「君を守りたいと思っては、いけない?」
 それは、余りにも優しい声で。そして余りにも真摯で。
「ラグ…」
「僕は関係ないかもしれない。でも、でも、僕はシンシアを守りたいと思う。だから 関係ないなんて、言わないで欲しい。」
 人の傷に関わるのは嫌だった。人を傷つける事は辛いから。助けられる事があれば、そう請われたら答えればいいと 思っていた。
 けれど、けれど、シンシアだけは別だった。分け合って欲しい。隠さないで欲しい。そう願ってしまう。
「…僕は、シンシアが好きだから。」
 それは、特別だから。一番大切にしたい、女の子だから。
「だから…お願いだから…」


 シンシアは、こちらを見ずにそう言った。
「ラグの所に行かなくなったのは、ロザリーが倒れたからなの。」
「…シンシア?」
 シンシアはひたすら地面を見つめたまま、淡々と語る。
「ロザリーは、心臓の筋肉が少しずつ固まっていく病気だった。…それは、薬で抑えられるけど、完治させるためには 移植手術するしかない病気で・・・…おじい様はロザリーがあまり好きじゃなかったみたいで。だから私とピサロさんが 毎日おじい様を説得して…それに見かねて、おじい様は外国の病院とかに手を回して、優先的に移植できるように 取り計らってくれた。…それでも1年待ったの。」
 邂逅のように、懺悔のようにシンシアは関を切ったように口を滑らせる。
「そして、ようやく。ようやく順番がまわってくるそんなときに…今度は私が倒れたの。…同じ、病気だった。 発作が起こって、苦しくて、胸が痛くて…ずっとずっとそんなことが続いて…」
 なぜか、シンシアは痛々しかった。どこかとても、壊れてしまいそうなそんな気がした。
「おじいさまは慌てたわ。…私かピサロさんに財産を継がそうって考えてたから。」
「どうして…シンシアとピサロさんが?」
 シンシアが、実際に財産を継いだことは知っていた。だが、なぜシンシアで、なぜピサロなのだろう?
「私は簡単、お母さんが長女で、おじい様の決めた相手とお見合いして、お婿に貰ったから。お父さんはとても 優秀な実業家だったって。私がって言うのはただ単に相続税の問題なの。孫に渡せば一代分浮かせられるでしょう? ピサロさんは私達の…おじいさまの血族の中で、一番近い血筋の男の子だった。ピサロさんも優秀だったし、 ピサロさんのお父さんもお母さんもそれを望んでいたみたい。」
「…ロザリーさんのお母さんとシンシアのお母さんは双子だったんじゃないの?なのに…好きじゃなかったって…どうして?」
「叔母さんは駆け落ちして、家を出たの。叔母さんが、20歳の時だった。でも、それから5年後、叔父さん… ロザリーのお父さん、事故で死んじゃった。でも叔母さん、お嬢様だったから、一人で生活なんてできなくて帰ってきたの。 だからおじい様も…その財産を継ぎたがってた人たちも苦々しく思ってたみたい。逃げたのに戻ってくるなんてって。 …でも私、嬉しかった。お母さんと叔母さんは双子だから、私達姉妹みたいなものよねって、いつも言ってた。」
 声のトーンが変わる。シンシアは自らの胸に手を当てる。
「けど、私、ロザリーを見捨てた。…この心臓はね、本当はロザリーの心臓になるはずだった心臓なの。 私が今、元気なのは、ロザリーを蹴落として、この心臓を手に入れたからなのよ。」


