あれから結局トゥールとは顔をあわせなかった。修道院に行き、僧達や修道女に捕まってしまい、 色々な話を聞いているうちに、泊り込むことになったからだった。
 修道院に滞在していたためか、サーシャのファンは更に増え、今年の武闘大会の参会者は例年の1.5倍に なったらしい。良いのか悪いのかはわからないが。
 そうして意外なことにここの修道女は修行が行き届いているためか、こんな騒ぎを起こしたサーシャにとても 良くしてくれた。修道女は基本、神に身を捧げたもの達だが、金持ちの娘が花嫁修業に訪れることもあるらしく、 サーシャにもそう接してくれた。
「サーシャ様、お友達ですわ。」
「……サーシャ。」
 現れたのはリュシアだった。当たり前だ。ここは修道女の修行場。男子禁制だ。
「リュシア。」
「予選が終わったから……。」
 武闘大会は明日だ。ただその前に本戦に出る選手を決める予選がある。どうやら盛り上がっていたようだったが、混乱を抑えるために サーシャは一日、ここに閉じこもっていた。明日も出番が来るなら直前まで 控え室にいる予定だった。気が揉むが仕方がない。
「そう。どうだったのかしら。」
「……すごい人だった。皆怖かった……。」
 リュシアが小さくそう言うと、サーシャは少し不安そうに天を仰ぐ。願わくば、自分の出番がなければいいのだが。
「……トゥールは怒っていた?」
「サーシャは、トゥールに会わないの?ずっと会いに来なかったの、どうして?」
 問われて、リュシアは少し小さく笑いながらそう問い返す。
 サーシャは黙り込む。そうだ。今日はともかく、それ以前なら会おうと思えば会えた。それをあえて会わなかったのは……。
「……トゥール、怒ってないよ。心配してた、大丈夫。」
「そう。心配かけてしまったわね。でも、必ず勝つわ。そしてロンダルキアに登って……元の世界に帰りましょう? 怒らせてしまったトゥールのためにも、私頑張るから。」
 トゥールの気持ちも分かる。おそらくあの事件のことを、自分のせいだと気に病んでいる。だからこそ、今回のことも それに重ね合わせて許せないのだろう。ここに三人を残してしまった自分が罪悪感を覚えているように。
 サーシャが沈んでいると、リュシアが背中をぽんぽん、と叩いた。
「サーシャも一緒に、だよ。頑張って。大丈夫、何にも心配いらないから。」
 そう笑うリュシアに、サーシャも静かに微笑んだ。


 頭には月桂樹の冠。そして銀の縁取りのある、美しいローブ。 首や手首足首に飾られた、銀のアクセサリー。それをつけているサーシャはまさに女神と見まごう美しさだった。
 優勝商品と言うと色々と問題があるので、今のサーシャはルビスの代理として降り立ったという筋書きだった。 皮肉なことだと思う。
 だが、そう思う以上に心臓が脈打っている。緊張のあまり気持ち悪いと感じるほどだ。
 落ち着かなければ。こんなもの、魔王に挑むことを考えれば楽なものだ。魔王より強い人間など いないのだから。
 そう思うけれど緊張するのは、やはり自分一人だからだろうか。皆は 何をしているだろうか。見ているのだろうか。トゥールは、怒っているだろうか。
 ぎゅ、と握るのはルーンスタッフ。攻撃用の杖だ。持っている中で規定にあう武器ではこれが一番強かったのだった。
 頭の中で戦略を練る。大丈夫。きっと出来るはずだ。
”わーーーーーーーーーーーーーーーーーーー”
 ひときわ歓声が上がる。そうしてしばらくして後、サーシャの控え室の扉が空いた。
「サーシャ様。優勝者の方が決まりました。どうぞ。」
 そう呼ばれ、サーシャは立ち上がる。足が震えているのは武者震いだと言い聞かせ、椅子を立って歩き出した。
 勝とう。そして勝利を持って、トゥールに謝るのだ。


「さて、皆も聞き及んでいるだろうが、ここで優勝者には記念試合をしていただきたい。 精霊ルビスに捧げるための盛大な戦いを期待している。」
 そう言われ、サーシャは武闘場へと足を運んだ。周りの皆が、サーシャの美しさに息を呑んだ。
 だが、そのサーシャも息を呑んだ。
 その目の前にいるのは。ひのきの棒を持ったトゥールだった。


 なにやら長い前置きが語られたようであるが、サーシャには何も聞こえなかった。
(どうして、トゥールが、ここに……?)
 どうしても何もないだろう。わかっている。ここにいるのは武闘大会の優勝者だ。
 トゥールはこちらを見なかった。ただ、長々と話す院長の話をじっと聞いているように見えた。
 混乱でうつろになりながら、戦いの邪魔にならないようになんとか衣装を取り払うと、定位置に着く。
 すると、ようやくトゥールがこちらを見た。久々に会うトゥールは、怒っている様子はなく、 かといって微笑むでもなく、初めて見る対戦相手へと態度を崩していない。…そこで初めて気がつく。
 トゥールをこの立場で見るのは初めてだった。今まで指導はされていても、対戦する事はなかったし、一緒に 戦っていても、見えるのはトゥールの横顔か背中だった。
 今は真正面からトゥールを見ることができる。それはとても新鮮で、不思議な気分だった。
「はじめ!!」
 そう声がして、サーシャは身構える。
「本気で行くよ!!」
 トゥールがそう宣言して呪文を唱える。だが、すばやさはサーシャの方が上だ。
「マホトーン!!」
 サーシャの呪文を受けて、トゥールは悔しそうな顔をして呪文を止める。サーシャは容赦なく自分にスカラをかける。トゥールの 棒がサーシャを殴打するが、それは魔法に守られ、ほとんど痛みを感じなかった。トゥールが二度、三度サーシャを殴打 する間に、サーシャはスカラを重ね、そしてバイキルトをかけた。
 予定していた通りの行動が取れ、サーシャはホッとしながらも杖を向けた。
 トゥールの棒が腰を打ち据える。だが、それはまったく痛みを伴わない。そしてそれを返すようにサーシャはトゥールの腕を 打つ。それは相当なダメージになったはずだが、トゥールはこちらを厳しい目で見ながらも、棒を取り落とすことなく、 こちらへとまた棒を向ける。
 厳しい剣戟になった。まるで踊るようにお互い立ち位置を変えながら、 足に、手に、肩に、トゥールの打撃がわずからながらも入っていく。サーシャはそれを負けじと杖を 向ける。
 まっすぐな目。こんな不利な状況でも決して諦めず、その強い視線で、トゥールはサーシャを貫いていく。
 魔王は、モンスターは、ずっとこんなトゥールを見てきたのかと、そしてこの目で、今まで勝ち抜いてきたのかとそう思うと、 なんだか胸が熱くなった。
 そろそろ、トゥールの体力もなくなる頃だ。あと少しで、この光景が終わってしまう。それが寂しかった。
 トゥールが肩で息をしながら、すっとサーシャの横に入り、そして耳にささやいた。それは、どこか甘い響きさえ 持っているようだった。
「ラリホー」
 くらりと、サーシャの視点が暗転する。魔法は来ないと油断していたサーシャにまともに入った呪文は、徐々にサーシャの 頭を眠気で支配していく。
(……呪文、効いて、なか……った……)
 地に伏せようとするサーシャの背中を、暖かい手が受け止めたような、気がした。


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