”や、めて、やめて、エリューシア、やめて!”
『…それは、本心なの?リュシア?』
”リュシアは、リュシアは、望んで、いない。望んで、ない。だって、…。”
『憎いでしょう?見えない振りなんてしなくていいの、良くごらんなさい。』
 リュシアは目をふさいで、いやいやと頭を振る。…本当はそんな事をしても無駄なのだ。 リュシアはエリューシアなのだから。エリューシアが見えている光景は、リュシアにも良く見える。
『知らない振りをしていてもいいわ。けれど、認めたほうが楽になるわよ。』
”リュシ、アは…。”

 目に入るのは、風に負けまいと戦っているセイと、トゥールとサーシャだった。


 トゥールとサーシャははほとんどしゃがみこみ、生えていた木の根っこに必死にしがみついていた。
 エリューシアから吹く風は、今やサーシャ一人を狙って吹いていた。二人の体重が合わさっている事で なんとか飛ばずに残っていられるのは幸運と言える。
 浮き上がる体を抑えながら、トゥールが呆然としながら言った。
「ママって…ルイーダさんのことだよね?アレシアさんじゃないよね?」
「サーシャ、お前、ルイーダになんかしたのか?!」
「知らないわよ!!」
 セイの言葉に反射的に声をあげるサーシャ。トゥールの事、賢者の事に心当たりはあるが、 ルイーダに関してはまったく心当たりがない。
 トゥールのマントを根元から握り締め、サーシャは立ち上がる。
「リュシア、待って。リュシアは私なんかよりずっとずっと魔力もあるし、」
「黙って!!黙ってよ!あなたの言葉なんて聞きたくない!私の全てを奪って行ったくせに!! 嫌い嫌い、ずっと前から嫌いだった!旅に出る前から!!綺麗で皆に好かれて愛されて!!家族もいて!!私の 欲しいもの全部全部持っていて!私がどう頑張っても勝てなかった!!」
 もう、サーシャには語る言葉が持てなかった。その言葉に打ちのめされて、顔を上げることも出来ずにいた。

「…ごめ、ん、なさい…リュシア…。」
「馬鹿やろう!あんな言葉に惑わされてんな!!あんなの信用する必要ねえよ!!」
 少し弱気になったサーシャを、セイが怒鳴る。エリューシアはにらみ返した。
「どうしてそんな事いうの。私はエリューシアだけれど、リュシアと同じ心よ。これはリュシアの気持ちよ、リュシアも あなた達皆、大っ嫌いよ!全部本当よ!!」
「そりゃぁ、誰だって嫉妬することくらいあるだろうよ。辛い思いして、嫌いって思うこともあるだろうよ。 俺だってあるさ。けどな、それを黙ってたってのは、関係を崩したくなかったって事だろう。それは 一緒にいたかったって事じゃないのか?」
 そういうセイの言葉を聞き、トゥールは頷いて風に負けないように気を付けながら、両手を広げた。
「ありがとう、リュシア。エリューシアも。ありがとう。」
「気持ち悪い事、言わないでよ!!」
 怒鳴り散らすエリューシアに、トゥールは笑う。
「嫌いなのに、僕達と一緒に旅をしてくれた。それって好きだから一緒に旅をしてくれるよりもっともっと 辛かったはずなのに、一緒に来てくれた。ありがとう。」
 サーシャも何とか顔をあげる。泣き笑いのような顔だったが、なんとか笑みを作った。
「リュシア、ありがとう。話してくれて。そして黙っててくれて。側にいてくれてありがとう。もっと、話したいの 。リュシアがどんなことを思っていたか、どんな風に見ていたか。聞きたいの。」
「うるさい!!私は、私は話したくなんかない!!」
 サーシャに向かう風が、まるで吹雪のように冷たく、強くなった。息も出来ないほどのその風に、 トゥールとサーシャはただ、耐えるしか出来なくなった。


