柔らかな木の隙間から、光がこぼれる。なぜこんなに離れた部屋にいるかはすぐにわかった。まともに 使える部屋が、この2部屋しかなかったのだろう。 (…本当に、この村…、もうないの…。) きいきいと鳴る床が悲しかった、光こぼれる壁が切なかった。 扉の前に立ち、リュシアは控えめにノックをする。 「…リュシアだな?」 セイの声だった。リュシアは少しだけホッとする。 「うん。」 「入っておいでよ。」 トゥールの声に緊張しながら、リュシアは扉を開けた。 セイは部屋の隅にある椅子に座り、トゥールはベッドに腰掛けていた。 「おー、元気そうだな。どっか具合悪いか?」 セイが立ち上がりながらそう聞いて来た。リュシアは首を振る。 「なぁ、記憶は全部あるのか?さっきの?」 セイの言葉に、リュシアは少しうつむきながら答える。 「…所々。リュシア、黒い卵に入って、引きこもってたの。だから聞こえなかった、ばらばら…。夢の中みたい。 エリューシアの声が、時々聞こえたの。」 「…ようはあんまり覚えてないってことか?」 リュシアは頷く。 「でも、皆を傷つけて、嫌いって思って、たくさん嫌な事を言った事は覚えてるの。…トゥールにもいっぱいひどい事言った。… ごめんなさい。」 「まぁ、気にすんなよ。全部トゥールが甲斐性なしなのが悪いんだからな。」 茶化すセイに、トゥールは笑う。 「ひどいなぁ。…でも、否定できないね。僕こそごめん、リュシア。」 リュシアは勢い良く首を振る。そのリュシアの頭に、セイはぽんと手を置く。 「まぁ、元気そうなの見たし、俺は適当に村をふらふらしてくるから。」 セイはそう言って、手を上げて部屋を出る。 「セイ!」 「なんだ?」 呼び止められて、振り向くセイに、リュシアが小さな声で言った。 「…ありがとう、セイ。」 「なんだよ、俺は何にもしてねぇぜ?んじゃなー。」 後ろ向きに手を振って、セイは部屋を出て行った。 青空の下、宿の外で、セイはうずくまる。 「…まずい、覚えてやがる。」 頬を赤くして、セイは小さくそうつぶやいた。 「リュシア、座りなよ。」 トゥールはにこにこしながら椅子を薦めた。リュシアは少しためらって、その椅子に座る。ベッドに座るトゥールと真正面から 向き合う形になった。 ………………。 「…トゥール。」 沈黙に耐えかねたリュシアが、沈黙を破る。 「何?」 「何も、言わないの?」 「うーん、いつも僕が話してばっかりだったから、リュシアの言葉が聞きたいなと思って。」 明るく言うトゥール。リュシアは目を丸くする。 「リュシアの、言葉?」 「うん、…セイにね、怒られたんだよ。あんな振り方あるかって。うん、でも僕はどう考えても何度やり直しても、 ああ言っちゃうなって。もちろん今ならあの後頑張ってフォローするけど、でも、やっぱりあれが 最善だったなって思っちゃうんだよ。」 「………。」 ランシールの夜を思いだして、リュシアは胸を痛めた。 「僕さ、リュシアの一番近くにいたと思ってた。もしかしたらルイーダさんよりも。なのに、僕、リュシアの気持ちに 気が付けなかった。近くにいたからかもしれないけど、僕はリュシアの言葉を聞いてなかったんだなって 思ったんだよ。」 「…リュシアが、話すの、上手くないから…。」 「違うよ、だって、言葉って声だけじゃないよ。行動も全部言葉。リュシアの言葉。僕がそれを受け止められなかっただけ。 …だから、聞きたい。リュシアが僕に何を伝えたいか。頑張って全部受け止めたい。」 強く、明るく、優しく、暖かく言うトゥールに、リュシアは思う。 (…やっぱり、好きなの。) 全部全部ひっくるめて、包んでくれる優しさ。許してくれる暖かさ。 トゥールが側にいれば、どんな事からも守ってくれると思った。誰からも認められると思った。誰にも遠慮せず、 アリアハンで笑えると思った。 トゥールはリュシアの布団。リュシアのやすらぎだった。 リュシアは一つ、深呼吸する。 「…トゥール。」 「何?」 「…好きなの。」 