそうに笑った。
「あの翠の髪の男の子は、…ラグさんといいましたか。ミネア様の恋人なのでしょう?とても、良い方ですね。」

 声が喉に張り付いた。何も言えなかった。
 否定したかった。せめて首を振りたかった。それでも凍ったように動けなかった。
 オーリンの言葉は、まるで父か兄のようで。親愛を持ったお兄さん、そんな感じだった。…それは、 当たり前なのだけれど。
 気がつくと、そこはかつてジュディと会った神社の境内。
 あの時、胸が張り裂けるような、想いをした場所。
 あれは誤解だった。だが、それがなんだというのだろう?

 だが、そんなミネアの動揺に気づかず、オーリンは顔を赤くして、ミネアに言った。
「他に、恋人がいる方に、このようなことを言っても、仕方ないと思っています。迷惑だとも。… それでも、私はミネア様、貴女が好きです。…それだけ、今日は伝えたくて…」
 オーリンは言葉を一気に搾り出した。ふう、と息をついた。


 ラグは緑の丘を一気に上った。緑の丘に、青い空。そして白い病院がとても綺麗だった。
 ここへ、一人へ来るのは初めてで、ラグは胸がどきどきした。
 自分のしようとしていることが、間違っているのはわかっていた。それでもどうしたらいいかわからなくて。
 結局悩んだ結果、こそこそとここまで来てしまった。
 既に通いなれたと言ってもいい病室へと、ラグは足を運んだ。




前へ 目次へ TOPへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送