凍りついた四人に気がつかず、院長はサーシャをじろじろと見ながら話を進める。
「最初はどうかとも思ったが、そなたは礼儀も正しく、神への興味もあるようだ。 むろん、院に入った者には基本、結婚は許しておらん。だが幸いにしてもうすぐ祭りが……」
「院長様はご冗談がお好きなようですね。このような形でプロポーズされるなど、思っておりませんでした。」
 サーシャは院長の言葉を遮り、にっこりと笑った。が、目は笑っていない。なまじ美しいだけに とてつもなく恐ろしい笑みに、院長も黙り込む。
「わしにではない!!大会の優勝者だ!!このままでは収まりがつかぬのも事実だ。もうすぐ祭りだ、それまでに なんとかしなければこちらも困るのだ。」
「それはそちらの都合でしょう。そもそもの原因は心の修行が足りず、サーシャに心奪われた貴方の弟子でしょう。 それをサーシャを生贄に捧げる形で解決されても困ります。」
 院長の言葉に、トゥールが傍目から分かるほど怒りのオーラを湛えて言い返す。
「い、生贄などと、などと……。」
「違うんですか?」
「いや、そんなつもりはなく……。」
「違うんですか?」
「いや、」
「違うんですか?」
 曲がりなりにも勇者トゥールの本気を敵うものなど、この世界には数少ない。真正面からぶつけられればなおさらだ。
 その数少ないものの一人が、トゥールが追い詰めている横から口を出す。
「……院長様。申し訳ありませんが、私としてしても、それは容易に承認できません。今結婚する気は ありませんし、知らない方ならなおさらです。」
「しかし時間がない。もうじき祭りだ。武闘大会の優勝候補までも腑抜けておって、修行すら怠る有様。このままでは 他の者に優勝されてしまう……それでは困るのだ。」
 ぶつぶつと子供のように言う院長に、トゥールは怒りを収めて問いかける。
「その武闘大会というのは?」
「……もうすぐ祭りがある。この修道院が出来たことを神に感謝する、この街をあげての祭りだ。そして 6年ほど前から、モンスターが活発になってきた街の人々に娯楽を提供しようと、修道院が武闘大会を 開催している。」
「こちらがその募集要項です。」
 ふと気がつくと、最初にサーシャたちを呼び出した男が、何かの紙を四人にそれぞれ手渡した。
「なんで修道院が武闘大会なんてやるんだ?俺の知ってる教会は、そんなもん断じて認められんって感じだったがな。」
「心清きもの、体清くあらんと。心を鍛え、体を鍛え、真の勇者の称号を得たとき、いと高き山の光の中で天界に導かれる。これが この街に伝わる言い伝えだ。ゆえにここでは知識だけではなく体を鍛えることを推奨している。それにモンスターの活動が活発に なり、街の皆を守る必要もある。だが、自らのためとはいえ、誰にも認められない、というのはやる気が出ないものだ。」
 その言葉に、四人が顔を見合わせる。天界。それはもしかして。そして 『真の勇者の称号』が何を示しているのかはわからないが、トゥールがその条件を満たしている可能性は高いのではないだろうか?
「……なるほどな。他のもんに優勝されて困るって言うのは、この商品のことか。」
 セイが渡された書類の一部をぱん、と指で弾きながら言う。そこには『優勝者には望みの物を修道院から授けられる』と 書かれていた。
「我らの弟子は、その誉れのみで満足するが、俗世の者はそうはいかん。どのような無理難題を言われるかわからんからな。」
「それって詐欺って言うんじゃねぇのか……。」
 セイが小さな声でぼそりとつぶやくが、幸い院長には聞こえなかったようだった。
「わかりました。お引き受けいたします。」