 意外なほど堂々と、シンシアはラグを見ていた。
「私が倒れて、おじい様は今までのロザリーのことがなかったかのように、色々してくれた。そして、用意されていた ロザリーの順番を捻じ曲げて、私にその権利をくれた。…そう医者に叫んでるのを、私、横で聞いてた。」
 ふと、シンシアの足元を見る。小刻みに、足が震えていた。
「やめてって、言えばよかった。ロザリーずっと楽しみにしてた。心臓を気にせずに走る事。そしたら皆でピクニックしようねって、 言ってた。…けど言えなかった。…心臓は苦しくて。私、どんどんひどくなって、学校にも行けなくなってて、こんな苦しいの、 もう嫌で。『おじい様やめて』ってその一言が、どうしても言えなくって…」
「でも、それは。」
 仕方のない事だと、思った。ラグが言いたい事が伝わったのだろうか、シンシアは悪女の笑みを見せる。
「今ならね、もしかしたらロザリーの体調が悪くて、手術ができる状態じゃなかったんじゃないかとか、 適合の問題とか…私がこの心臓を貰ったのはおじい様とは全く関係がなかったんじゃないかって、思う。 …けど、やめてって言えなかった時点で、やっぱり私はロザリーを見捨てたことには変わらない。だって、 ロザリーはもっともっと苦しかったんだもの。」
 それは、罪なのだろうか。本当に懺悔しなければいけない罪なのだろうか。ただ、シンシアがそのことでずっと 心を痛めていたことで、帳消しにはならないのだろうか。
「ピサロさんは、怒ってた。ずっとロザリーのこと守ってて、ずっと…好きだったみたいだから。 心臓のことをどこからか知って…『お前がそう頼んだのか』って、詰め寄ってきて… 私、違うって言えなかった。ただ横で見てただけだったけど、違うなんて言えなかった。 おじい様が死んで、私が結局財産を受け継いで…私は経営なんてわからないけど、お父さんにお願いした。 ロザリーをいつか手術できるようにさせてあげてって。…そのあと、ロザリーはもう、病院から出られなくなっちゃった。 薬がだんだん効かなくなって。私はお父さんにお願いしてお金をあげることしかできなくって…」
 シンシアの目に、もう涙はなかった。ただ、笑って話し続けていた。ラグに話しているというより、 ただの独言に近かった。

「一度お見舞いに言ったら…ピサロさんが居て、思い切り殴られて。…もう顔を出すなって…次に出会ったら 殺す、殺してその心臓をロザリーに渡すって、そう言われて…それを言い訳にしてお見舞いに行くことをやめてた。 でも、例外が、あの夏祭りだった。毎年あの花火を一緒に見ようねって約束してて…」
 言葉がとまる。はりついた悪女の笑みが自傷の笑みに変わった。
「あはは、私何言ってるんだろう…」
「シンシア?」
「ほんと、何言ってるんだろうね。こんなことラグに言っても仕方ないのに。…この心臓を引きずりだせるわけじゃ、 ないのに。…ほんとに…」
「シンシア…泣かないで…」
 泣くかと、思った。だが、シンシアは泣いてなくて。
「くだらないよね。本当にくだらない、子供のたわごと。…でも、ずっと、私…後悔してた。 本当は、ずっと…」
 シンシアは空を見上げた。
「ほんとは、仲良くして欲しいの。…あの夏に帰れればいいのに。」
 それだけ言うと、シンシアはくるりと後を向いた。一気に駆け出す。
 遠ざかるシンシアの背中を、ラグは眺める。
 自分を守りたいシンシア。ロザリーを守りたかったピサロ。そして…その狭間にいたロザリー。
 多分、誰が悪いと言うわけじゃない…ちょっとずれあってしまっただけ。


 ラグは大きく息を吐いた。
「よし!」
 なら、ずれている所を戻してやれ。そう決意して、ラグは立ち上がった。


 そんなわけで裏事情暴露編でした。こういうと結構しょうもない事なんですけど、子供ってそういうものかな…と。
 ちなみに病気は「拡張性心筋症」のつもりです。うちの父がそうなので…でもぴんぴんしてますけど(笑)細かい所は 違うと思いますが、イメージと言う事でお願いします。

 さて、次回はラグ対ピサロ対決編です。はたしてどういう結果になるか?どうぞお楽しみに。



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