言葉を聞いて、ラグの頬がパッとピンクになった。
「この学校の風習なの。いつからか判らないんだけど、体育祭が終って、お互いのはちまきを 交換するのが恋人の証なのよ。」
 シンシアに続いて、ミネアが補足する。
「だから、片思いをしている人には、はちまきを渡して、『恋人になりましょう』って言うのが いつのまにかこの学校のお約束になったんです。」
「あーあ、あんたにはちまきを渡した人も可哀想よね。そのまま突っ返されたんだもん。」
 わざとらしくため息をつくマーニャの言葉に、ラグがあせった。
「え、え、だ、だって僕、知らなかったから…今から謝った方が…」
「冗談よ、ラグ。その子達だって悪いわよ。直接渡せばいいのに、机に放り込んで おくだけなんて無責任なことするんだし。」
「そうですわ。ラグさんだって直接渡されたら、ちゃんと誠実にお返事されたでしょう?」
「それにいま謝られたって、きっとその子達困ると思うわ。そっとして置いた方がいいと思うわよ、ラグ。」
 マーニャ、ミネア、シンシアと三人に言われ、ラグは考え込みながらも頷いた。女性の気持ちはわからないから、 女性の言うとおりにした方が良いと思ったのだ。
「へえ…そんなのあったのね。」
「どうしてアリーナさんが知らないんですか?」
 アリーナの言葉にラグが尋ねる。
「私とラグが入学したのって一ヶ月くらいしか差がないじゃない。ラグが知らない事を私が知らなくても おかしくないわ。」
「そう言えばそうでしたね。」
 それから、黙々と食べながら四人の会話を眺めていた。初めて知った風習だが、どこかひっかかる事がある。
(なんだろう…)
 アリーナがそれに気がついたのは、家に帰ってからだった。


 ラグはまた、情報処理室に居た。今日はテスト前なので、部活が休みなのだ。
 自分が余りよくない事をしている事は自覚があった。それでも、どうしても知りたかった。
 徐々に広がる違和感。あまり人がいない病室。おかしな態度の叔母さん。そして…一度も話がでない男の子。
 何故なのか判らない。でも分かる事があるなら調べたかった。

 広いWEBの海をさまよう事、しばし。
 そうして一つの、記事を見つけた。それは約3年前の記事。
 バレル=グリーンの遺産の大部分を、受け継いだ『シンシア=グリーン』の記事だった。
(どうして、シンシアが…?シンシアの、お父さんじゃなくて…?)
 詳細はのっていなかった。会社の経営は生前に任されていた一部の親族や社長が受け継いだが、その他遺産は、 遺言により、ほとんどを孫娘シンシア=グリーンが受け継いだことが淡々と書かれていた。

 その後ラグは、他の記事を探したが、有力な情報はなかった。
 だが、一つ分かった事がある。叔母さんのあのよそよそしい態度は、おそらくここにあったのだと言う事だ。
(お金持ちの…掟、みたいな、ものなのかな…)
 ともかく、これ以上判ることはない。ラグはパソコンを切って立ち上がる。
 どうでも、シンシアと向かい合わなければいけないのだ。いや、違う。
(僕が、向かい合いたいんだ…シンシアと。僕が自分で助けたいと思うんだ。)
 今までは、もしかしたらそれから逃げていたのかもしれないとさえ、思う。でも、もしここに来て出会えた事が 偶然じゃないとするなら。
 そのために出逢ったのかもしれないとさえ、ラグは思った。


 あれ以来、アリーナとは口をきいていない。ほとんど姿さえ見ていない。
 考えてみれば初めてかもしれないと思った。喧嘩した事(正確に言うならアリーナが一人で臍を曲げた事) ならば何度でもある。だが、それはそう長いこと続かなかった。そもそもクリフトが我を張るということは ないし、譲れる所は、ためらいもなく譲る。アリーナ自身もクリフトが正しいと気がついて意地を張っているだけなので、 すぐにあやまってくるのだ。間違いを正す勇気を、アリーナは惜しまない。
 だが、今回は…
(私を恋人に…ですか…)
 苦笑すると共に、旦那様の心情が気になった。あのあと、幸い屋敷を留守にしてクリフトと顔を合わすことがなかったが、 もし会えばどんな顔をすればいいだろう。
(お怒りでなければよろしいのですが・・・)
 やはり誤解をとけばいいのか。だが、そんなことを無断でしたら、今度はアリーナが怒るだろう。
 幸せに笑っていて欲しい人だった。それが今回、自分の言動で心底怒らせてしまった。そのことがクリフトの 胸を痛めつける。
(そして、いつか…)
 頭を振った。考えてみもなかったが、やがて自分は婿を迎えられたアリーナの執事になるのだろう。その誰かの横で幸せそうに 笑うアリーナの力になるのだ。
 …そう、それが、きっと自分がずっと望んできた事なのだから。
 そう自分を言い聞かせ、そのことを忘れるようにクリフトは机に座り、テスト勉強を始めた。


 もうすぐテストだと言うのに、アリーナは部屋に着くと制服から着替えて、ベッドに転がった。
 眠かったわけではない、考えたかったのだ。

 頭がごちゃごちゃしているのが、自分でもわかる。何から手をつければいいのか・・・いや、何を まず考えたいのか、それから考えてみる事にした。
(…私が、一番気になっていることは…なに…?)
 しばらく考えたが…どれも気になるような気がする。自分の結婚話や、父の思惑、 クリフトの言動…そして自分がどうすればいいのか。
 次から次へ現れては消えてゆく。どれも大切なような気がして、考えがまとまらない。
(じゃあ…どうでもいい事からにした方がいいかしら…)
 むくりとベッドから起き上がり、座り込む。どうでもいいのに、気になっていること。それは。
(はちまき?)
 ミネアの言葉が妙に気になる。
 ”だから、片思いをしている人には、はちまきを渡して、『恋人になりましょう』って言うのが いつのまにかこの学校のお約束になったんです。”
(はちまき…はちまき…はちまき…)
 汗の匂い。自分の色じゃないはちまき。体操服袋。
「あ…そうか…」
 体育祭の日、クリフトの袋から落ちたはちまきはそれだったのかと、アリーナは一度納得して、 それからハッとした。




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