”話したくなんかない!聞きたくない、何も話さないで!!”
 リュシアは『エリューシア』の中で目を伏せる。何も聞きたくない、なにも話したくない。
「全部壊すの、全部消すの。もう嫌なの!!」
”だってもう、リュシアの居場所なんて、どこにもないから。もうないから。”
「もう手遅れよ、もうどこにも居場所なんてないわ。村も滅びた。誰も私を望まない、私の場所はどこにもない。私が 生まれてきた意味なんて、なかったもの。」
”リュシアは汚い思いを出してしまったから。もう誰にも好かれない。皆皆、リュシアの事、きっと嫌い。嫌われたから、 居場所なんて、ない。”
「そんなわけないだろ!!なんでお前が、そんなこと言うんだよ!」
 セイは立ち上がり怒鳴った。本気で怒っているのは、その表情から見て取れた。
「なに、よ…。貴方に何が分かるの。」
「お前がそのまま言ってくれた言葉、そっくりそのまま返してやるよ! 何度も一緒に戦って命を助け合ったリュシアだ!リュシアがいなかったら、俺も、トゥールもサーシャも とっくに死んじまってるんだよ!!」
――――リュウセイなんて人はリュシアは知らない。――――――
――――でもセイはリュシアの、リュシア達の仲間なの。だから、そんなこと言ったら駄目なの。――――――
「テドンのエリューシアなんて俺は知らないよ!けどな、俺達の仲間のリュシアは、生まれてきて良かったんだよ! 忘れたのか?これもお前が言った言葉だよくそ!リュシアを出せよ、お前じゃない、俺達の仲間のリュシアだよ!」
――――リュシア達のセイは、生きててくれて良かったの。生きててくれないと駄目なの。――――――
 『リュシア』は泣きそうになりながら、中で縮こまっていた。
”…覚えてる。でも、リュシアは。セイと、違う。…だって、リュシア、何もない。”
 ここは暖かいのだ。闇の殻の中でなにも気にせず眠っていられるのだ。でも、外は辛い事がいっぱいで。 それを全部消してしまいたかったのに。
 すぐ側にいる、輝くばかりの女性。ちっぽけな闇は、かき消されてしまう。
 口下手で気の効いた事などできない自分。誰も、自分など見てくれないだろう。

 エリューシアが、ふらふらと空へと舞い上がる。風が少しずつ弱くなっていく。
「帰ってきて、リュシア!」
 冷たくこわばる体を無理やり動かして、サーシャは呼びかける。そのサーシャを、エリューシアは悲しい目で見た。
「私がもっと綺麗だったら、あなたに負けなかったのに。私に少しでも綺麗なところがあれば、こんな惨めな想いをせずにすんだのに…。」
「そんなことない、俺は!!」
 セイは一歩前に出る。
「俺は、初めて会った時、お前の髪が綺麗だって思ったんだ!」
「う、そ。だって、セイは、」
”う、そ。だって、セイは、初めて会った時、”
――――なんだ?この大ガラスの行水後みたいな髪のやつは。――――――
”そう、言っていたの。”
「嘘じゃない、俺は、黒い髪なんて大嫌いだったけど、お前の黒い髪は生まれて初めて綺麗だと、ずっと思ってた!」
――――濡れている鴉の羽のような艶のある黒い色という意味で、この国では髪の色に対する最高のほめ言葉なんです。――――

 パリン。
 パリパリパリパリパリ。
 闇の殻が破れていく。リュシアが内側から破ったのだ。外の世界を良く見るために。
「だから、俺はリュシアが必要だし、トゥールたちだって必要なんだよ!!」
 外の声。それにあわせるように。
『…行くの?』
”うん”
 リュシアは頷いた。
『外は辛い事ばかりよ?何も変わらないわ。』
”うん。でも、セイは、いつもリュシアの事思ってくれてた。分かりにくかったけど。”
――――やめとけやめとけ。せっかく育ての親に愛されてるんだ。お前、捨て子なんだろう? さっきルイーダはああいってたが、んなわけあるか。いらないから捨てられたに決まってる。――――
 今思えば、あれは初めてあった自分に対する思いやりだったとわかる。
 ちゃんと話せと怒鳴ったのも、リュシアは賢者にならないのかと聞いてくれたのもセイだった。それは、 トゥールたちとは違った優しさ。リュシアが見逃してきた優しさ。
”きっと、他にもあると思うの。トゥールとサーシャにも。…もうちょっと頑張ってみたい。嬉しかったから。”
『じゃあ、さよならね、リュシア。』
 リュシアは首を振る。
”ううん、一緒に行くの。だって、”
 わたし達は、元々一人なんだから。


 仲間が力をあわせて何かに立ち向かっているシーンが大好きです!…敵対しているのも味方なわけですが。 おとなしい人間が積もり積もったものを爆発させると怖いよね、のお話。
 トゥールは結構ろくでなしです。馬鹿正直です。でもそれがトゥールです、きっと、多分。

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