終わらないお伽話を
 〜 砂時計 〜



「…そう、ですか。」
 エルフの隠里で、トゥールたちは夢見るルビーと、手紙を女王に手渡した。
 女王はルビーが帰ってきた事に驚き、それから手紙を見て、ぽつりとそう言った。
「事情はわかりました。この目覚めの粉を、あなた達に渡しましょう。それを風に 乗せれば、村の人たちは目を覚ますでしょう。」
 そういって、古い布袋をトゥールへと渡した。
「ありがとうございます。」
「…貴方がたには、お礼を言わないといけませんね。…ですが、私は人間が好きになったわけでは ありません。さぁ、おゆきなさい。そして、もうここには来ないで下さい。」
 冷たい視線を投げかける女王に、トゥールは優しい目で女王を見る。
「人を好きになってくれとは、僕言いません。ただ、誰かが誰かを好きだと言う気持ちを、否定しない で下さい。種族とか、そんなことにこだわらないで。…もう、こんなことがないように、祈っています。」
 トゥールはそれだけ言うと、頭を下げて玉座の前から立ち去った。


「…嘘…じゃろう?わしの、息子が…死んでいたなど……」
「手紙には、そう書いてありました。」
 嘆く老人に、トゥールは無機質な顔でそう告げた。その言葉を聞いて、老人の目から涙がこぼれる。
「ああ…眠りから覚めたわしの妻が聞いたら、どれほど悲しむか…わしが…わしが…」
「…おじいさん…。」
 そっとサーシャが手を差し伸べると、老人は首を振った。
「早く妻を…皆を目覚めさせてくだされ…わしは…一人に…して下され…。」
 四人は顔を見合わせた。そして、そっとその場から立ち去った。


 勇者たちが里を去るのを、女王は確認すると人払いをした。
「…勝手な、ことを…」
 女王はそれ以上言葉を口にすることができなかった。手に持った夢見るルビーに、ぽたんと涙が落ちる。その涙は 赤い砂となってさらさらと足元に落ちた。
 エルフ族の代表として、人間風情に弱みを見せることは許されなかった。だが、許されるならその手紙を見た瞬間 から、泣いて叫びたかったのだ。
「…アン……どうして、その身を滅ぼすようなこと…」
 知っている。その原因は知っていた。
「わたし…が、ふたりを…許さなかった…せいで…」
 許すべきだったのだろうか。
 人間と一緒になる…。それは許されない禁忌の道。神にそむく行い。それは親としても、エルフの女王としても 許すわけにはいかなかった。
 …結果、娘は、不幸の道すら選ばず…、この世から永遠に消えてしまった。
 答えは出ず、ただ足元にさらさらと、赤いルビーの粉が落ちていく。それは決して、戻る事はない。

 さらさら…さらさら…


「やな奴だったぜ…まぁ、偉いさんなんか皆そんなもんだけどな、輪をかけて嫌な奴だった。」
「でも…我が子に先立たれるのは何よりも辛いことだわ…。どうかあの方にも、神のご加護がありますように…。」
 サーシャが祈りを捧げる横で、リュシアはいつにもまして暗い顔をしていた。
「…どうして、…悲しい…自分で…」
「まぁ、当然の結果だろうな。エルフが人里で生きていけるわけがない。見世物にされるのが オチだろうしな。かと言って、…人里で育った人間は所詮野山では生きてはいけねぇ。駆け落ちしたって 居場所がねぇよ。」
 リュシアの嘆きを、セイがさっくりと切り捨てる。リュシアの目に、涙が溜まる。
「セイ、そんな言い方は…」
「別にそれしかやり方がなかったとは言わねぇよ。」
 サーシャの批判に、ため息交じりでセイがそう返す。リュシアが意外そうに見返した。
「駆け落ちだの心中だの、そんな事しか選べない根性なしだったってだけだろ。頭さげて 意地でも説得するか、駆け落ちじゃなく自分の村にさらって既成事実でも作りゃ良かったんだ。」
「…それは、乱暴な意見だと思うけど…でも、そうね。…そうだわ。まだまだお若かったはずなのに… どうして、諦めてしまったの…諦めない者には、必ず神のご加護があるはずなのに…。」
「…神ってのは残酷なもんだな。」
 ぽつりとつぶやいたセイの言葉。それはあまりにも重みがあるようで、サーシャは言葉を返すことが できなかった。

「あ、こういうのはどうかな?あの二人は死んでないって。」
「…トゥール?」
 リュシアがトゥールを見上げる。トゥールは優しい目でリュシアに笑いかける。
「うん、だからあの手紙は両親を反省させるための嘘で、本当は二人ともどこか山奥で 木の実を取ったり猟をしたりして暮らしてるんだ。時々は地上に降りてお仕事をしたりして。 大変だけど…とても幸せな暮らしをしてるかもしれない。」
 トゥールはお話を語るように、そう言った。
「何を言い出すんだよ、お前…」
「だってセイ、二人が死んだ証拠はどこにもないよ?死ぬならあんな地底湖じゃなくったっていいじゃないか。 二人とも、実はものすごい嘘つきかもしれないよ。」
 まっすぐ前を見て言うトゥールに、セイはひねくれた目を向けた。
「っは、ずいぶん前向きなこって。」
「だって僕勇者だし。そうじゃないとできないよ。」
 にっこりと笑うトゥール。その言い方がおかしくて、セイは口元を押さえた。
「お伽話。トゥール、いつも話してくれた。その方がいい。最後、幸せなの、リュシアは好き。」
 リュシアはその横で、少し顔を赤くする。サーシャは少しだけ呆れたようにつぶやく。
「信じたい事を信じるということ?」
「サーシャはどうせ信じるなら、いい事を信じたいと思わない?僕は、そうしたいな。 僕達の中では、アンさんたちは生きてる。真実が分からないなら、そっちの方がいい事じゃないかな。」
「そうね…悪くないわね。私も好きよ、そういう考え方。」
 サーシャの言葉に、トゥールは笑いかけた。
「そう、なら嬉しいな。」
「…別に、私も、オルテガ様が生きていると…信じているもの。だから、信じたいだけよ。」
 サーシャはきゅっと胸の前で、こぶしを握った。


 東から、ゆるやかな風が吹いている。ふわりとサーシャの髪が顔にまとわりつき、サーシャは耳に髪をかけた。
「いい風だな。俺たちが吸い込まなくてすむ。」
「村全体を包む、いい風だね。じゃあ、やるよ。」
 トゥールは袋を取り出し、手のひらに目覚めの粉を乗せた。
 風に乗って眠りの粉は、呪われた眠りから村人を救い出す。

 さらさら…さらさら…

 止まっていた時が、目覚めだす。それは落ちきった砂時計を逆さにした時のように、時が 動き出す音だった。

 さらさら…さらさら…


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