トゥールは液体が入った瓶を取り出しておいた。
「母さんが特製のフルーツジュースを作ってくれたんだ。あとで飲んで。」
「ありがとう……でも、どうして……?」
 そういいながら、サーシャはけほっとせきを吐く。トゥールが少しうろたえながら答える。
「無理して話したら駄目だよ。買い物途中のリュシアに会ったんだよ。風邪ひいてるって聞いて。誰かが側に いた方がいいかなって。」
「……ありがとう……。」
 寂しかったサーシャは素直にそう礼を言う。あまりにもあっさりとそう言われ、トゥールは少し照れながら笑った。
「これでも病気の人に着いているのは得意なんだよ。なんならお伽話でも聞かせてあげようか?」
「……そうね、それも、いいかも、知れないわ……。」
 母にお伽話を聞かせてもらったのは、いつだっただろうか。きっと今はルイーダやリュシアがシェリー達にお伽話を 聞かせているはずだ。
 目を閉じて、トゥールの少し低くなった声で、そう語られるのもきっと心地良い。そこまで考えて、サーシャはトゥールを 凝視した。
「え、な、何かついてる?」
「いいえ……あの、王様と色々話したのでしょう?そのあたり、聞きたいわ。」
 サーシャにそう促され、トゥールは色々と事務処理をしたことを話した。下の世界のこと。そこで精霊ルビスに あったこと。いつかそちらの世界に戻り、骨をうずめないといけないと誓ったことなどだ。
「王様、残念がってくださったよ。あ、そうだ、サーシャとリュシアにも、一度話を聞きたいって。なんだかダーマの方から 要請がでてるらしくて、賢者の権威がうんぬんって。他の国からの引き抜きもあるみたい。もちろん しっかり風邪を治してからだけどね。」
 そういうトゥールを、サーシャは観察するようにじっと見た。
 旅立つ頃は、ほとんど変わらなかった背が、ぐっと伸びて、気がつくと見上げている。当たり前だが手足も ずっと太く、たくましい。旅立つ前の声は、もう少し高かった気もする。
 けれど、こちらを見る目は変わらない。優しくて、柔らかで……。
「サーシャ?大丈夫?」
 じっといたわるようにこちらを見るトゥールを、サーシャはぼんやりと眺める。そっとトゥールはサーシャの頬に 両手を当てる。
「やっぱり熱が高くなっちゃったかな。ごめんね、無理させて。僕そろそろ帰るよ。ゆっくり休んで。」
 そう言って立ち上がろうとするトゥールの手を、サーシャはとっさにつかんだ。

「サーシャ?」
 不思議そうに見下ろすトゥールに、サーシャはすんなりと言葉を発することが出来た。
「……行かないで。」
「ほぇぇ?!」
 驚きの余り大声を出し、とっさにトゥールは口を押さえる。
「えと、……風邪で、寂しかった?初めてだもんね。じゃあ寝るまで一緒にいるよ。」
 サーシャはこくんと頷くと、トゥールは照れながら椅子に座る。
「……なんか昔のリュシアみたいだなぁ。」
 そう苦笑するトゥール。自分は、そんなトゥールを何度も困らせてきた。それでも、側にいてくれて……。
「トゥール。」
「ん?」
「好き。」
 とても素直に、心からの言葉をサーシャは口にした。


 トゥールは固まっているようだった。
「……ずっとトゥールに、会いたかった。トゥールが、好きよ。」
 そういわれて、トゥールは握られていた手を引き離す。
「……ごめん。」
 トゥールはそう、一言だけ言うと、そのまま部屋を出て行った。

 最初は分からなかった。どうしてトゥールが部屋を出て行ったのか。トゥールがどうして謝ったのか。
 やがて、じわじわとそれが心にしみてくる。
 ぽろりと落ちた涙が、やがて新しい涙を引き連れてくる。
(……私、振られてしまったの……ね……。)
 涙は当分、止まりそうもなかった。


 こんこん、と控えめにノックされ、サーシャは覚醒する。どうやら泣きながら眠ってしまったらしい。
 入ってきたのはリュシアで、サーシャは がっかりしながら起き上がりかけた体を、ベッドに戻した。
「サーシャ……サーシャ?!!どうしたの?苦しい?目、真っ赤?!」
 そう言われ、サーシャの目からぽろりと涙がこぼれる。
「サーシャ?風邪ひどくなった?お医者さん呼ぶ?」
「いいえ、違うの、大丈夫……。」
「大丈夫じゃない!!」
 飛び出していこうとするリュシアを、サーシャは止める。
「違うの!あの、私、失恋した、だけ。だから……大丈夫……。」
「失恋?誰に?」
 あまりにも予想外な一言に、リュシアはそのまんま聞き返す。
「……トゥールに、ごめんなさいって……。」
「そんなこと、あるわけない!!!」
 思わずリュシアはそう叫ぶ。
「……でも、言われて、しまったから……好きだって言ったら……ごめんとしか答えて、くれなかったから……。」
「わたし、トゥールに問いただしてくる!!」
 リュシアはそう叫ぶと、サーシャが止める間もなく、部屋を飛び出した。

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