『人が死ぬのは、心臓の鼓動が止まり、天に召された時じゃないんだよ。』 『人が死ぬ時は、人々の心から、その人が忘れられた時なんだ。』 ランシールの宿の自分の部屋。サーシャは床に座り、ベッドにもたれかかりながら、首だけをベッドに 横たえた。 背中がずきずきと痛む。聖痕の傷は聖句を書かれた時点でそれ以上広がらなくなっていた。なんと 書かれているのかは、鏡文字では読み取れずサーシャは読む事を諦めた。 背中がずきずき痛むのは、トゥールのことを考えた時。トゥールと、勇者の事を考えた時。 (これは…何かの罰なのかしら。) ある地域の風習では「生まれ変わり」という言葉があるらしい。それによると、『前世』の罪を 背負って生まれ、その罪を償わなければならないという。 生まれつきのことだから傷の痛みにはすっかり慣れているけれど。…慣れたからといって平気なわけではなくて。 いつまでも癒されない傷。それに生ずる痛み。 例え聖なる証と言われても、その痛みは常にサーシャを蝕んでいた。 (トゥールが聖痕を見て、あれだけ驚いていたって事は、トゥールの背中にはないのよね…。『あれ』と 同じものかもしれないと思っていたけれど…関係ないのかしら…。) 『あれ』も、おそらくは生まれつきの物。これはいくら説明しても、上手く説明できなくて、やがて二人だけの 秘密になってしまったもの。 (…違う、考えなくてはいけないのは、その事じゃない。) サーシャは甘えていた。優しいトゥールに。優しいリュシアに。二人が何も言わない事を良い事に、ずっとその 好意に甘えていた。自分の言葉はトゥールのみならず、トゥールを慕うリュシアの心にも闇を刺していた事を 気づいていたのに。 (セイが私を怪しんで、責めるのも当然よね…。もしかしたらリュシアも、私を疑って…嫌っているのかしら…。) 心が痛む。二人とも大事な人だった。偶然出会い、仲間になって助けてくれているセイと、 幼い頃から一緒で、側にいて助け合ってきたリュシア。 それでも…言ってきた言葉に嘘はない。あれは言わなければならない言葉なのだ。その心が 相手に届かなくても。 そこまで考えて、サーシャは首を振る。それは、欺瞞だと。 相手のための言葉。その美しい言葉の裏に、自分のための言葉がある。 出てくる言葉は同じなのに、その裏に矛盾した二つの気持ちがあることを、認めなければならないと思った。 …逃げてはいけない。もうごまかしてはいられない。二つの矛盾する心を整理して。 ――――――覚悟を決めなければいけない。 サーシャは床に落ちたスカートのすそを、ぎゅっと握り締めた。 ランシールの山の奥。林に隠れるようにその神殿はそびえたっていた。 夕焼けの赤に染まる巨大白い神殿は、燃えるように緑に赤く染まる夕日を反射して、絵のように美しく。 「…綺麗。」 そこに佇むサーシャは、まるでその神殿の女神のようにその風景にはまっていた。 「そうね。本当に。ここは本当にルビス様に愛されているんだわ。」 リュシアは違う、と言おうとして口をつぐんだ。そうやって微笑むサーシャは本当に見とれるほどに美しくて… 悲しくなったから。 「…なんかかたっくるしそうだよなぁ、俺も入るのか?」 「意外と教会って気さくだと思うけど。お城よりはましじゃないかな?」 「そうでもないぜ。…こういう格式ある教会は規則規則でがんじがらめになってるようなもんなんだ。」 ため息をつくセイを、トゥールは肩を叩いてなだめる。そのまま入り口へと歩いていく三人を、リュシアは 他人のようにぼんやりと眺めていた。 「…リュシア?大丈夫?なんだか…最近ちょっと変よ?旅の疲れが出た?」 「ううん、平気。見とれてたの。綺麗だったから。」 にっこりと笑ってみせるリュシア。だが、なおも心配そうにサーシャはそっと頭を撫でた。 入ってすぐ、四人は目を丸くした。壁にかけられているルビスにまつわる宗教画。静謐で清らかなこの場所は確かに 巡礼の教会にふさわしかったが…、その外観に反して、その神殿は狭い、というより奥行きがなく、すぐ付き当たりに行き当たった。 「なんかなぁ、拍子抜けだよな。」 「確かに思ったよりは小さいけれど、隅までちゃんと掃除されているし、あちこちに花もあるわ。皆ここで 静かにルビス様へ祈りを届けているのね。真の神殿というのはこういうことを言うのね。」 サーシャが満足げにそう言った時だった。静かな教会に、ぱたぱたとあわただしい足音が響き、こちらに向かってきた。 「なんだろ?」 見ると、どうやらこの教会の神父のようだった。その壮年の神父はこちらへと走りより、目の前で跪いた。 「お待ちしておりました、勇者トゥール。貴方のための神殿です。」 「…へ?僕?」 間の抜けた顔をして自らの指を刺したトゥールに、神父は深々と頷いた。 |
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