僧侶、サーシャ=ファインズ。16歳。アリアハンの神父の娘でトゥールの幼馴染であり、 勇者となり旅立ちたいといった時に共に戦う事を望んでくれた二人の内一人だった。
「あ、その冠…そっか、泣き虫トゥールでも、勇者の資格が得られたのね…おめでとう。 あの弱虫トゥールが勇者か…オルテガおじ様、お聞きになったらさぞ、お喜びになるでしょうね…」
「うん。きっとそう思う。でも、サーシャ、僕もう何年も泣いてないんだし、そろそろそれ、やめて欲しいんだけど…」
 トゥールの言葉に、サーシャはにっこり笑う。
「トゥールがオルテガ様に負けないくらい、立派な勇者になれたらね!今はまだまだ勇者見習いって感じだもの。まぁ、 そのために私たちがいるんだけど。さぁ、リュシアを迎えに酒場に行きましょう。」
 そう言って歩き出したサーシャの後ろを、トゥールは少しだけため息をついて、そして笑って追いかけた。


 ルイーダの酒場。アリアハンの入り口近くにある、もっとも大きな酒場だった。この時間、いつもは閉まっているのだが、 今日は勇者の旅立ちを祝って特別に開放されていた。
 アリアハンは閉鎖された国。個人所有の船やルーラ以外でここに来るには、一ヶ月に一度の往路定期便を乗ってやってくる必要があり、 そして半月後の復路定期便によって出て行くしかない。ちょうど往路定期便が来たばかりなのだろう、トゥールたちが 扉を開けると、見知らぬ旅人がたくさん酒場で酒を飲み交わしていた。
「お酒臭いわね…」
「うーん、リュシアはいないみたいだ。ルイーダさんに聞いてみよう。」
 カウンターの方へと足を運ぶ。そこにいるワインレッドの髪をした妖艶な美女は、見慣れぬ銀髪の青年と会話していた。
「ほんとだぜ?そのワインレッドの髪は、どんな酒より俺を酔わせてくれる。」
「あら、本当にお上手ね。」
 軽く笑う美女に、銀の青年はなお身を乗り出して言い募る。
「お世辞じゃない。ルイーダと酒を飲み交わす事ができるなんて、俺は本当に幸せだ。」
 そう言われたルイーダが顔をあげて、こちらを見た。
「あ、トゥール君にサーシャちゃん。来てたのね。リュシア、もう準備ができてるわ。呼んで来るわね。」
 銀髪の青年に手を振って、ルイーダは二階へと上がって行った。

「なんだよ、てめぇら、邪魔しやがって、もうちょっとで…」
 振り向いた銀髪の青年の動きが止まった。
「あ、僕たちちょっと…」
 言い訳をしようとしたトゥールを無視して、青年は立ち上がる。
 年はトゥールより2つ上くらいだろうか。輝くばかりの銀の髪。肌の色はまるで一度も日に当たった事のないと思えるほど白い。 アーモンドブラウンな目が鋭く光る。エキゾチックな顔立ちがこの人間が外から来た者だと告げていた。
「…綺麗な色の髪だな。ルイーダのワインレッド色の綺麗だと思ったけど、あんたには負ける。 まるで、深く澄んだ空と海の色だ。あんたほど完璧な美少女は、生まれてこのかた初めて見た。」
 そう言いながら、青年はサーシャの髪に人差し指を絡める。
「俺はセイ。一応盗賊やってるぜ。この間ここに来たんだ。名前は?」
「サーシャよ。悪いけれど、髪を離して下さるかしら?」
 言われたセイはしぶしぶ髪から手を離しながら、なおかつ口説く。
「無粋な格好してるな。まぁ、禁欲的な僧服も嫌いじゃないが、サーシャに 似合う服、俺が見繕ってやるぜ。一緒に買い物でも行かないか?」
 サーシャはにっこりと笑う。こういうことには慣れきっていた。
「駄目。先約があるもの。それに私は僧侶だからそうそう簡単に男性とデートなんてできないわ。」
「そうだったか?こっちの教義はそういうことにはかなり寛大だって聞いたぜ?」
「私がそう決めているだけよ。仮にも神にこの身を捧げた立場ですもの。それに先約があるって言ったでしょう? ね、トゥール」
「うん、悪いけど、サーシャは僕と旅立つ約束だから。」
 トゥールが素直にそう頷くと、セイはトゥールを観察した。
「お前ってあれだろ?勇者の息子で世界を平和にするために旅立つとか…」
「うん。」
 トゥールがそう言うと、セイはわざとらしくため息をついた。
「…馬鹿だ。これだから黒髪の人間って言うのは信用できねーよ。」
「髪の色は関係ないと思うけど。」
「いーや、オレの長い経験、黒髪の人間は馬鹿ばっかりだね。」
 セイがそう言いきった時だった。後ろから足音がした。三人は振り向いた。


