「…ロザリーは、あやつに何かされなかったか?」
ロザリーは首を振る。
「いえ…」
(ラグさん、良い方ですから・・・ )
毎日毎日ここへ来て、少しずつ事情を説明してくれた。迷惑かもしれないが、いさせて欲しいと頼む姿はとても真摯で 、シンシアを想う気持ちがあった。
ロザリーの喉に言葉がはりつく。言えなかった。言うと嫌われてしまいそうで。
本当はずっと側にいて欲しかったのに、毎日来て欲しい、ずっとそう思っていたけれど…。
母は私をいとましがっていた。もし貴方がいなければ、今度は祖父に生活できるような相手を 見繕ってもらえたのにと。
祖父は自分をいないものとして扱った。駆け落ちして、どこの馬の骨ともわからない父の子供など、存在を認めない と言われていた。
自分にそっくりな女の子が代わりに皆にちやほやされていて、『私』という存在はその子がいれば必要のない者だった。
・・・それを助けてくれたのは、まるで王子のような、ピサロだった。
側にいてくれた。誰にも見つけられない窓の外で、ぼんやりと星を眺めたいた自分に「私もここは嫌いだ」と ぶっきらぼうに言って、側に座ってくれた。
やがて、シンシアとも友達になって、皆で楽しい一時が過ごせるようになっても。
ピサロは、ロザリーにとって存在を認めてくれた、たった一人の人だった。
…その人に見捨てられたら、私は消えてしまう。…だから、言えなかった。自分の意見なんて、主張なんて、一言だって 言えなかった。
その沈黙を、不安と思ったのか、ピサロは安心させるように笑う。
「なんの心配もいらない。私はあやつよりも強い。大丈夫だ、ロザリー。」
「…はい、ピサロ様。」
…母はすごいと思う。自分の父に逆らう勇気をもてたのだから。自分にはもてない。ただここで笑っていることしか、 できない。
勇気がないのを、争いを起こさない平和さと摩り替えていた。
それを情けないと、哀しく思う。
ラグは、まぶしくて、勇気があって、まっすぐで。
…あの楽しかった森を、夏を思い出す。
明日の喧嘩できっともう、あの夏には帰れないのだ。…それが、哀しかった。
できる事なら、もう一度…
「具合はどうだ?」
「ええ、最近は大分。ご心配おかけして申し訳ありません。」
「いや、ならいい。これからゆっくりと暖かくなるだろう。あとしばしのしんぼうだ。」
「はい、ありがとうございます。」
失われていく遠い時が、窓の向こうでぴしゃりと跳ねた。
その日は、とてもいい天気だった。ロザリーはため息をつく。
そんなこと、知っていた。天気予報を何度も調べて、そのたびにため息をついたのだから。
自分は、何もできない。何もする力がない。この病院に閉じ込められて、この四角い部屋の中で、 白にうずもれてただ佇んでいなければいけない。
自分には、それしかできないのだから・・・
(でも、それは。)
誰にも影響を与えない。誰に対しても、何も与えない。ただ、佇んでいるだけ。
(それは、存在しないのと、同じ。)
怖がって、言い訳をして、失うのを恐れて…結局何もしないのなら、それは、いないのと同じだ。
わがままを言うのは良くないけれど。それでも。
判っていたつもりで、わかっていなかった。知っているつもりで、見過ごしていたもの。
それじゃ、死んでいるのと同じじゃ。
よどんだ部屋。よどんだ空気。
「風を、入れなきゃ…」
ベッドから降りて、窓を開ける。
心地よい、涼しい空気。暖かさが室内に差し込む。
ゆっくりと循環する、新しい風。
(動かなきゃ…動き、出さなきゃ…)
自分は、こんな当たり前のことが新鮮に思うほど、心が病んでいたのだ。
小鳥が卵の殻を破るように。
居心地のいい羊水から出なければならないように。
存在するために。生きる、ために。
陽が、草を照らしていた。緑に萌える。
広い公園には、不思議と誰もいなかった。まるで定められていたかのように、そこには広い空間があった。
そして、そこには二人。
緑に溶け込むように立っている少年と、
圧倒的な存在感で立つ、青年がいた。
ピサロは動きやすい服。その手には、竹刀があった。
そして、ラグの手には、鍔が翼を模した、木刀が握られていた。
「…見覚えがあるな。」
「ええ。あれからまた随分作り直しましたけど。…これは、祖父と作った、最後のものです。」
大切そうに、よく作られた木刀を眺めるラグ。そして、思い出を振り切りピサロに目を向ける。
判っていた。今日、この木刀は折れてしまうかもしれない。ならば竹刀にすればいいのだろうが、これでなければいけないのだ。
「僕、忘れませんでした。貴方のこと。剣を正しく振るう事を教えてくれて…とても楽しかった。この剣を… 振ることを教えてくれた。」
さやさやと、草が揺れる。ここは、どこか懐かしい場所に似ていた。
「ある意味…貴方は、僕の師匠なんだと思う…」
「…その私に、それを向けるのか?」
そう言うピサロにはまさに王者の威圧があった。
それでも、ラグはピサロに木刀を向ける。
「だから、こそ!!!僕は、貴方を越えて見せるよ…今、ここで!!!!」
「私に勝てると思っているのか?」
ピサロが中段の構えを取る。間合いはまだ遠間。二人は剣道着を付けていないから、おそらく一度でも 打たれれば痣に…いや、骨が折れてしまう事すらあるだろう。
それでも二人とも恐れない。
「勝てないかもしれません…でも僕はけっして負けません。負けれなければ、僕は貴方を越えられますから。」
そして、開始の合図も、掛け声もなく二人の喧嘩は始まった。
いつも見慣れた病院が、今日はやけに新鮮に見えた。悪いことをしているわけではない。けれど、 心臓がどきどきした。発作の痛みはまだない。
テレホンカードを持ち、公衆電話の前に立つ。少しの迷い…そしてカードを入れ、今まで一度も押した事の ない番号を、メモを見ながら押す。
コール音が遠く聞こえる。気を失いそうになった。それでも、自分にできることは。
「もしもし、グリーンです。」
知っている声だった。ホッと息を吐く。
「シンシアちゃん…ロザリーです。」
「ロザリー?!」
驚く声がする。当たり前だろう。電話なんかしたのは、もう3年以上前だ。
「どうしたの?」
「あの、あのね…」
(ピサロ様と、ラグさんが…)
そう言おうとして、首を振る。それでは今までと何も変わらない。本当に卵の殻を破る為には、自分にできることが あるのならそれをなさなければならないのだから。
「お願い!わたしの…ううん、シンシアちゃんの服でいい…外に出れる服を、持って来て!」
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