「…………。」 なんと答えて良いか分からずに、トゥールは固まる。 「ずっとずっと好きだったの。きっと、物心付いた時から。トゥールは優しくて守ってくれて、リュシアにとって、 トゥールは王子様だったの。」 熱く言われて、トゥールの頬が少し赤くなる。 「でも、トゥールにとってリュシアは、お姫様じゃなかったの。違ったの。」 「…うん、ごめん。」 トゥールは素直に謝る。 「リュシアが、そんな風に言ってくれるのは嬉しい。…でも僕はきっとリュシアの理想の王子様にはなれないと思う。」 「…うん。」 リュシアも素直に頷いた。 「…きっとそれは、トゥールは初めからお姫様、欲しいんじゃないからって思ったの。」 「…そうかも知れない。だからって、何が欲しいのかは…僕にも分からないけど。」 サーシャが自分にとってどんな存在か。そんな風には考えた事はないから。 「エリューシアはトゥールを、本気で憎んでた。エリューシアはリュシア。裏っかわ。苦しかったの。 でも、それは、トゥールに振られたせいじゃない。トゥールのせいじゃないの。…リュシアが、寂しかったからなの。 どこにも居場所がなくて、だったら、皆壊したほうがいいと思ったの。」 「…でも、寂しかったのは僕のせいだよね。」 トゥールの言葉に、リュシアは首を振る。 「…違うの、寂しかったなら、寂しいって言えば良かったの、きっと。そしたら伝わった寂しさの分だけ、寂しさが減るから。 そのあと、もっと寂しくなったかもしれないけど、でも、言うべきだったと、今は思うの。」 「うん。…そうだね。」 トゥールは優しく笑った。その笑顔を見て、リュシアの心の隙間が少しだけ埋まった気がした。 リュシアは、ふぅ、と小さくため息をついた。 「…すっきりしたの。…ごめんなさい、トゥール。」 「僕の方こそ。話してくれてありがとう。…これからどうする?」 トゥールに言われて、リュシアはガラスが外れた窓を見る。 「…夜になるまで、待って欲しい。」 「そっか。じゃあそうしよう。」 「…お願い。…リュシア、サーシャとセイにもお願いしてくる。」 トゥールに頷かれて、リュシアはホッとする。立ち上がって部屋を部屋を出ようとして、リュシアは振り返った。 「…あのね、トゥール!」 「何?」 「…リュシアはトゥールが好きだけど、とりあえずもういいって思ったの。」 意味が分からず、トゥールは首をかしげる。 「この先も、ずっとトゥールの事が好きだけど、この『好き』より、トゥールが リュシアに今、思ってくれる家族とか、仲間とかそういう『好き』が大きく なったらいいなって。そしたら今よりもっとトゥールが好きになれて、寂しくないなって。」 「うん。勝手だけど、そうなってくれたら僕も嬉しい。」 優しく笑うトゥールに、リュシアは立ち上がり、更に力を込めて言う。 「うん、そうなるように、頑張るの。それ、とっても素敵だから。 でもね、それよりも、もっと今持ってる『好き』が大きくなったら、やっぱり 頑張るの。今度は伝わるように、好きになってもらえるように、今までと 違う形で、頑張るの。…そしたら。」 リュシアは頬を赤らめ、口に人差し指を添えて、そっと微笑む。 「今度はトゥールの方が、わたしを好きだって求めてくれるように、なるかもしれないよ?」 リュシアが出て行った扉がパタンと閉まる。 トゥールは顔を赤くして、口をふさぐ。 さっきのリュシアの笑みはあまりにも可愛くて、その言葉もあいまってトゥールの胸は一瞬ときめいたのだ。 (…うわぁ、ちょっと、セイの気持ちが分かったかも。) ちょっと複雑な気持ちになりながら、トゥールはその場に突っ伏した。 お話し合い編。セイが主役のような、脇役のような。いや、主役はリュシアですけれど。 リュシア開眼。…といっても、リュシアはリュシアです。 テドン編はあと一回ー。リュシアの最終的な謎と、お別れです。 |
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