ショックを受けている、というのとは違う。
 死んでいるかもしれない事は、とうの昔に覚悟している。
 ただ、『死んでいるかもしれない』情報ばかりで、死体も決定的証拠もつかめない。
 父は昔から、どこかつかみ所がない。つかめない。つかもうとして追いかけても追いつけない。
 なんだか実感がないのに哀しさだけを押し付けられているようで、辛い。
 泣くほど実感がない。かといって、哀しくもない。どう整理をつければいいのか分からない。
(そういえば、予言所があるとか言ってたっけ……。)
 上の世界のどこかの村でも予言者がいて、その予言は確かに当たった。今回もなにかヒントがもらえるかもしれない。 特にルビス救済の情報は、いまだよく分かっていないのだから。
 ぼんやりしているのも不健康で嫌だったので、トゥールはそちらに向かうことにした。


 町の人たちに尋ねて、予言所に訪れると、予言者は快くトゥールを通してくれた。
「始めまして。」
 トゥールはぺこりとお辞儀する。予言者は白髪の老婆だった。前のときは老人だったなと、ちろりと考える。
「……よう来なさった、勇者殿。」
 トゥールは一瞬目を見張る。予言者は言葉を続ける。
「わしが、そなたに語れる事は抽象めいた言葉で、それほどそなたの役にはたたんだろう。わしにも意味が わからん。だが、ここに訪れたと言う事は、わしはそれを成すべきなのだろう。どうか最後まで聞いて欲しい。」
「わかりました。お願いします。」
 役に立つか立たないかは、聞いてみないと分からない。トゥールが頷いたのを確認すると、老婆は滔々と語り始めた。
「そなたの行く道は、栄光と輝きと苦悩と涙の果てにある。そなたは大いなる力と加護を手に入れ、やがて切願を果たすだろう。 だが、それと引き換えに、そなたの大切なものとは遠く隔たれ、二度とその手につかむ事はなくなる。雫が 闇を照らすとき、この島の西のはずれに虹の橋がかかる。それを渡るか渡らないかは、そなた次第だ。」
 その声は厳かであり、語られた言葉には重みを感じた。


 予言所から出ても、トゥールはひたすら予言について考えていた。
”栄光と輝きと苦悩と涙の果て”
”大切なものとは遠く隔たれ、二度とその手につかむ事はなくなる”
”渡るか渡らないかは、そなた次第”
 切願、とはおそらく魔王を倒すことだろう。それと引き換えに、大切なものを失う。
(『もの』は『物』?それともやっぱり…『者』なのかな……?それとも、もっと他の、形にならない『もの』とか……?)
 失って困るほどの『物』は特にない。そうすると、一番考えられるのは……。
「トゥール?大丈夫?」
「うわわわわわわ、サーシャ!?」
 考えてたときに突然声をかけられ、顔を真っ赤にして一歩あとずさる。
「どうしたのさ?こんなところで。一人?」
「こっちの台詞よ、どうしたのよ、考え込んで。私は教会でお祈りをしていたの。」
「……サーシャの大切なものは、神様?」
 唐突に言われたトゥールの言葉に、サーシャは目を丸くする。
「……確かに神様は敬うものではあるけれど、大切なのはむしろ自身の信仰だと思うわ。信じて神に恥じない自分として 生きていくこと。身を清め、正しい行いをなす自分自身こそ大切なものだと思うけれど。」
 言われたサーシャの言葉は、なるほど実にサーシャらしく、教会の娘らしかったがトゥールは小さく首をかしげた。
「うん、そうだね、でも、なんか違う。……って、あの信仰のことじゃなくてさ。」
 トゥールはサーシャに予言所でのことを話した。
「大切なものとは遠く隔たれる……どういうことかしらね。」
「大切なものって何かなって考えてさ。……今のところ、ちょっと思いつかないというか……。遠く 隔たれるってなんなのかなって言うか……。」
 もしかしたら、またバラモスのときのように、サーシャを犠牲にしてしまうのかもしれない。そう思うと怖かった。
 そのサーシャや、セイやリュシアの命をもってゾーマを倒せるとしたら……。自分はそれでも虹の橋を、 渡るのだろうか。
「トゥール。」
 また少し考え込んでいたようだった。気がつくと、サーシャは真正面に立ち、トゥールを見ていた。
「あ、ごめん。何?」
「私のこと、忘れないで。」
「は?え、何?」
 あまりに唐突に言われた意味不明の言葉に、トゥールは思わず聞き返す。
「私のこと、忘れないで。お願い。私は、トゥールや皆に私をずっと覚えていてくれればそれでいいの。 私にとってそれが一番大切なことだなって。」
「……サーシャ、そんな縁起でもないよ。」
 真っ白になりながらも、トゥールがそう諌めるとサーシャは笑う。その笑顔はとても綺麗で、……どこか 昔見た泣き顔に、似ていた。
「いやあね、別に死ぬつもりなんてないわよ。10年20年30年、もっともっと。何があっても、例えば私やトゥール自身の意志で 遠い場所で隔たってしまったとしても、私を覚えていてくれたら、それはトゥールの中にずっと私が生きているって ことだなって思うから。」
 今のトゥールでは、『ずっと側にいる』とは言えない。だからトゥールはそれを他愛のない ただの言葉遊びにする決意を込めて、真剣に頷いた。
「……うん、分かった。忘れないよ、何があっても。」
 その言葉を聞いて、サーシャが本当に幸せそうに笑うのを見て、トゥールはこの顔をずっと覚えておこうと思った。


 悟りの書は本当はオルデガさんの遺品じゃないよ、という話し。
 えーと、セイとリュシアが空気でごめんなさい。大丈夫、次回はきっと活躍してくれる……はずです。

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