「お帰りなさいませ、旦那様。」
 それは深夜に近い時間だった。社長の帰宅。出迎えはしなくて良いと執事長から言われていたが、その後の 呼びかけにクリフトは社長の執務室まで足を運んだ。
「おお、遅くまですまぬな。」
「いいえ。試験勉強が一段落ついたところでしたから。」
 そう言いながら、内心クリフトはあせっていた。一体何故、こんな遅くに呼び出されたのだろう…心当りは 唯一つ。
 そして、その心の声が聞こえたように、目の前の男は意地の悪い顔をした。
「…アリーナのことを考えているな?」
「は、はい…あの…」
「いや、判っている。縁談のことだろう?…念のために聞くが、あの話は、アリーナのでたらめだな?」
 どうやら全て見通されていたようで、クリフトはホッとした。
「はい、その様な事実は…ありません。」
 だが、ホッとしながら言った台詞が何故が喉で一度つっかえた事を、クリフトは疑問に思った。だが、 社長はそれに気がつかなかったように、上機嫌に笑う。
「ははは、やはりな。ただの悪あがきだろう。まぁ、いい。そのうち観念するだろう。」
「はい。アリーナ様は困惑していらっしゃるだけです。私からもまたなにか…」
 そう言うと、男はとても和やかな目でクリフトを見た。
「…すまんな。今までアリーナの世話をお前に押し付けて…」
 クリフトはあせって首を振る。
「そんな、旦那様!私が好きでしていた事です。アリーナ様の側にいることはとても楽しくて、 私が選んで側にいたのです。」
 そう言うと、また嬉しそうに笑う。だが、クリフトは旦那様を喜ばせようと思って言ったことではない。
 アリーナの側にいるといつも退屈しなかった。目の前で表情がくるくる変わる。そして、自分に全力の信頼を 向けてくれる。…自分がどんな素性かわからないのにだ。楽しかった。
 …それになにより、自分は決めていた。アリーナをを守ろうと。
 男は上機嫌にクリフトに告げた。
「そうだ、アリーナの見合いにはお前も来い。」
 その言葉にクリフトは驚く。
「旦那様!そんな私などがいては、相手も不機嫌になります。それに見合いには双方の後見人と、仲介人 だけと…」
「心配するな。相手は両親がなく、ライザットの社長と親しく、今ジョシュアの後見をしている執事がくるだけだ。 それに、お前がアリーナを育てたようなものだ。どうせすぐ席をはずすのだ。相手を見てやって欲しいし、お前を 相手に見てもらいたい。」
「旦那様…」
 クリフトの目じりが熱くなった。自分にとって、父とも恩師とも主人とも言える人である。 そして、最も尊敬している人だ。その人に自分をそんな風に認めてもらえた事が嬉しかった。
「光栄です…」
「日付は21日だ、開けておけよ。場所は帝国ホテルの(おおとり)の間に2時だ。」
 すでに否は許されない気がして、クリフトはただ、頷いた。


(受け取った…ってことは…クリフトに恋人がいるの?!)
 アリーナの体に寒気が走る。そんなこと、想像した事もなかった。クリフトはいつも自分の隣りで 優しげに笑っているものだと、決め付けていた。
(駄目…そんなの…嫌…嫌…)
 誰かの隣りで笑っているクリフトを想像するだけで苦しくなる。絶対に嫌だった。許せなかった。
(だから私のお願いを拒否したの?他に好きな人がいるから?…そんなの…)
 そこまで考えて、アリーナは自分で自分の考えに絶望した。

「なに…考えてるの…私…」
(許さない、なんてそんなこと言う権利、どこにもない。)
 クリフトは、自分の物じゃない。兄弟でもない。ただの他人なのだ。クリフトは、もちろん父への 感謝もあるだろうが、ただの好意で自分の側にいてくれるのだ。
 ずっと怒っていた。政略結婚なんて、自分を仕事の道具にするのかと。にも関わらず、自分はクリフトを 無意識に自分の付属品だと思っていたのだ。
 自分が恥ずかしかった。どう考えてもおかしい。
(クリフトにだって恋人を作る権利はあるわ。…当たり前だもの。私は、笑って祝福してあげなきゃいけない… それが、今までそんな酷い風に思っていた自分の当然の義務だわ。いつか別々に 相手を作るの…それは当然だわ。)
『それならば、旦那様が私のためを思って整えてくださった縁談でしょう。…相手に私などが お気に召すかどうかはわかりませんので一概にどうとは言えませんが、お見合いはしてみると思います。』
 クリフトの言葉を思い返す。胸がぎりりと鳴るのを無視して、アリーナは思う。それはいつか 来る未来だと納得してみせた。
 だが、頭の奥底で、もう一人の声が聞こえた。

 ”それは嫌。絶対、嫌。”
(どうして?だって、クリフトはもてるわ。あのはちまき以外の人にも何人も何十人も告白されてるんだもの… 断ったって、いつも言ってたけど…)
 ”それをきくと、いつも自分はどこかホッとしてたわ。”
 真っ暗な部屋の中。たった一人きり。その環境が自分を素直にさせた。葛藤という名の二人の アリーナが言い争う。
(でも、いつか誰かと付き合ってもおかしくない。)
 ”でも、そうして欲しくない。…そんなの、見たくない。”
(それは、しかたのないことだわ…)
 ”でも、嫌。側にいて欲しい。私の側に。”
(…うん、辛い。クリフトが、たった一日いないだけで、どこかご飯もおいしくなかった。 でも、それは…いつか来ることだもの…絶対にくるんだもの…諦めなきゃ…)
 ”辛くて、いや。考えるだけで胸が張り裂けそうだもの…”
(それでも、我慢しなくちゃいけないのよ…微笑んで祝福しなきゃいけないのよ。そうじゃなきゃ 嫌われちゃうわ…それは絶対だめ。だって、)
 ”嫌、他の人の隣りでなんて笑わないで…だって、”

『私はクリフトが、好きなんだもの…』


 その言葉が出てきた瞬間、アリーナは泣いた。ぼろぼろと涙をながし、大声で喘いだ。
 そうか、本当はずっと好きだったのかと納得する心より、悲しかった。
 父の見合い話が嫌だったのも。自分が『所有権』を勝手に主張していたのも。ずっと、クリフトの その優しい目が好きだったのだ。いいや、目だけじゃない。その全てがアリーナにとってやすらぎで、 大切で。…本当は、ずっと好きだったのだ。ただ、その感情があまりに当たり前で。空気のようで、 今までずっと意識しなかっただけだ。

 アリーナは泣いた…この想いは実らない。
(私…振られてる…もの…)
 想いに気がつく前に振られている。想いに気がつくことなく、アリーナの恋は失恋に終っていた。


 さて、ようやくここまで来ました、来ましたよ!しかし、マーニャもミネアもそしてアリーナも 失恋してるんですね、シュチュエーションは違うけれど。

 あと、シンシアの正体(?)がひとつ判明しました。よし、まだまだぼろぼろと謎が出てくる…わけでは ないのですが。
 この話も、ようやく12月に入りました。3月で終わりの予定…なので、もう少し、になりますね。 1月2月3月は、多分一つの話で割り振る予定なので…
 クライマックスに入りました。これから気合を入れていきます!!






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