四人は小さな部屋へと案内された。どうやら神父の自室らしい。
「いや、お恥ずかしい。なにせこの通り見た目に反して小さな神殿ですので…。」
「いえ、とてもご立派です。信仰と言うものが形作ればきっとこのようなものになるのだと思います。」
「ところで、僕のための神殿ってどういうことですか?ここは女神ルビスを奉った神殿なんじゃないんですか?」
 トゥールの言葉に、サーシャの褒め言葉で照れていた神父の顔が変わる。
「はい、正確には危機に世界を救う勇者のための試練の神殿です。そして今、危機に瀕したこの世界で、 神と精霊と人に認められた勇者は貴方ただひとり…、おそらくこの神殿は貴方の為に立っていたのでしょう。」
「…それは…どういうことですか?」
 あまりにもスケールが大きすぎて、トゥールの声は少し上ずる。
「詳しい事は私にも分かりません。ただこの神殿の奥には、勇気を試されるための洞窟があります。 それは勇者にたったひとりで受けていただかなければならないと、代々ここを預かる神殿に 受け継がれてきた教えです。」
「おいおい、今は洞窟にはモンスターもいるんじゃねぇの?」
「トゥール…一人?リュシアたちは?」
「お仲間の方々は、入る事ができません。」
 きっぱりと神父に言われ、三人はトゥールを見る。
「例えひとりでも戦う勇気が、貴方にはありますか?」
「……はい。」
 トゥールは一瞬の沈黙の後、力強く頷いた。
「そうですか。…今日はお疲れでしょう。どうか明日の朝、こちらにいらしてください。ここにお泊め出来ればいいのですが… ご覧の通りの有様でして…。」
「いえ、宿はすでに取っていますから。ありがとうございます。明日の朝ですね。よろしくお願いします。」
「はい。しっかりと準備をして来てください。お待ちしております。」


 神殿を出て、サーシャは無表情で口を開く。
「トゥール、本当に一人で行くつもり?」
「うん。ロマリアの時とは違う。ただの試練だけだとは思えないよ。 世界を救う勇者のための試練だって言うなら、乗り越えなくちゃならないよ。」
 トゥールはきっぱりと頷く。セイは興味深げに神殿の方を見た。
「しかし、勇気を試すって、何があるんだろうな?」
「うーん、あんまり物騒なんじゃないといいんだけど。」
 トゥールが苦笑する。リュシアが心配そうにトゥールを見る。
「…大丈夫。待ってる。宿で。トゥールなら、きっと出来るから。」
「ありがとう。」
 サーシャは険しい顔で、小さくつぶやく。
「…本当に大丈夫?見習い勇者の、弱虫トゥールが勇者のための試練に一人で挑むなんて。」
「サーシャ、お前…。」
 セイが厳しい目でサーシャを見る。その視線が分かったのだろう。サーシャはうつむいた。
「ごめんなさい。…私、部屋に帰るわ。トゥール、明日は頑張って。…無理はしなくてもいいから。」
 くるりと三人に背を向けて、サーシャは宿屋へ走る。
「サーシャ!」
 その背中に、トゥールは声をかけた。
「ありがとう。」
 サーシャは振り返らずに、その言葉を聞いていた。



 思い返しても最悪の行動だ。セイが怒るのも無理はないと思う。
 絶望は、人を殺す。これから一人で試練に挑もうとする仲間のやる気をそぐような事を言ってどうするのだ。仲間と してあるまじき発言だ。
 それでも、どうしても嫌なのだ。トゥールを勇者だと認めたくない。…トゥールが勇者になることがずっと、嫌だったのだ。

 トゥールはおそらく、生まれた頃から周りの人間に勇者になることを期待されていただろう。元々アリアハンの子供は、 多かれ少なかれ勇者に選ばれる事を期待される。その上、父親のオルデガは近来久しい、他所からきた勇者だった以上 なおさらだった。
 考えてみればおかしな期待で、精霊が血筋で勇者を選んだ事は一度もない。だが、そのオルデガがあまりに立派な 威厳を放つ人間だったから、その息子トゥールも立派な勇者になるのではないかとささやかれていたと、両親が 言っていた。
 3才の時。『神の儀式』と呼ばれる第一の勇者選定の儀式のことはサーシャもうっすらと覚えている。魔法陣の中に 入り、なにやら呪文を唱えさせられ…そのまま帰された。
 第一の神の儀式では稀に年に何人か選ばれる事もある。もちろん誰も選ばれないことも珍しくない。そして …その年の神の儀式で選ばれたのは、トゥール一人だった。

 『精霊の儀式』は10才の時。トゥールは精霊神ルビスに認められ、勇者の資格を得た。16才に行われる『人の儀式』 は実質旅立ちの確認の儀式であるから、オルデガ以来10年以上生まれなかった勇者が誕生したことになったのだ。
 その時の事は、さすがに良く覚えている。町中お祭騒ぎだった。人々は浮かれ、トゥールとその母メーベルを褒めたたえる 人が絶えなかった。
 リュシアも嬉しそうにしていた。メーベルは誇らしげに笑い、トゥールは少しくすぐったそうに笑っていた。
 …それでもサーシャは知っていた。近所の大人たちが帰って、一息ついているメーベルが暗い顔をしている 事を。
 そしてサーシャは気が付いていた。『勇者』オルデガは、魔物討伐の旅に出て、死んでしまったのだと。
『勇者』とは、そうやって戦って死んでしまわなければならない宿命を、神から背負わされているのだと。


 気が付くと、月の灯りが窓からサーシャを照らしていた。
 考えすぎて頭が重かった。
 サーシャはふらりと立ち上がり、夜風を体に浴びるために窓を開けた。


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