気がつくと、目の前には大量に皿に盛られたクッキー。ふとオーブンを見ると、そこにもいまだ焼かれている 最中にクッキーがあった。 サーシャはふぅとため息をつくと、そのクッキーを手にとって口に入れる。 焼きたてのクッキーはアーモンドの香りを残して、すっと口に解けていった。 「…こんなに作ってどうしよう…。」 考え事をまとめるために、他の事に没頭しようとして、気がつくと機械のように淡々とこなしてしまったらしい。 「…アーモンドの匂い…。」 気がつくと、リュシアが厨房の扉を開けてそうつぶやいた。 「なんだかたくさん作ってしまって。もし良かったら食べてくれない?」 サーシャの言葉に、リュシアは小さく頷く。お腹が空いていたのだ。 リュシアが頷いたのを見ると、サーシャはオーブンを見て、焼けたクッキーを取り出し、皿に盛る。 「…たくさん…。」 「考え事をしていたら、気がついたらたくさん作ってしまったのよ。」 「食べる。おなか空いてるから。」 リュシアが近くの椅子に座り、クッキーを口にする。 「おいしい。」 焼きたて熱々のクッキーは、口の中でさくりと音を立てた後、そのまま解けるように消えていく。 「良かった。これだけ作ってまずかったらしゃれにならないものね。」 サーシャは急いでコンロでお湯を沸かすと、スプーンで紅茶葉を優しくポットに注ぐ。そして琥珀色の お茶を二つ入れると、リュシアの横に座った。 皿に山と盛られたクッキーの一つを手に取り、サーシャはそれを口に運んだ。 「ご飯食べられる程度にしないとね。…残り、どうしようかしら。」 「…考え事、何?」 中 唐突に言われたリュシアの言葉に、サーシャは少し目を丸くする。 「たいしたことじゃないの。」 「聞きたい。…今、聞きたい気分だから。」 少し目の赤いリュシアにそう言われ、サーシャは一口紅茶を飲んだ。 「本当にたいしたことじゃないのよ。ほら、これから幽霊船に行くでしょう?たくさんの幽霊がいるはずだわ。…できれば 助けてあげられないかしらって。でも、私のわがままに時間を割くのは申し訳ないし、どうしようかしらって。」 「…サーシャ、幽霊に優しいね。」 リュシアの言葉に、サーシャは若干落ち込む。 リュシアのその意図がないことは分かっているが、生者には優しくないといわれているようで、しかもそれに対して反論 できない自分に、サーシャは少し落ち込んだ。 自分のために頑張ってくれた、頑張らせてしまったギーツは、今は牢の中にいる。 結局、優しくできなかったから。今まで振ってきたたくさんの男性にも。想いを告げられたら優しくしてはいけないと 信じてきたけれど、それが本当に優しさなのだろうかと。 サーシャがそう考えたのが伝わったのだろうか。リュシアがぶんぶんと首を振る。 「サーシャ、あの。」 「ごめんね。分かってるの。リュシアのせいじゃなくて、自分自身の反省。」 にっこりと微笑むサーシャに、リュシアが戸惑うように口にする。 「…あのね、わたしがオリビアさんを助けたいのは、お父さんとお母さんを見たからなの。でもサーシャは…。」 「そうね、…母さんの幽霊は見たことがないわ。皆、助けられたらいいと思うけれど、幽霊になった人への救いは 分かりやすいから。」 「救い…?」 「神の作りし肉体を抜け出た魂は、ルビス様の加護を得ることができず、苦しみに 漂わなければならないから。…それでもなお、この地上にとどまらなければならない理由があるのなら、 それを解決して、心安らかにしてあげたいの。空の彼方にある、ルビス様の魂の安らぎの場所、 闇のしとねで眠ることができるように。」 サーシャの言葉に、リュシアは少し微笑んだ。 「魂の闇。一番、心安らぐ場所。」 「でも、生きている人は、その闇でずっと安らいでいるわけに行かないものね。…生きている人が望むことは多いわ。 同じ状況でも、人によってそれぞれで、とても難しいから。良いと思ったことが、迷惑になることもあるから。」 「…いい優しさは、人それぞれ。」 リュシアがつぶやく。 トゥールが求めていた優しさが、サーシャの否定の言葉であったように。 …サーシャは分かっていて、やったのだろうか? 多分、違うだろうと思った。 「…リュシア、サーシャになりたかったな。」 リュシアはぽつりとつぶやいた。サーシャは一瞬面食らったように目を丸くするが、小さく微笑んだ。 「ありがとう。でも私は、リュシアには私みたいになって欲しくないわ。リュシアの優しく降る雨粒のような 話し方とか、すごく魅力的だと思うから。」 そう笑うサーシャの腕にリュシアはつかまった。 「うん、でも、リュシア、サーシャになりたかった。」 「ありがとう。」 お互い、もう一度、同じ言葉を繰り返した。 |
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