「とても、良くお似合いですわ。」
 着付けを手伝った召使いが惚れ惚れするほど、アリーナの振袖姿は良く似合っていた。薄い桜色が下になるにつれ、少しずつ 色づいていき、流れる花びらを彩る。締められた茶色の帯とは少々古風ではあるが、紅の匂いを放つようだった。 白粉を塗り、薔薇色の口紅をつけたアリーナ。その顔に少し憂いを含んだ微笑を浮かべれば、 まさに『深窓のお嬢様』という趣だった。
「ねえ、お嬢様、お綺麗ですわね、クリフトさん。相手の方は幸福ですわね。きっとすぐに気に入られますわね。」
「そうですね…とても綺麗です。」
 そう言いながらも、本心はそこになかった。
 今のアリーナはちっとも『綺麗』じゃない。ちっとも似合っていない。むしろそう思った。
 もちろん、外見だけで言えば、それはそれは似合っていたし、とても綺麗で美しいのだと思う。だが、やっぱり 似合っていない。ちっとも『アリーナ』らしくない。
 以前見た、夏祭りの浴衣はあれほどまぶしく、よく似合っていたのに。
 この姿を見て、相手が気に入ったなら、それは、アリーナにとっては…
 そこまで考えて首を振った。
(そんな、旦那様がお選びになった相手に間違いはありません。それに私ごときが口出しするような事ではないです。)
 いつまでも見ていると、不穏な考えになりそうだった。
「アリーナ様、とても良く、似合っています。…きっと今日はとても善い日になりそうですね。」

 胸が張り裂けそうだった。クリフトはとても嬉しそうに見えた。自分が、見合いに行くのを、心から喜んでいるようだった。
(…当たり前、じゃない。…クリフトはきっと、とても、嬉しい、はず…)
 笑わなければ。…でも笑えそうにない。それでも頑張って微笑を作る。それは、仮面のようだった。
「ありがとう…クリフト、そろそろ時間じゃないの?約束は、一時からよね?」
「そうですね…緊張していらっしゃいますか?」
 心配そうに見つめるクリフトの視線が、自分には熱かった。すがり付いてしまいそうになる。…だが、 そんなことをしたらクリフトが困るだけだと判っていた。
「そう、みたい。でも、お父さまもいらっしゃるし、平気よ。…ありがとう…。もう、行ってもいいわよ。 マーニャさんたちが、待っているわ…」
 それは拒絶するような言い方になった。だが、それは事実だった。ここにいて欲しくない。こんな姿を 見られたくないのだから。
「はい、それでは行ってまいります。」
 少し寂しそうに笑ったクリフトをできるだけ見ないようにする。
 …あと一日だけ、仮面がもつように、祈りながら…


「おはようございます。」
 待ち合わせ場所には、シンシアがいた。
 正直、あまりなじみのない人だった。何を話して良いか、少し悩む。
「おはよう、ございます。…あの、今日のことは、ご存知なのですか?」
 結局一番気になっていたことを、聞いた。しかしシンシアはむしろ目を丸くさせた。
「ミネアさんが恋人のプレゼントをお選びになられるんですよね?」
「いや…なんでもないです。」
 どうやら本当に知らないようだと、クリフトは思った。そこで話を切り上げようとした時、シンシアが口を 開いた。
「…クリフトさんは、好きな人のために、命をかけることができますか?」
「え?」
「…なにもかも捨てて、大切な人の幸せを思い遣る事が、できますか?」
 思わずシンシアを見返すと、とても不思議な表情をしていた。
「…どうして、そんなことを聞くんです?」
 そう言うと、シンシアは詫びた。いつもの笑顔に戻った。…だが、その表情の中に、クリフトは少しの自嘲を見て取った。
「…昔、できなかったことがあるんです。とても苦い思い出です。だから、でしょうか。」
 その言葉に、続きがあったように思った。だが、遠くから聞こえた足音に、シンシアは口を閉じた。
「おはようございます!二人とも、早いですね!」
「おはよう・・・と言うよりこんにちはね、ラグ。」
「おはようございます。」
 真昼のようなラグの笑顔を、二人はまぶしそうに見つめていた。


