終わらないお伽話を
 〜 闇のやすらぎ 〜



 夕闇が少しずつ星を灯していくように、夜が濃くなるたびに、少しずつ町が形作られていく。
 廃屋だった家が、少しずつ新しい形になり、人がゆっくりと現れる。それは異様な光景ではあったが、 美しい光景でもあった。
「この人たち、幽霊なのかしら?…もしそうならちゃんと話を聞いて、天に返してあげたい…。」
 町を楽しげに歩く人たちを見て、サーシャが小さくつぶやく。
「でもこいつら楽しそうなんだから、別に何かしなくてもいいんじゃねーの?」
「幽霊になってこの世界に留まると、魔に取り込まれてモンスターとなってしまう わ。…それに満たされた幽霊なんて聞いた事がないもの。、皆何か重い物を背負って、浮かべないから、天にあがれないの。 …でも…。」
 リュシアの事を考えると、それも辛い。顔を翳らすサーシャの横で、セイとトゥールは明るく言い合う。
「ま、重い物には心当たりがあるな。」
「でも、人だけじゃなく家までこうやって元通りになってるのって、ちょっと不思議だよね。ただの幽霊じゃないんじゃない?」
 トゥールがそう言った時、前にいたリュシアの目の前に、ポッと家が灯った。
「………」
 祈るように組んでいた手をゆっくりとはずし、リュシアはそっとドアノブをつかむ。その感触は確かに硬くて、冷たかった。
 カチャリと音を立てて、扉が開く。…その向こう側には、エニアスとアレシアが立っていた。
「…ただいま、お父さん、お母さん。」
 リュシアは微笑みながら、昼の間ずっと考えていた言葉をひねり出した。
「…お、おかえりなさい、遅かったわね、エリューシア。…エリューシア!」
 震える声でそう応え、耐え切れないようにアレシアは泣きながらリュシアに駆け寄って抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、エリューシア…、辛い、想いを、させて…。」
「お母さん、お母さん…。」
 リュシアも涙を流し、母親の肩を抱いた。二人して泣きくずれるその姿は、本当にそっくりだった。

 二人が泣きやんだのを見計らって、そっとエニアスは二人に手を差し伸べる。二人をゆっくりと立ち上がった。
「エリューシア。想像どおり、この村は、エリューシアが生まれたその時に滅んでいるんだ。僕達も、もうこの世の者じゃない。」
 リュシアが目に涙を溜めて頷く。
「私達は待っていたの。…この村に、勇者が現れるその時を。…でも、まさかエリューシアが、エリューシアが生きて、 勇者を連れてきてくれる、なんて…。まさに精霊女神ルビス様の恩恵だわ。」
 突然そう言われ、トゥールは驚いたように自分を指差す。
「僕、を…?」
「色々聞きたい事はあるでしょう。ですが、ここでは長い話になってしまいます。その物語は、この村の創生から 始まる長い歴史の物語になります。ですから、ここで僕達が語るのはふさわしくありません。 これから長老の元へ、案内させてください。」
「はい、お願いします。」
 エニアスの言葉に、トゥールは頷く。それを見て、エニアスは満足そうに笑う。
「では行こう、アリシア、エリューシア。…それと、エリューシア?」
「お父さん、何?」
「…もう一度、僕にも抱かせてくれるかい?」
 エニアスの言葉に、リュシアは頷いた。エニアスはそっとリュシアを抱きしめ、ゆっくりと離す。
「…さぁ、行こう。皆さんも、どうぞこちらへ…。」


 エニアスは北西にある、大きな屋敷に四人を導いた。
「長老様、勇者様をお連れしました。」
 エニアスがそう言って扉を開けると、そこには白くなった髪に、藍色の目をした小さな老人が座っていた。
「ふむ…ついに、この時が来たのじゃな…。」
「はい、私たちの子が連れてきてくれました。」
「…そうか。この村の最後の子が、この村の運命を連れてきたのじゃな。聖なる闇の最後の末裔の子よ。」
 老人がリュシアを見た。そしてトゥールを見た。
「そして、青き王冠を身に付けた勇者よ。…この村の物語を聞いて欲しい。魔王から始まった、長き闇の物語を…。」
「はい、お願いします。」
 アレシアが、トゥールたちに椅子を薦め、全員が座ったのを見計らい、長老はとうとうと語り始めた。


