終わらないお伽話を
 〜 お伽話の意味 〜



”「この衣装は貴方が織ったのではありませんね。私の本当の花嫁はどこですか?」
 王子がそう言うと、姉は悔しそうに妹だと答えました。王子は妹の前に行きました。
「あの衣装は貴方が織ったものですか?」
 妹は答えました。
「はい、王子様。私が織りました。」
 王子は同じように聞きます。
「それはどうやって織ったものですか?」
「家にあった織り機を使いました。」
 そして王子は三度目に聞きました。
「その織り機はどこで手に入れたのですか?」
「家の裏手の木のうろの中に入っていた実でできた木から作りました。」
 その言葉に、王子は大変喜びました。
「聖なる織り機を扱い、泉の水を織り上げる事ができる貴方こそ私の花嫁です。 さぁ、私の城へと参りましょう。」

 そうして妹は城に行き、王子の花嫁となりました。そうして妹は王子の妻として 幸せに暮らしましたとさ。”



 船はゆっくりと南へと向かっていた。セイの昔の知りあいである神父の情報で、勇者に関する神殿があるというランシールに 向かっているのだった。

「よーぅ、何してんだよ、こんなところで。」
 セイはサーシャが一人でいるのを見計らって、見張り台へとあがってきた。
「トゥールとリュシアに気を利かせてるのよ。セイも来たならちょうど良いかもね。」
 サーシャが食堂でお茶を飲んでいたら、トゥールとリュシアもやってきて、一緒にお茶を始めたのだった。今頃は 二人で楽しくやっているのだろう。
「おお、確かにちょうど良いかもな。俺達もな。ここならサーシャも逃げられないしな。」
 セイはにやりと笑うが、もう本気でないことがわかっているため、サーシャは苦笑だけを返す。
「…ところで何か用かしら?」
「ああ、ほら言ってたろ。『生け贄』の事だ。」
 セイの顔が真顔になる。
「あれはもしかして…、『勇者』のことか?」
”僕が勇者の運命を受け入れた時から、そんなこと覚悟していた。僕はお前の為に苦しんだ人たち全ての 苦痛を引き受け、浄化するための者だ。”
 トゥールのあの言葉は、まさしく生け贄となる女たちと同じ心だった。
「…そうよ。いえ、誰も認めはしないでしょうけれど…私は、そう、思うの。」
 サーシャは手を組んで、うつむいた。
「でも…儀式は自由じゃないのか?」
 セイの言葉に、サーシャは重々しく答える。
「ええ、建前は自由よ。でも、周りの子供たちが皆儀式を受けるのに、一人だけ受けないなんてできないわ。 勇者になるのは名誉なことなんだし…。アリアハンがどうして鎖国してたと思う?…きっと、勇者の 素質がある子供を大陸から逃さないためなのよ。」
 故郷の罪を懺悔するように、サーシャは吐き出した。


 しばらく無言だった二人だが、サーシャは海を見ながらつぶやくようにセイに尋ねた。
「…セイは、『聖なる織り機』ってお伽話知っている?」
「『聖なる織り機?』…いや、ジパングにはなかったな。」
「そうなの。…二人の姉妹がいてね。一人は綺麗な子でもう一人はもらわれっこなの。」
 語りだしたそのストーリーに聞き覚えがあった。
「そういや、以前トゥールがリュシアに話してるのを、聞いた事があったな。」
「そう。…この話、リュシアのお気に入りでね。…リュシアは多分、主人公の子に感情移入しているんだと 思うの。生まれもわからないもらわれっこが、王子様のお嫁さんになるお話…。」
 そう言われて見れば、確かにリュシアと共通点があるだろうかと、セイは思う。
「小さい頃、もしリュシアがこの主人公なら、私は多分いじわるな姉かなって思った事があったの。いじめたことは なかったけれど、なんとなくそう考えたのよ。」
「それがどうしたんだ?」
 話の前後につながりを感じる事ができず、セイは先を促した。
「そうするとね…姉の気持ちがわからないのよ。妹をいじめるのはいいわ。…でも、どうしてわざわざ妹の 衣装を取って自分が花嫁になろうとしたのかしらって。見たこともない王子様の…。どうして 両親みたいに、妹が花嫁になれば自分もお金持ちになれるって喜ばなかったのかしらって。」
「そりゃ王妃さんになりたかったんじゃねぇの?」
 セイの言葉に、サーシャは首を振る。
「そうかもしれない。でもね、私はこう考えたの。妹が王妃になるのを防ぎたかったんじゃないかって。」
「いじわるだからか?」
「…いいえ、王妃になる苦労を、妹にさせたくなかったんじゃないかって、姉は そう思ったんだと思うの。」

 サーシャのどこまでも善意溢れた言葉に、セイは突っ込みをいれる。
「設定が違うだろ。姉はいじわるなんだろ?」
「そうだけれど。でも、たくさん色々織ってお金を稼いでくれた妹を、姉が今までのいじわるを悔いて 恩返しがしたかったとか…。無理難題を言う王子の嫁になんてさせたくなかったんじゃないかって…。 泉の水なんて衣装にできっこないんだもの。それができなければ勤まらない 王妃なんて…きっとどれだけ辛いと思う?」
「まぁ、そうかもしれねーがよ。」
「私ね、小さい頃、お城の学者にこのことを言ってみたの。そしたら、学者はこう言ったわ。『昔は 生け贄の事を、神の花嫁とも言ったそうです。御伽噺の 中には残虐な出来事を優しく伝えるために別の事例に例えていることがあります。もしかしたらこの お話も、災害を防ぐために生け贄になって泉に身を投げた出来事だと解釈できるかもしれませんね』って。」
 それはまさしくつい先ほど、セイの故郷で起こった出来事に良く似ていた。
「姉は、きっと代わってあげたかったの。妹が生け贄になるのを自分が代わってあげたかった。…でも 気がつかれてしまった。…哀しいなって思ったのよ。だって、生け贄になれば残った誰かは泣くのよ。 けれど、生け贄がいなければ…世界は滅びて…。」
「けど、よ。オルデガは大人になって、自分の意思で勇者になろうとしたんだろ?」
 セイが苦しげに出した言葉に、サーシャは目を丸くした。


 息が詰まるようだと、サーシャは思う。セイの言葉が自分の耳に入ると、それが棘のように刺さった。
「そう、ね、オルデガ様は…。」
 目線をそらすサーシャを押さえ込むように、柱に両手をつくセイ。
「なぁ、サーシャ。お前は何を考えているんだ?賢者になったことも、生け贄のことも。…お前はトゥールを どう思ってるんだよ?!お前の言い方だと、トゥールの事を理解したいと思っているように見えるぞ?」
「…そう、よ。決まっているじゃない。仲間で幼馴染だもの。あのわけわからないトゥールを、理解したいと思ったら おかしいかしら?」
 開き直ったようにサーシャは胸を張ってそう言った。少しだけ腹立たしくて、声を荒らげる。
「じゃあ、なんでお前はトゥールを…認めないんだ。何を考えているんだ。」
「…ごめんなさい、セイ。よく分からないの。言葉に…できないの。いつか、ちゃんと貴方にも、トゥールにも ちゃんと話すから…。もう少し待って。…お願い…。」
 サーシャは顔に深い陰影を落とした。



前へ 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送