 黒いリムジンが、ホテルの正面玄関に止まる。正装した父と、アリーナが車を降りた。
「いらっしゃいませ。サントハイム様ですね。」
 ホテルマンは父の顔を知っているようだった。もっともアリーナにとってはどうでもよいことだったが。
「ああ、おおとりの間に案内してくれ。」
「はい、かしこまりました。こちらへ…」
 しばし歩いて案内される。まだ、約束の時間に間があるせいか、そこには誰もいなかった。縦に長い少し狭い部屋。 どうやら本来控え室やこんなふうに見合いに使われるためのものだろう。自分の席から見えるのは、相手が座るべき 椅子と、その向こう側にある扉。自分の後ろには、自分が入ってきた扉がある。 どうやらどちらからも出入りができるらしい。よく見れば真ん中で壁が設けられる ようになっている。必要な時には、真ん中で区切り、二つの部屋にできるようになっているのだろう。
 部屋は派手でない程度に雅に飾り付けをされていた。見下ろせば、美しく飾られた庭がよく見える。
 だが、そんなことはどうでも良かった。空は晴れていた。その向こうに、たった一人の想い人がいることだけを、 アリーナは考え続けた。


 全員が無事にそろい、デパートへと向けて足を運んだ。
 女性のウィンドウ・ショッピングの長さは男性はうんざりするものらしいが、ラグもクリフトも、時には 苦笑しながらだが、楽しく付き合った。
 時には意見を言いながら、時には自分の品定めをしながら。1時間弱のショッピングで、各々気に入った 物が見つかったようだった。
「悪かったわね。助かったわ。」
 なぜかネクタイと財布と言う二つのアイテムを買ったマーニャが、むしろにらむように礼を言った。
「いいえ…いいんです。」
「で、クリフト。理事長との約束の方は結局良かったわね?」
「姉さん!!」
 けんか腰につっかかるマーニャを、ミネアは押さえつけた。
「私達の役目は、それじゃないでしょう?」
「そうだけど、我慢できないのよ!あんまりにも酷いじゃない!!」
「たしかにそうかもしれないけど、こればっかりはしょうがないじゃない!」
「そうじゃないわ!もし、まっとうに断れていたなら、アリーナがあんな表情すると思うの?」
「どういうことですか?」
 クリフトが、姉妹の会話を止めた。
「アリーナ様がどうかなされたんですか?…今日のお誘いは、なにか意味があったんですか?」
 緊張感をにじませながら、クリフトは姉妹に詰め寄った。
「…アリーナさんが、僕たちに頼まれたんです。今日、誘ってくださいって。…お見合いについて 来られるのが、どうしても嫌だと。」
「アリーナ様が…」
 ショックを受けたクリフトに、マーニャが詰め寄る。ほとんど掴みかからんばかりだった。
「…あんたは、どう言ってアリーナに断ったの?…全部話してちょうだい。」


 時間が過ぎた。まだ、目の前の席は空だった。
 すでに廃れた会社と、勢力を誇っている会社だ。なめられない為に、自分の優位を示しておく為だろうかと、 アリーナはちらりと考えた。それとも男は遅れてくるのが形式なのだろうか。
 だが、どうでも良かった。ただ、できるだけ早く来て欲しかった。『いやなこと』はとっとと済ませておきたい。
 アリーナは待ちわびた。その相手が来る事を。
 …その想いは、少しだけ『恋する気持ち』に似ていたかもしれない。


「つまりクリフトさんは…本気にしなかったと、そう言うことなんですわね…」
 ミネアの少し呆れた声。そして。
「あんたあんまりじゃない!どういうことよ!」
「でも、実際それで納得されたようですから…」
「あんたの目は節穴なわけ!!!どこが納得してるのよ!!」
 そう怒り狂うマーニャに、クリフトは頑固にもこう言いはる。
「アリーナ様は…すこし意地を張っておられただけです。旦那様の言いなりになるのが嫌だっただけなのです。 …それだけです、本気なはずがありません。アリーナ様のような方が、私ごときを想って下さるはずが ありません。」
「どうしてそんな風にお思いになるんですか?」
 ラグの言葉にも、クリフトは言い切る。
「アリーナさまは、私が…孤児だとご存知です。どこの馬の骨とも知れないものです。そんな者に、 アリーナ様が本気で想って下さるはずがありません。」
「アリーナさんは、そんなことで差別される方ではありませんわ。」
「ええ…そして、それ以上に分別がある方です。ですから、きっとわかっていらっしゃいます。」
 その言葉に、シンシアがまっすぐにクリフトを見つめた。
「…そんなこと、クリフト先輩が決める事じゃないわ。」
「決めるのではなく、判っているんです。」
「なに勝手に決めてるの?ふざけるんじゃないわよ!アリーナが可哀想じゃない!本当に、 どういうつもりなの?…アリーナはあんなに、あんなに、クリフトのことを思ってるのに!!」
 掴みかかろうとするマーニャ。…もう、これ以上言われたくなかった。仕方のない事なのだ。 これが、一番いい事なのだから。
「マーニャさん、以前私に『できる事があるなら全力を尽くす』とおっしゃってくださいました。 …それを守ってくださるなら…どうか、もう、そっとしておいて下さい。」



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