サーシャが駆け寄る。広がっていく血が靴にへばりつくが、かまわなかった。 そのあとを、三人が追った。 「……誰か、そこに、いるのか……?」 「…………!?」 サーシャが息をのむ。駆け寄った三人もそのまま黙り込んだ。 「わたしには、もう何も見えぬ、何も聞こえぬ……も、もし誰かいるのなら、どうか 伝えて欲しい。……わたしはアリアハンのオルデガ。……今、全てを思い出した。」 「……。」 トゥールは、ほとんど無感動にオルデガを見下ろしていた。 ずっと会いたいと願っていた人なのに。尊敬して、そうなりたいと思っていた人なのに。どうして こんなに心が動かないのだろう。 「も、もしそなたがアリアハンに行くことが、あったら……その国に住むトゥールを尋ね、オルデガが こう言っていたと、伝えてくれ……。」 父さん。トゥールは、ただ静かに心でつぶやく。 「平和な世に、でき、なかった、この父を……許してくれ…と、な……」 そう言って、オルデガは血の塊を吐き出す。そうしてゆっくりと目を閉じ、そのまま力を 失っていく。 そして、消えた。踏んだはずの血も、肉体も。なにもかも。 「……トゥールの、パパが……」 ぽろぽろと涙をこぼすリュシアの横で、サーシャはただ口を押さえて立っていた。 何も言えなかった。言うことができなかった。いたわりの言葉を口にしたかったのに、サーシャは涙を必死に抑えて立っている ことしかできなかった。 憧れの人だった。初恋だと思っていた。 この人と旅ができたら、良いだろうと思っていた。 母に、何度も聞かされた。アリアハンまでの旅の思い出。オルデガがどれだけ強く、たくましかったか。 どれだけ素晴らしい勇者だったか。 そしてアリアハンで、トゥールの母と出会った時のこと。そして 二人が恋に落ちた瞬間を見ていたと、母はサーシャに語った。どれだけ二人が愛し合っていて幸せそうだったか、 母は少し寂しそうに、それでもどこか嬉しそうに何度も語ってくれた。 ……だから思ったのだ。この人と一緒ならば、私はきっと選ばれない。この人の鍵となれば、私は私のままで、 世界を救えるかもしれない。 そう、憧れた。 強い人だった。鍵なしでは決してこられぬこの魔王の城へ、一人でくることが出来るほど。 知っていたのだろうか。知っていたのかもしれない。バラモスが単なる部下にすぎず、倒したところで何の解決にも ならないことを、オルデガは知っていたのだろう。 だからこそ、火山に登ったのかもしれない。この世界へと行く手立てを考えるために。 (私の、せい……) 間に合わなかっただろう。サーシャは幼すぎた。それでもサーシャはそう思わずにはいられなかった。追いついていれば、 共に旅をすることが出来ていれば、この世界に来るのに体の負担をかける心配はなかった。そして手助けもできた。 なのに、そう悲しむ裏で、なおも体が語る。 ”この人とは旅を望めない。” この人は、ルビスの危機に際して生まれた、誰よりも力を持つ勇者だ。それは、トゥールよりも。サーシャにはそれが分かった。 だが、この人の力はあくまでも個人の、……孤高の英雄なのだ。誰も寄せ付けず、誰も頼りにせず、わが身を傷つけ進んでいく。 だからこそ、ルビスは選ばなかった。そして……サーシャも選べなかった。どうしても。 そう冷静に考える自分が嫌で、涙がこぼれそうになる。 もし、自分が追いついていたら。一緒に旅に出たら。この犠牲は出さなくてすんだのではないだろうか。そんな やくたいもないことを考えて、胸がこみ上げる。 泣いてはいけない。今、泣く権利があるのは…………。 「サーシャ。」 トゥールは優しい目でサーシャを見つめながら、そっと背中に触れる。 「……。」 トゥールは泣いていなかった。泣くそぶりさえ見せなかった。 「泣いたらいいよ。」 サーシャは首を振る。自分が泣いたら、きっとトゥールは泣けなくなる。 悲しかったら、泣いたら良いと言っていたのはトゥールなのに。 「……いいんだ。僕は……泣く気はないから、代わりに泣いてくれると僕も嬉しい。」 それは、トゥールの気遣いだと分かっていた。けれど、サーシャはその優しい言葉に耐え切れなかった。 「ふ、うううああああああああああああああああああ。」 それは、かつて母を失った時のように、そしてつい先日、帰ってきたときのように、サーシャはトゥールの胸にしがみついて 大声で泣き出した。
|