精霊のこどもたち
 〜 はじまりへの破壊 〜

 精霊のこどもになった時の感動は決して忘れられるものではない。
 それは2年前のレオン16歳の誕生の日。
 いつもと同じ玉座の間。そこは神秘的に飾り付けられていた。
 正装をした国王は、いつもの父親とも思えない威厳を放ち、
 剣を握った自分に、かの偉大なる建国の王がルビスから与えられた物といわれる”ロトの印”が目の前に 差し出させる。
 自分が口にする誓いの言葉に、人々は次々に祝詞を口にし。
 ほのかに光るような美しい印が、自分に祝福を与える。
『レオンクルス・アレフ・ロト・ローレシア』
 初めて今のフルネームが自分に与えられた、その瞬間。
 ただの人ではない幸福。一人前として認められた喜び。そして、肩にかかる重み。
 自らの名に”ロト”を冠することを許され、今まで人であった自分が、人でなくなるその時を、今も 胸の奥の一等大切な所にしまいこんである。

(あいつは、もう終ったのかな…)
 約3年前に思いをはせながら、レオンは遠い兄弟国ムーンブルクの王女のことを考える。
 かの王女は3ヶ月前の満月からその精霊の儀式の為、潔斎に入っているのだ。
 精霊の儀式はロト王家直系の子の16の誕生日に、ロト三国で必ず行う儀式であるが、その中でもムーンブルクは特別である。
 その儀式はムーンブルクの秘儀中の秘儀。その内容はおろか、日付まで決して漏らされることはない。それを 秘す為に、王妃は身ごもってから5ヵ月後の満月の夜、塔に入る。そして、それから1年後の 満月まで、王妃とその子は塔から出る事はなく、極限られた者を除いて誕生の日を精霊の儀式まで隠しとおすのだ。
 そこまですることに、いくつかその理由が囁かれている。その精霊の儀式では、ある一つの秘宝が使われ、 それによって王子王女にさらなる魔力を与える素晴らしい宝であるとの噂。その秘儀秘宝は人に見られる事で その威力を落としてしまうとの噂。その秘宝が表に出る唯一の日を狙って悪しきものがその宝を 狙おうとするのを防ぐ為だとも伝えられている。ただ単に 魔法大国ムーンブルクにとって儀式とは秘すべき事によって成り立つからである、という説もあり、その真相は明らかではない。
 だが、約100年続けられてきた儀式に、確かに意味があるのだとムーンブルク王家は主張し、各国もそれに反対は 見せていない。

 さて、なぜローレシアの若き王子レオンがその精霊の儀式の心を馳せているのかと言うと。
(…精霊の儀式がおわりゃ、リィンの誕生パーティーだもんな…しばらく上手いもん食えるし、勉強しなくて済むもんな…)
 ということで、秘されていた誕生日が公開され、初めてムーンブルクの王女リィンディアの誕生日に各国が招待され、祝宴を 披露されることになっていた。
(ルーンの奴も来るんだよな。ちょっとは強くなってっかな…)
 サマルトリアの第一王子ルーンバルト。自分より一つ下の王子。それともうすぐ行われる祝宴の 主役リィンディア王女の三人は、年も近い事もあり、親しき友であった。その三人に久々に 会える事をレオンはとても楽しみにしていた。
 三国が集うときにはいつもある恒例行事には頭が痛いが、それでも楽しみにしていた。
 その日常を
 一人の兵士が
 砕いた。