「それは、遠い昔。この大地が安定し、ルビス様が天界へと旅立たれた直後の事だと伝えられておる。この村の北、広大なる ネクロゴンドの大地から魔が現れた。」
「…魔王、ですか?」
 トゥールの言葉に、長老は頷く。
「左様。大地に大穴を開け、異なる世界からやってきたと伝えられておる。闇の魔王ギアガ、そう名乗ったと伝えられておる。」
「魔王、ギアガ…。バラモスではないんですね。」
「うむ。今おるバラモスと、どういう関係にあるのがわからぬ。わかっておるのは、闇の眷属であったことと、ギアガが開けた 大穴は、今なおふさがらず、そこより全ての災いが来るということだけじゃ。」
 サーシャは目を丸くする。
「災い、ですか?それは…バラモスのことですか?」
「バラモスも含めた、全ての災いじゃ。そのギアガの大穴は、この大陸の北、山脈を越えたネクロゴンドにある。ネクロゴントは 昔より魔力が満ちる場所。そして、そこにバラモスもおる。」
「はい、それは知っています。…そこに行くには、ラーミアが必要だとか…。」
 トゥールの言葉に、長老は満足そうに笑う。
「そうじゃ。…話が脇にそれたな。闇の眷属のギアガ、それを倒さんと立ち向かったのは、六大精霊王の一人であった。」
「ロクダイセイレイオウ?」
 セイが小さくつぶやく。それを聞きとったエニアスが、小さな声で解説を入れた。
「光、闇、火、水、風、魔力、この六つは自然界の中でも中枢を担うものになる。そしてそれを統べる精霊は特に力を持っていると 言われている。その中で王と言うのは、精霊の一族を収める事をルビス様に任された、もっとも力がある精霊ということになる。」
「精霊じゃから、一人というのはおかしいがな。…ルビス様から預かった世界を守らんと、六大精霊王の中で、同じ眷属である 闇の精霊王が立ち向い…そして、魔王ギアガを消滅させた。」
「勝ったんですね、魔王に。」
 嬉しそうに言うトゥールに、長老は渋い顔をする。
「…確かに、魔王ギアガを完全に消滅させた。…じゃが、それと同時に闇の精霊王は、痛手を追った。…もはや何年も もたないと思われるほどに、深い痛手を追った。ギアガを倒した精霊王はやがて、傷ついた体を少しでも癒すために 母なる大地へと降り立ち、そこで人間の女と出会った。そして精霊王がこの世から消滅した時、女は精霊王の子供を 宿しておった。」
「子供…二人は結ばれたのですね。」
 なんだか美しいラブロマンスを聞いた気がして、サーシャは微笑んだ。だが、そんなサーシャの若さを、 長老は笑う。
「その人間の女は、代々魔法使いの家系じゃった。そして、その女が産んだ子供は、人ではありえぬ魔力を 秘めていた。…それは、精霊としては弱すぎる力であったが、人間では決して得られぬ魔力を持っていた。 やがて、その子供を中心にして、魔法使いが集まり、そこは小さな村となり…今、この村があるのじゃ。」
 長い話に、長老が疲れたように息を吐く。アレシアがそっとコップを取り出すと、長老は中の物を飲み干した。 …その行動からは、とても人ではないとは思えない。
「…つまり、わしが何を言いたかったのかと言うと、精霊の血を引くものは、通常ではありえない魔力を秘める。 そして、魔力を求めてこの村に留まった物が多かったゆえに、この村の者には、精霊の血が流れておる事じゃ。」
 ちいさくコップを置く音が、室内に響いた。


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