 そこにいたのは少し幼い感じのする少女だった。
 肩までのつややかな黒髪に、黒曜石のような黒い大きな目。魔法使いの旅装束が少し大きいのが 可憐な感じを引き出している。うつむきがちの視線がおとなしい感じをかもし出す。
「…ごめんなさい。」
「いいよ、そんなに待ってないから。準備はできた?リュシア?」
 トゥールの言葉に、リュシアはこくんとちいさく頷く。そこに声が割り込んだ。
「なんだ?この大ガラスの行水後みたいな髪のやつは。」
 少し呆れたようなセイの声に、リュシアの体がびくっと怯える。セイのきつい視線をさえぎるように、トゥールは 二人の間に割り込んだ。
「僕の仲間のリュシア=アルクィンで、ルイーダさんの娘さんだ。」
 その言葉に、一瞬リュシアを見て、がっくりと肩を落とすセイ。
「こいつがルイーダの子って…なんだよ、ルイーダってこんなでっかいやつの子持ちなのかよ。 …人のもんには手を出す気になれねーな。まぁ、いいか、俺にはサーシャがいるし。」
「…別に貴方の物じゃないわよ、私。…リュシア、ルイーダさんは?」
「待っててって。」
 セイから少し遠ざかりながら、リュシアはそうつぶやく。それはいつもの事なので、サーシャも頷いた。

 セイが横にある椅子にどかっと腰を下ろす。
「あー、つまんねーの。ルイーダは人妻だし、サーシャは旅に出るって言うし。良い女がいない町に半月もいろっていうのかよー。 サーシャ、お前ここに残らねー?その甲斐性なしより幸せにするぜ?」
「お生憎様。私はやりたい事があるからトゥールと一緒に旅に出るのよ。泣き虫トゥールの甲斐性を期待してるわけじゃないわ。」
 リュシアはサーシャの服の裾を少しだけ引っ張る。
「トゥール、立派。大丈夫なの。あとね、あのね。」
 少し怯えながら、セイの方を見てつぶやいた。
「リュシア、ママの子じゃないから。ママ、人妻じゃないから…」
 セイは少しだけ目を丸くしたが、あっさりとそう言った。
「そうなのか。でも関係ないだろ?人の親を口説く気にはならねーよ。」
 そのとたん、大きな音を立てて扉が開かれた。そこにいたのは、いかにも金持ちの子供という感じの少年だった。
「サーシャ!探したぜ、こんなところにいるなんて!さぁ、行こう!馬車が待ってる!」
 そう言うと、少年は有無言わさずサーシャの腕をつかんで酒場の外に引きずって行った。
「サーシャ!!ギーツ!待て!!」
 トゥールがそう叫んで、店の外へと走る。リュシアも追いかけた。


 店の外に出たサーシャを待ちうけていたのは、豪奢に飾り付けられた5台の馬車だった。
「サーシャが旅に出るって聞いた!オレは反対だけどサーシャの願いなら仕方がない!どこまでも付き合うぜ! 二人っきりの旅って言うのも悪くない。愛するサーシャに不自由な思いはさせないぜ!!」
「離して、ギーツ。」
 サーシャは強引につかまれた腕を引き離す。

 この少年はギーツ=マクベス。幼馴染で子供の頃からサーシャは自分の物だと信じて疑わない。親が成功した 商人であり、父親だけで育てられたせいか、典型的なわがままなどら息子そのままの性格をしている。
「ずっと言ってるでしょう?私はトゥールと世界を救う旅に出るの。ギーツにその覚悟があるの?」
「オレだってずっと言ってる。サーシャにそんなことは似合わないぜ。サーシャはオレのお嫁さんになる人なんだから。それが 一番幸せなんだ!」
「それも、その気がないって何度も言ってるわ。私の意思を無視しないで。私には夢があるんだから。それに 旅に出るって言っても、ギーツはまだ15でしょう?旅立ちの許可がおりないはずよ?」
 サーシャの言葉に、ギーツは少しひるんだ。だが、ちょうど出てきたリュシアを見ながら言い返す。
「じゃあ、リュシアは俺より年下なはずだ。なんでいいんだよ?ああ、そうだよな、リュシアはひろわれっ子だからいくつか 分からないもんな、本当は50の化け物の可能性だってあるもんな!」
 リュシアは生まれたその日に何者かによって、ルイーダの酒場に捨てられていた子供だと言われている。それは15年前。 捨てた親はわからないが、16になっている事はないだろう。
 だが、王は勇者となるトゥールの願いを聞きいれて、リュシアの本当の年が分からない事を逆手に、旅立ちの許可を出したのだ。
 ぽろぽろと泣き出したリュシアをかばうように、トゥールは言った。
「いい加減にしろ、ギーツ。」


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