「な…!」
 緊急の鐘が鳴り響き、レオンは玉座の間の自分の席に居て、その緊急の要件を聞いた。
 体は既にぼろぼろで、背中からは大量の血がにじんでいた。その距離は遠いにも関わらず、血の匂いがする。
 だが、兵士はそのことについては、何も言わなかった。
「ローレシア王!大神官ハーゴンの軍とと名乗るモンスターの集団が、我がムーンブルクの城に攻め入りました! 我が城はほぼ壊滅状態にあります!大神官ハーゴンは禍々しい神を呼び出しそうとしていると、聞いております! 何とぞご対策を……我が城に…援軍を…」
 一気に言った。そして…目的のなくなったその兵士は、その場で、命を手放した。王は 兵士を呼ぶ。
「…この者を手厚く葬ってやれ。」
「この地でよろしいのでしょうか?ご家族にご連絡などは…」
「…この国の葬儀にふさわしい死に方だった。」
「かしこまりました。」
 何人かの兵士がなくなった兵士を布で包み運んでいった。
「やはりハーゴンの手の者か・・・」
 その落ち着いた言葉に、レオンは父王をにらんだ。
「知ってたのか?前から、判ってたのか?」
「先ほどムーンペタにいる者からハトが来ていた。モンスターが統制を持ってムーンブルク城へ攻め込んだと。」
「じゃあなんだって何もしてねえんだよ!」
 食ってかかるレオンに、父は動揺もせず答える。
「要請がなかった。相手が望まぬのに介入するのは良くなかろう。」
「人の命がかかってるんじゃねえのか?」
「簡単に撃退できたかもしれんだろう。余計なことはしないほうが良いのだ。余計な事をして、 我が国の兵士の命が奪われたらどうする?」
 わざとらしく舌打ちをするが、そんなものでどうこうなる父親ではない事はわかっていた。それでも 腹だたしく、落ち着いている父に、レオンは怒鳴りつけた。
「親父!どうすんだよ!今から援軍とか出さねえのかよ!」
「もうすでに援軍は手遅れだ、いまさら行っても間に合わん。」
「でも誰か助けられっかも知れねえだろうが!」
「もう、モンスターは居ない。手遅れだ。」
「戦うんじゃなくて、救助とか援助とかはしねえのかよ!」
 ほとんどぶちぎれたレオンに、父は平静に言う。
「そんなことをしても何の得にもならん。もう、ムーンブルクは崩壊した。王家の者も、恐らく生きては おらんだろう。サマルトリア王と土地分譲について相談せねばな。」
 父王は話を切り上げて立ち上がる。


 その父の背中に切りつけるように叫ぶ。
「それでも勇者の末裔かよ!!ふざけんな!」
「レオン、お前は口を出すな。これは国の問題だ。お前はそれに携わる権利を持ってはおらん。」
「あーあ、そうかよ、判ったよ!」
 レオンは完全に切れていた。
「ああ、そうだよな、俺はまだ国政とは関係ねえよな、判ったぜ親父。俺はこれからムーンブルクに行ってくるぜ!」
「レオン?何を言っている?」
「また生きてる奴がいるかも知れねえだろ?ムーンブルク王や王妃やリィンだって生きてるかも知れねえだろうが! …親父は死んでた方が都合がいいんだろうけどな!」
「誰もそんなことは言っておらん。」
「ともかく俺は行って来るぜ!ロトの末裔としてな!」
 だてに17年(もう少しで18年だが)勇者に憧れていたわけではない。剣術でレオンに勝てるものはローレシアには いないし、実際何度か実践も積んでいる。
「俺はアレフの血を引くものとして、親父みたいな恥知らずにはならねえ!!」
「そんな勝手は許さんぞ、レオン!レオンクルス!!」
「うるせえ!俺は親父の息子じゃねえ!精霊のこどもなんだからな!親父にどうこう言われたくねえよ! それに俺は国政とは関係ねえんだろ?」
「余計なことに首を突っ込むな!!大体お前に何ができる!!」
「知るか!とにかく俺は、リィンを助けに行くぜ!!そして世界を救ってやらあ!!!」
 レオンは立ち上がって叫んだ。王が怒鳴る。
「関係ないことに手を出すなと言っている!!」
 その言葉に、にやりと笑う。
「関係ない?…そうなくしたのは親父の意思だぜ?婚約者を助けに言って何がわりぃ?」

 そう、ムーンブルク王女とレオンは、幼い頃からの婚約者だった。
 13年前親同士でその約束が交わされ、7年前、レオンがその婚約に初めて合意して以来だった。 様々な事情により、公の約束ではなく口約束に過ぎず、結局今まで結婚はおろか、婚約の儀は交わされては いないのだが、最初その約束が持ち上がったときから、父は非常にその話に乗り気だったのだ。いや、 その言い方には語弊がある。嫌がるレオンを無視し、その約束を取り付けたのは、他ならぬ父だったのだから。
 だが、最初はいやだと拒否していた自分が、婚約に同意しようと決めた時、自分は誓ったのだ。
 リィンを、守ってみせると。

「もはや国がない今、意味をなさぬ!そのようなことが許されると思っているのか、レオン!!」
「うるせえ、くそ親父!てめえが決めた策略に乗ってやってるんだろ!!黙って見とけ!!」
 それ以上、語る事は何もなかった。レオンは部屋へと駆け込み、急いで支度を整えた。


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