わずかな沈黙の隙に、セイが手を上げる。
「あー、ちょっと質問いいか?」
「なんじゃ?」
「その、六大精霊王とやらが、ギアガっていう魔王を倒したんだよな。…ならなんで、バラモスは倒さないんだ?あと 5人いるんだろう?」
 セイの質問に、長老は笑う。
「ふむ…、そなたは『あと、5人いる』と言ったな。…つまり今、六大精霊王は5人しかいないということになる…。 これがどういうことか分かるか?闇の精霊王がいないと言う事なのだ。」
 当たり前の事を言われたと、セイは目を丸くする。
「精霊王は、一族の治めるもの。治め、人々を加護するもの。それがいないということは、すなわち、 闇の力は弱まり、人々の手を離れ、魔族に治まる。…ゆえに、人々は魔を制御することは出来ず、闇を怖がる。 本来ならば、闇は安らぎを与えてくれると言うのにな。」
「精霊の数は多ければ多いほど、人に祝福を与えてくれると言われているの。闇の精霊は、今となっては 小さな精霊が必死で、この地の闇を守り、それと反して同じくする光の精霊が、それを支えているの。それでも 結局は守りきれず、この地の闇からはモンスターが生まれるわ。」
 アレシアが、寂しそうにそう言う。
「…この地に闇の魔法もなく、光を扱うことも神の手を借りずしては叶わないのはそのためじゃ。もし、また魔族と 戦い、精霊が敗れたらどうなる?火は人を燃やし、水は人を流す。連鎖的に人も滅びる…じゃから精霊は、もう魔王に手出しする事は ないじゃろう。」
「…それは僕の役目なんですね。」
 トゥールは強い目でそう言う。長老は笑った。
「闇の精霊王が、人間の女と結ばれたのも、自分亡き後、少しでも闇の眷属を残す事を考えたためじゃと言われておる。わしらが その手助けになっているかは分からぬ。それでもわしらの一族は、人の身ではありえぬ魔力を与えられた。 …精霊の血は今ではずいぶんと薄れおるがな。我ら一族はこの村でひっそりと、いつか魔王が再びせめて来た時の為に、 腕を磨いておった。…バラモスはそんなわしらに気が付いたのじゃろうな。16年前のちょうど今日…こちらに軍を出した。」
 長老が飲み込んだ言葉を四人は理解して、口をつぐんだ。


 長老がトゥールを見る。
「…すまぬ。せっかく我らの話を聞いてくれたというのに、そなたらの手助けになるようなものは、 何も話せなんだ。」
「いえ、十分です。例え見えなくとも、精霊たちは僕達を応援してくれている。それが分かったのですから。」
 トゥールの言葉に救われたように、長老がトゥールを仰ぎ見る。
「ありがとう、勇者よ。我らに何かをする力はない。 我らは深き闇に残された、ただの自然の記憶。闇が来るたびに繰り返される、絵本のような 現象に過ぎぬ。どうか、我が一族の仇を討ってくれ。」
「はい。」
 トゥールがそう頷くと、今度は長老はリュシアに向き合った。
「我が闇の一族、最後の運命の子、エリューシアよ。」
「……、はい。」
 少しかすれた声で、リュシアは応えた。
「黒を受け継ぐものは、闇の精霊の血が濃いと言われる。かの精霊の子は黒い目、黒い髪を持って生まれてきたという。… だが、その血も薄まり、我が一族の中でもはや真黒き闇の色を持って生まれてくるものは稀だ。 エニアスが生まれた時でさえ、周りの者は驚いたものだ。…だが、そなたは一族の最後の娘として、 黒い髪、黒い目を持って生まれてきた。闇に祝福された娘が、最後に生まれてくるとは、これも運命じゃったのだろうかのう…。」
 セピアの髪と黒目の父、こげ茶の髪とセピアの目の母。町の人を見ても、リュシアほど黒い髪の人間は、確かにいなかった 気がした。
「そなたがこの先どんな道を歩むのか、わからぬ。だが、闇の最後の一人として、ただ一つ守って欲しい。」
 リュシアが頷く。
「”我ら一族は、闇の一族なり。闇を愛し、闇を祝福する。そしてその闇から人々に安らぎを与える、優しき闇の一族なり。” 我ら一族が伝え、守ってきた言葉。誇りと共に伝えて来た言葉だ。どうか最後までこの言葉を胸に秘めて生きて欲しい。」
 リュシアが、もう一度頷いた。目に涙をためて。
「…我ら、一族は闇の一族なり。闇を愛し、闇を祝福する。そしてその闇から人々に安らぎを与える、優しき 闇の一族なり。」
 震える声で、静かにそう言った。それを聞き、闇の一族の三人は満足そうに頷いた。


 静かな空気を破るように、長老は立ち上がった。
「…では、勇者よ、その仲間たちよ。そして、我等の子よ。こちらへ来るが良い。」
 そうして、村の三人は外へと誘う。目的地はすぐにわかった。その建物の周りには、村中の人間が集まっていたからだった。 闇の中、篝火に照らされた村人たちは、何も言わず、ただ安らかな表情を浮かべている。
「…なんだろ?」
「…お前は勇者らしくしていろ。多分、それがお前にできるただ一つのことだ。」
 つぶやいたトゥールに、セイがささやく。何かを知っている様子のセイにトゥールが問いただそうとした時、 長老が目の前にある建物の扉を開けた。
「…こっちじゃ。少々埃っぽいがな。」


 そこは、どう見ても牢獄だった。その中へ、長老達は一歩一歩踏み込んで行く。トゥールたちも後へと続いた。
 長老の足が止まったのは、その最奥の牢獄だった。そこには一人の男が入っていた。立派な身なりで、どう見ても 犯罪者には見えない。
「ついにこの時が来たのですね。」
「ふむ、運命の子が、運命を連れてきた。わしらの役目がようやく果たせる時。おぬしも今までよう、耐えてくれた。」
「いえ、この瞬間のためなら、何百年ここにいようとも辛くは在りませんでした。」
 そう会話する二人の横で、セイがトゥールにささやく。
「ほら、言ってやれ。お前の――――――――勇者の役目だ。」
 セイの言葉を不思議に思いながらも、トゥールは牢屋の中に入る。それを見て、男は仰々しく礼をして、足元を探り出した。
「……?」
 足元には隠し扉。そしてそこから取り出したのは。
「オーブ…。」
「はい、闇の象徴、安らぎの緑。いつか魔王と倒さんとする我ら一族に伝えられた宝。私は貴方に生きてこれを渡すために ずっとここでお待ちしておりました。」
 男は本当に、本当に満ち足りた表情で、グリーンオーブを差し出した。
「どうか、受け取ってください。そしてこの世界に平和と、安らぎを取り戻してください。」
「…はい。必ずラーミアを蘇らせて、世界を平和にします。」
 トゥールは自分が出来うる限りの真剣な表情でそういうと、ゆっくりとそれを受け取った。
 オーブは安らぎの色を放ち、トゥールの腕の中で光った。


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