「それじゃ、また来るわね、ロザリー。」
「うん、シンシアちゃん、ラグさん、ありがとう。」
「体に気をつけてくださいね。」
 そういって、病室を出る。ロザリーは始終元気そうで、二人はホッとした。
「元気そうで、良かったわ。」
「ええ、この間はものすごく体調が悪そうでしたし。」
 日曜の病院は意外と静かだった。一般病棟はもっとにぎわっているのだろうが、ここはすれ違う 看護婦くらいで、他の客のすれ違う事はめったになかった。
 自分以外の足音が聞こえた。医者や看護婦はいるのだから、そう珍しい事ではないが、 その足音が妙に早く、ラグはそちらへ顔を向けた。

 美しい銀色だった。長い髪を無造作にまとめ、スーツを着た姿は男のラグでも色気を感じるほど 美しかった。
 顔はこわばり、ただ一直線を目指している。いや、こわばる、というよりは冷静な怒り。その表情を隠すことなく、 早足でこちらに向かっている。
 横を見ると、シンシアが居ない。少し後でその男を凝視しながら止まっている。
「シンシア…?」
 ラグがそう言ったのと同時だろうか、男はラグを追い越し、シンシアの胸倉を掴み、そのまま 壁へ勢いよく押し付けた。

「お前が何故、ここにいる。」
 それは余りにも冷徹な声だった。シンシアは背中を強く打たれたため、呼吸ができず、喘いでいる。
「…殺すと、言ったはずだ。」
「…おみ、まいに、来たの・・・ろざ、リーが心配、で…」
「そのような権利が、お前にあると思っているのか!!」
 男の腕に力がこもる。…男が本気だと言う事は、ラグにも判った。
「止めて下さい!!」
 ラグが男の腕を掴む。ラグの存在に初めて気がついたようにこちらを見る。
「なんだお前は。」
「シンシアの友達です。止めて下さい。」
 思い切り力をいれ、シンシアから男の腕を放そうとするが、男は放そうとしない。ラグをぎろりとにらむ。
「お前は、何故そんなことを言う?この者は、それだけの事をした、人殺しだ。 それともお前は、その罪を知っていてそう言っているのか?」
 『人殺し』その言葉に、ラグは驚いたけれど、うろたえはしなかった。迷いない目で男を見つめた。
「いいえ、知りません。」
「ならば口出しするな。罪が判らない人間に、止められるいわれはない。」
「ですが、貴方が悪いことだけはわかります。」
 あまりにもきっぱりとした言葉に、男はシンシアから手を放した。ラグは シンシアをかばうために、男とシンシアの間に入る。男がにらむその目は逃げ出したくなるほど鋭かった。そして、 それだけの威厳を、この男は持っていた。
「何故そんなことが言える?!何も判らぬ者が!」
「確かに僕は何も知りません。」
 その言葉に、男が怒る。開いている手でラグを払い、壁へと突き飛ばした。
「や、めて…ラグは、ラグは、関係、ないわ…なのに、暴力を、ふるう権利なんて、ない…」
「お前に、一体何がわかる?!ぬくぬくと大切に育てられながら、偉そうな口を利くな…その顔で!!!!」
 かばおうとするシンシアを一喝し、ラグに冷たい視線を向けた。
「知らないのならば、口を出すな。…それでもと言うのなら、お前も同罪だ。」
 だがラグは目を見てきっぱりと言い切る。
「ここは病院です。病院で人に怪我をさせるような人間が、正しいとは僕は思いません。」

 一瞬の沈黙。そして、男は笑った。それはすがすがしいようでいて、邪悪だった。
「確かにお前の言うとおりだ。」
 それだけを言うと、男はきびすを返す。
「ロザリーさんに逢ってはいかないのですか?ピサロさん。」
 ラグの言葉に驚いてこちらを向く。
「名乗った覚えはないが…この女が言ったのか。」
「いいえ…僕は覚えていますから、昔、剣を教えてくれた人を。 …そして、思い出しましたから。夏は、良い試合でした。」
 面越しに見えなかった顔。だが、名前は覚えていた…お互いに。
「ああ、お前か…そうか、ラグリュートと言うのだな、お前は。」
 それだけ言うと、ピサロは病院から出て行った。


 心配そうに、覗き込むラグの顔が、申し訳なかった。
「ごめんなさい…」
 おもいっきり打ち付けた背中と頭の痛みも、今は気にならなかった。
 ただ、迷惑をかけてしまったことが申し訳なかった。
「大丈夫、シンシア?怪我はない?」
 シンシアは、声なく頷き、立ち上がった。まだくらくらするけれど、そんなことは構っていられなかった。先ほどの ピサロの怒声は病院に響いた。今野次馬が来ていないのが奇跡的なのだ。ラグもそれを心得ていて、 シンシアの手を引いた。
「とりあえず、出ようか。」
 シンシアは頷いた。そして、手を引かれるままに歩く。
 …この手に導かれるのは、今が最後だと寂しく思いながら。


 とても、いい天気だった。空は晴れていて…哀しくなった。
 シンシアは、そっとラグの手を外した。
「シンシア?」
「ありがとう…でも、もういいから…」
「シンシア…?」
「側にいてくれて。嬉しかった。でも、もういいから…」
 うつむいたシンシアの目から涙が溢れる。
 身を切られるような想いだった。側にいたいと、強く思う。けれど、自分にはそれが許されないとシンシアは思う。
「迷惑かけて、ごめんなさい。でも、もう…。」
「シンシアは、僕がいたら、迷惑?」
 シンシアは首を振る。
「ラグに、迷惑が、かかるのが、嫌なの。ピサロさんが言ってることは、事実だもの…」
「シンシアはそんなことしないよ。したとしてもちゃんと事情があったんでしょう?僕、そう信じてるから。」
「実際には、確かに死んでないわ。けれど、やった事は変わらない…ロザリーが苦しんでいるのは、私のせいなの… だから、私は人殺しなの。」
 きっぱりと、言った。その冷たい口調は、ラグの言葉を切り捨てるようだった。
「もう、いいから。関わらないで。」
 これ以上関わられたら、きっと辛くなるだけだ。
 守ってもらえて嬉しかったことが、あまりにも辛かった。けれど、そのことで痛い思いをさせてしまったことが、 余りにも辛かった。
 シンシアは、ラグに向かって笑った。心からの笑顔。
「そうして欲しいの。私が。だから、もうほっといて…ラグは関係ないんだから。」
 そして、ホッとしていた。
 ずっと怖かった。いつか、この事が知られてこの人に嫌われるだろうと、ずっと思っていた。
 だから、ささやかな幸せがいつかつぶれていく…そう考える恐怖をもう味わわなくていいのだと、そう思うと、 心から嬉しいのだと、思えた。




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