終わらないお伽話を
 〜 新風 〜



 青い空に、白い雲。潮風が青空に溶け込ませるように、サーシャの髪を空へとなびかせる。
「…だろ?だからさ、オレ、ちゃーんとルビーの腕輪を売ってやったんだぜ?もちろん客は大喜びだった。そりゃまぁ、 高い買い物だったかもだろうが、女のためなら安いもんだよな。」
「そう。」
 あれからどれくらい続いただろうか、船旅は、サーシャにとって地獄だった。ひたすらギーツはサーシャに 商売の自慢話をし、サーシャはそれに適当に相槌を打たねばならなかった。
 ギーツは父親との大仰な別れを済ませた後、ひたすら船の上でしゃべりっぱなしなのだ。
「まぁ、多少上乗せしたけどな。ルビーは質のいい上等のやつだし、ちゃんと磨いて仕入れの時より 綺麗だったんだぜ。それを手に入れる時も大変でさ…輸入船のやつら、足元見やがる。たしかに モンスターは…」
 つらつらとそんな話を聞きながら、ぼんやりとすごすのは苦痛だったが、どうしてもオーブは必要なのだ。 そのためには、自らの我慢が必要なのだと、サーシャはちゃんとわきまえていた。

 …正直な話、サーシャはギーツが嫌いなわけではない。リュシアなど吐く暴言は不愉快に思うし、眉を しかめる言動も多いが、プライドの高さは尊重していた。あれでいて、商売に対する勉強心があることも認めていた。 友人とは思えないし、恋愛感情ももてないけれど、一人の人間として見習うべきところはあると思っている。
「なぁ、サーシャ?」
 名を呼ばれて、サーシャは我に返る。
「ご、ごめんなさい。あんまり潮騒がにぎやかで、ちょっと聞き取れなかったわ。何?」
「なんだかんだ言っても、勇者なんてオレ達に比べりゃたいした事ないよなって。オレ達は今生きてる 人の生命線をを支えてる。でも、見ろよ、トゥールなんて勇者なんて呼ばれても、こうして船でぼんやり してるだけだぜ。」
「ギーツはえらいわね。しっかりと頑張って、商品をあるべき場所へと渡しているもの。…確かに、 トゥールみたいな未熟な勇者もどきとは違うわ。」
 いつもの調子でサーシャがそう言うと、ギーツは興が乗ったようですべるように言葉を吐く。
「まぁ、確かにトゥールは『勇者』なんてえらそうな称号は似合わないけどさ。そもそも勇者なんて怪しいもんだ。 トゥールの親父のオルテガだって、一体なにをやってるのかわからないまま自滅だろ?勇者なんて なんの役にも立たないぜ。」
「やめて、ギーツ。オルテガ様にそんなことを言わないで。」
 冷や水をかけるように、冷たく言うサーシャ。
「な、なんだよ、サーシャ…。」
「オルテガ様は何度も沢山の人を助けてきた。心の支えとなってくれた。母さんが良く言っていたわ。いろんな人の 苦難を助け、モンスターを排除して、世界を救おうと頑張ってくださったの。」
「で、でも、今は…。」
 言い募ろうとするギーツに、サーシャは言わせはしなかった。
「ごめんなさい、聞きたくないわ。私はオルテガ様を尊敬しているし、勇者の名にふさわしいオルテガ様を今でも 慕っているのよ。」
「…慕ってって…オルテガは結婚してるし、もう死んでるぜ?トゥールの母親になりたいのかよ?サーシャには そんなの似合わないぜ?!」
「そんなわけないわ。私のオルテガ様への想いはそういうのじゃないもの。ただ愛しているの。」
 その言葉に、ギーツは黙った。サーシャは黙った。

 サーシャにとって恋愛対象となりうるのは、勇者オルテガ、ただ一人だった。
 あまたの求婚者の中には、誰もがうらやむほどの大富豪も、誰もが認めるほどの人格者も確かに存在した。それでも、 サーシャはほとんど会った事がないオルテガに想い、焦がれる。
 今ここに居てくれたら、きっと自分を喜ばせて、安心させて守ってくれるだろう。
 ただ、トゥールの母、メーベルが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。メーベルを愛する心ごと、サーシャは オルテガを想っていた。…いいや、メーベルがいるからこそ、オルテガを愛しているのだと言ってもいい。
 叶わぬ恋とも思わない。手に入れたいとも思わない。…その思いが明らかに矛盾していることに、サーシャは気がついて いなかった。…それは、いみじくもセイに言った『特別じゃない想い』そのままだと言う事を、サーシャは 気がついていなかった。

「…ギーツ?サーシャ?そろそろ着くけど…何やってるのさ?」
 そこにトゥールが顔を出した。セイはギーツに嫌われているので、徹底的に避けるようにしていたため、二人に話しかけることは 全てトゥールが行っていた。
「そう。行きましょう、ギーツ。貴方の町になるところに着いたわよ。」
 サーシャは今までの空気を払拭するために、最上級の笑顔でギーツに呼びかけた。





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