扉が開く。いつも、いつも静寂なこの部屋に客人が現れる事は稀だった。それも、今日は二人目。
「こんにちは、あの、お加減、いかがですか…?」
 そっと翠の髪が覗く。ロザリーはホッとした。先ほどまでいたピサロとシンシアがはちあえば、恐ろしい ことになる。
 …それは、自分の罪。

 最後にロザリーの見舞いに来たのは、ほんの1週間前だった。あの事件が終ったあと、シンシアと二人で 報告しに来た。ロザリーはとても楽しんで聞いてくれたのを、ラグは嬉しく思っていた。
 …今のロザリーは、醜いほど、げっそりとやせていた。もともと細い体がさらに痩せ、顔はこけていた。
「…ラグさん?シンシアちゃんは…?」
「あ、今日は僕だけなんです。すみません。」
 我に帰ったラグはそう言うと、いつものお土産を渡す。
「ありがとうございます、来てくださって嬉しいですわ。…でも、どうかなさいましたの?喧嘩、とか・・・?」
「いえいえ、そんなことはないんです…けど…」
 ラグは大きく息を吸って、自分でもびっくりするくらいにゆっくりとシンシアに尋ねた。
「シンシアのこと、教えて欲しくて…何かシンシアが隠しているのはわかるんです。 多分、それを僕に聞いて欲しくないって、そう思ってる…でも…それでも、僕は 何も知らないから、僕には何もできなくて…ロザリーさんなら知っていると思って、僕…」
 知って欲しくない事を探ろうとする、その感情が罪だと言う事をラグは自覚していた。それでも、 『何もできない自分』を味わうのが嫌だった。
 目の前に居るのに、何もできない。自分には、もうどうすることもできない。ただ、気遣って見守るだけ。 そんな想いをするのは、本当に嫌だった。


 さっきとは別の意味で体が凍った。ミネアはそれが現実だとは思えなかった。
 その凍った表情を見て、オーリンが哀しそうに言葉を紡ぐ。
「…私のような年の離れた年齢の男が、このような事を言って気持ち悪いとお思いでしょう…申し訳 ありません。それにミネア様には恋人がいらっしゃる事も知っていますから、別にどうなりたいと言う 感情もありませんから…だた、知っていただきたかったんです。あの時、誤解された、この場所で。 いつかミネア様が私くらいの年になったとき、笑い話にして下さい。」
 申し訳なさそうに頭を下げるオーリンに、ミネアはやっと一つの言葉を搾り出した。
「ち、違い、ます…」
 ミネアは必死で首を振った。
「ラグは、あの人は…私の友達で、恋人なんかじゃ、ありません…」
「ですが、あれほど一生懸命、ミネア様を守っていらっしゃったじゃありませんか?」
「オーリンには、見えませんでした?私の他にもう一人いらしたんです。ラグが真実守りたい 方は、きっとあの方だけなのでしょうね。」
 ミネアは、ようやく呪縛から解かれた。そしてずっと自分を縛ってきた言葉を、今、相手に託す。
 風が吹いた。ミネアの髪を風が撫でる。
「私も守られたい、そして守って欲しい方はただ一人です。…オーリン、昔から貴方が、 貴方だけが好きだったんです…。」


 たった一人のために必死になるラグを見て、ロザリーのやせこけた顔に笑顔が宿る。
 …それはまるで無垢な天使。それはまさに聖女の笑みだった。
「ラグさんは、優しい方ですね。ラグさんみたいな方に想われて、シンシアちゃんもきっと幸せですね。」
「あ、あ、あの、その…」
 ラグが赤くなるのを見て、優しくロザリーは微笑み、そして眼を伏せた。
「けれど、私から言うわけにはいきませんわ。シンシアちゃん自身から聞いた方が、きっといいと思います… ラグさんの為にも。」
 半ばそう言われる事が判っていたラグは、頭を下げた。
「ごめんなさい…やっぱり、そうですよね。ごめんなさい、僕恥ずかしい事しましたね…」
「いいえ、ラグさんのことを責めているわけではありませんわ。…ただ、ラグさんに話す事も、シンシアちゃんの心の 整理になりますから、…きっと…」
 ラグは今度は違う気持ちで頭を下げる。
「ありがとうございます。すみません、病室まで来てしまって。」
「いえ、来てくださるの、とても楽しみにしているんですよ。いつだって、また来てくださいね。」
 そう言ってまた、清らかな笑顔で微笑んだ。とても綺麗なのに、どこか空虚な笑みだった。
「はい、今度は、相談もなしに来てもいいですか?」
「シンシアちゃんに怒られないくらいにして下さいね。」
 くすくすと楽しそうに笑う。とても楽しそうなのに、その笑みさえもどこか清らかで、ラグは少し怖かった。
「いつかシンシアちゃんが、話してくれる時が来ると思います。それまで、シンシアちゃんを支えていてあげて下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
 素直にそう言った。ここに来てよかったと、ラグは思っていた。
(何も判らなかったけど…でも、いいか。本人の居ない所で聞くなんて、きっと間違ってるもんな。)
 そう納得できただけでも、良かったと思う。
「ロザリーさん、お体にはお気をつけてくださいね。」
 そう言われて、ロザリーはまた笑う。自分の体が痩せた事を言っているのだと気が付いた。
「ここは病院ですもの、大丈夫です。ありがとうございます。ちょっと夏の疲れが出てしまったんですわ。それでも、今日は 随分と調子がいいんですのよ。」
「それならいいんですけど…」
 心配そうに言うラグに、ロザリーは心配させないように笑って見せた。それから何かを思い出して、 眼を伏せた。
「そうですわ。これから、きっと言ってもかまわないと思います。…どうして母が、シンシアちゃんにあんなに不自然か…」
「ロザリー…さん…」
 もしかしたら、自分はとてつもない、失敗をしたのかもしれないと、ラグは思った。この事はシンシアだけじゃなく、 ロザリーの胸にも、深いしこりを残していたのかもしれないのに。
 だが、ロザリーはそんなことには触れず、ただラグにこう言った。
「グリーンリーフコーポレーションのことを、調べてみて下さい。…きっと、それで、全てがわかりますわ…」

 お礼を言って去っていくラグの背中を、ロザリーは見つめた。
「…ごめん、なさい…」
 本当は、もっと早くとめることができたかもしれないのに。それを、自分の邪な心で止めることができなかった。… いいや、今もできない。
 …それは、紛れも無い、罪。
「…好きなのに…皆好きなのに…止められない…。…私…死んだって、きっと一緒ね…」
 ロザリーのつぶやきが、誰もいない病室に響き渡った。


 事後処理編+伏線編、でした。とりあえずオーリンとミネアをようやくちゃんとくっつけることができました。 (考えてみたら星の導く〜でもくっつけることができなかったのですよ、結局)幸せになってくれて嬉しいです。
 逆に今、不幸の絶頂にいるのがロザリー達かもしれません。ピサロ、再登場。ちょい役のワリに いいところ取っていってます。獲物が木の枝なんですけど…許して下さいピサロ様…

 次回はこの展開を置いておいて、新章に入る予定、です。どうぞよろしく。






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