 サーシャが、読んでいた書類から目を離し、言った言葉に、院長はいぶかしげに言葉を返す。
「引き受けるとはどういうことだ?」
「察するに、私をその優勝商品になさるおつもりだったのでしょう?お引き受けします。」
 にっこりと笑って言うサーシャの言葉に、三人は凍りつき、院長は顔を明るくした。
「おお、引き受けてくれるか?うむうむ、我が弟子は清廉かつ強剛、そして勇壮だ。その頂点に立つものゆえ、必ず そなたも気に入るだろう。」
「ええ、まさにそれは私の理想の相手です。ただしこう言っては失礼ですが、 八百長などを疑ってしまう気持ちもございます。なにせそちらが主催の武闘大会ですし。」
「そのような事はない!」
「院長様が関知していなくても、心優しい僧侶様達が、私と誰かを結びつけるために名誉を譲ると言う可能性は ないとも限りません。それに私も旅人としてこれまで戦ってきた矜持があります。ですから、優勝者には、 最後に私と戦っていただいて、私が負けたらその方の全てを認めて嫁ぎたいと思います。」
「……ふむ、まぁ良かろう。」
 しぶしぶ言った院長の心に、弟子が負けることはありえない、という気持ちが芽生えたのを感じ、サーシャは畳み掛けるように 言う。
「そしてもし私が勝ったら……その時は私のことを院長様、認めていただきたいと思います。よろしいですか?」
「わかった。武闘大会は10日後だ。それまでに何度かそちらも院に足を運んでいただきたい。よろしいか。」
 院長が立ち上がるのを見て、サーシャも美しい笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、わかりました。お約束は守りますわ。それではまた。」
 そしてその言葉が終わり、院長が部屋を出ても、三人はあんぐりと口を開けていた。


 まるで彫像のように止まっている三人に、サーシャは心配そうに声をかけた。
「……三人とも、大丈夫?」
「サーシャ、お嫁に行くの?!」
 リュシアがすがりつくようにサーシャに声をかける。サーシャは安心させるようににっこりと笑う。
「行かないわよ。私がシード権を得ただけよ。何人も戦えば疲労なんかもあるだろうけれど、一戦だけなら 訓練しているだけの僧侶に負けないわ。」
「でも、ずっと優勝している人達なんだって……。」
 リュシアの言葉に、セイは苦笑する。
「そりゃま、そうだろうな。こんな規定なら勝てるわな。刃物不可、遠距離攻撃武器不可、 攻撃呪文不可、道具使用不可だもんな。勝利条件は相手が気絶するか降参するまでか。 要は打撃と補助、回復呪文しか使えねーって事だ。そうなると武術の訓練をしてる 僧侶がぶっちぎりだろうな。」
 名目上は間違っても他人を殺すことのないように、ということだが、果たしてどうだろうか。
「いくらなんでも私より呪文に長けてる人が、そうそういるとは思えないし、……言ってはなんだけれど、 私を好いてくれているなら卑怯な手段を使ったりしないでしょうしね。卑怯だとは思うけれど、 ……どうしてもロンダルキアに行かなければならないでしょう?」
「……だからってどうして勝手に決めるんだよ。」
 その声には、確かに剣呑な響きがあった。
「トゥール……。」
「サーシャを犠牲にしてまで帰りたいなんて思ってないよ。なのに……勝手だよ、サーシャ。」
 トゥールはそう言うと、ふいっとそのまま教会を出て行く。
「トゥール!」
 リュシアがその後を追いかける。サーシャはその場に立ち尽くした。
「……いいのか?」
「……怒らせて、しまったわね。」
 セイの問いかけに、サーシャはしゅん、とうつむく。喧嘩した事がないわけではないが、やはり心に堪える。相手が 心配してくれているだけに尚更だ。
 それでも取り消しは出来ない。サーシャの心の中には一種の罪悪感のようなものがある。聖なる守りとして ここに来るべきだった自分に巻き込んで、この世界に閉じ込めてしまった仲間たちへのだ。
「……セイ、謝っておいて。心配させてごめんなさいって。あと、応援してくれたら……嬉しいわ。」
 サーシャは結局そう言うと、そのまま教会を出て、宿と逆方向へと歩き始めた。


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