昼も夜もないために、時間の感覚が分からなくなっていたが、宿についた頃にはすでに体が悲鳴を上げていた。 四人は適当に食事を取り、休むために部屋へと戻った。
 横で寝息を立てているセイを起こさないように、トゥールはそっと部屋を出た。
 心も体も疲れているのに、本当に疲れ果てているのにどうしても眠れなかったのだ。
 無性に海が見たいと思った。トゥールは暗い街をふらふらと出て、海岸まで来た。だが、そこに あったのは、のっぺりとした闇を映した黒の水。
 ため息をついて座り込む。
 父が生きていた。火山におちてなお、この世界に下りて。そして記憶をなくし…なくしても勇者として 戦いに赴いた。
 …自分は同じことができるだろうか?
(…わからない。)
 夢だった。父と同じような立派な勇者になることが。それは、父への憧憬であり、そして対抗心でもあった。
 それなくして、旅立てたか。それはわからない。
 そう思う判明、怒りを感じる自分もいる。ずっと信じて待っていた母。そのことをすっかり忘れてしまったのか。 …それとも、本名ではなく『父』としての名前を覚えていたことが、愛の証なのか…。
 おそらく、8年…ここから旅立って7年前。父は暗くかすむ城に向かって行った。そこからどうなったかは… わからない。
 普通に考えたら生きていないだろう。…けれど、あの火山に落ちてなお生きていた父だ。死んだとも言い切れない。
「…すっきりしないなぁ。いっそ死体があれば納得がいくのに。」
 トゥールはそう言って、砂浜に寝転がった。
(!?)
 空が見えた気がした。青い空を映した、海が見えた気がした。
「…トゥール。」
 だが、それは一瞬のこと。声をかけてきた持ち主の髪の色だった。
「…サーシャ。」
「…なんだか、頭が冴えて…。部屋でごろごろしてたらトゥールの気配がしたから追いかけてきたの。あの、でも 一人になりたかったなら、ごめんなさい。」
「違うよ、ちょっと海が見たかっただけだから。」
 トゥールは微笑んで、サーシャに隣に座るように促した。


 二人は無言で黒い海を見た。潮風に吹かれたサーシャの髪が緩やかに舞い上がり、波の様に見えた。
「…潮の匂いは上と変わらないわね。」
「うん。」
 トゥールは頷いて、そして無表情のままサーシャに言う。
「…良かったね。父さんが生きていて。」
 その他人事のような口調にサーシャは少しとまどうが、あえてそのままの答えを返すことにした。
「そうね、驚いたけれど。生きていてくださってよかったわ。」
「サーシャ言ってたもんね、火山に落ちても死んでいるとは限らないって。」
「…あれは、落ちたような形跡があるけれど、本当に落ちて死んだか分からないって意味だったんだけれど…。驚いたわ。 これもルビス様のご加護ね。…封印されていらっしゃるらしいけれど。」
 その言葉に、トゥールはやっぱり複雑な気分になる。
「あーあ、…サーシャみたいに素直に喜べればいいのになぁ。」
「…でもやっぱり複雑よ。やっぱり間に合わなかった。まぁ、八年も寝たきりのお怪我をされるより いいのかもしれないけれど…。」
「…うん、そうだよね。…でも、僕、ちょっとホッとしてる。父さんがいなかったことに。…僕は父さんに、生きていて 欲しくなかったのかな…。」
 そんな汚い思いがある自分が嫌になりそうだった。だが、サーシャは鈴のような声で小さく笑う。
「トゥールはそんな風に思わないわよ。」
「そんなことないよ…。」
 すねるようにいうトゥールに、サーシャはまさに聖母の笑みを浮かべた。
「私も、そうだけど。…もう7年もいらっしゃらない。…だから怖いのよね。ぬか喜びになるのが。それは、会いたかったって、 好きだってことだと思うわ。」
「怖い…。のかな。」
「トゥールの心はトゥールにしかわからないけど、でも、私はトゥールをずっと見てきたんだから。 誰かに死んでて欲しいと願う人じゃないっていうのはわかるつもりよ。」
 そうやってにっこりと微笑むサーシャを見ていると、なんだかそうなのかと思えてくる。
「もし、生きていてくださっているなら…母さん驚いたでしょうね。ルビス様の下に行っても オルデガ様がいらっしゃらないんですもの。でも、きっととっても喜んだと思うわ。」
 そうやって嬉しそうにしているサーシャを見ると、自分の感情は置いておいても父が生きていて良かったと 思える。
「そうだね。母さんも喜ぶと思う。母さんが嬉しいなら僕も嬉しいし…、うん、そうだね、深く考えるのは やめておくよ。…今はこの闇をなんとかしないと。」
 トゥールはそう言って勢いよく立ち上がり、軽く砂を払った。
「ありがとう、なんだか気持ちよく眠れそうだ。…サーシャがいてくれてよかった。」
「私は何もしてないわ。トゥールが自分で立ち上がったのよ。…でもそう思うなら、もう捨てないでね。」
 サーシャはそう言ってゆっくりと立ち上がる。
「…いや、捨てた覚えはないんだけど…、うん、ごめん。」
「よろしい。ふぁう…でもとりあえずゆっくり寝ましょう。」
 あくびをしてぐっと両手を伸ばして伸びをするサーシャの横を歩きながら、トゥールはふわふわとゆれるその青い髪が潮風に なびくのをじっと見つめていた。
 かつてムオルの村での出来事を思い出す。サーシャはおそらく心配してくれたのだろう。それを言わない 気遣いに感謝しながら、トゥールはサーシャの髪に触れないように、そっと髪についた木の葉をとった。


 ラダトーム編一応終了です。オリキャラの脇役も影薄くなってしまいました。
 王子様はまた今度出てくるはず…です。ヨファさんはもう出番ないかもですが。
 次回は勇者の洞窟?編です。


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