旅の準備は手馴れていた。もともと外に遊びにいくのが好きで、城下町は自分の庭のようなものだし、 リリザにも二回ほど足を運んだ事がある。父の手の者に妨害されるのが厄介だが、それ以外は 何の問題もないだろう。
 適当に旅の準備をして、路銀になりそうなものを漁った。銅の剣を手早く取った。
「…見守ってて下さい。」
 そうしてつぶやいたレオンの前には、レオンの顔があった。
 …正確には違う。この肖像画は、この国の建国の王、アレフガルドを闇から救い上げた勇者、 アレフの肖像画だ。
 レオンは、アレフの死後、ちょうど100年後の日に、アレフを映したような容貌を持って生まれてきた。 そして、年を取るごとにどんどんとその肖像画に近づいて成長していく。
 レオンにとって、アレフは憧れだった。麗しの姫君を助け出し、魔族を倒し、人々を 絶望から救い出した勇者。そしてこの国を作り上げ、人々に安定をもたらした王。小さい頃から、 絶対に自分もそうなるのだと決めていた。
 …だから、少し心が躍っていた。…自分も勇者になれるチャンスだと、それが少しうれしくて。レオンは アレフの肖像画に一礼をして部屋を飛び出た。


(で、どうすっかな…)
 窓から出ようと思ったが、見ると兵士が何人かうろうろしていた。当然入り口にも兵士が見張っている。
 周りを伺いながら、できるだけ人のいないほうへと歩く。
「レオン様…」
 レオンの肩がびくっと上がる。
 目の前には、16歳ほどの少女。メイドにしては品がよく、美しい少女だった。
「私です、レオン様。」
「あ、ああ、ティーナか…」
 レオンの側仕えとして雇われているティーナが困ったように笑っていた。レオンの表情が固まる。レオンは 女が苦手なのだ。
「王様が大騒ぎしていらっしゃいましたわ。…旅に出られるのですか?」
「そうだ。」
「ムーンブルクにいかれるとかおっしゃっておりましたけれど…」
「ああ、そのつもりだ。」
 ティーナはレオンに近寄った。レオンは硬直しながらも一歩下がる。
「とても…危険なのではありませんか?私…心配です。」
「大丈夫だ。そうだ、せっかくだからこの機会に俺の側仕えを外してもらえ。お前が側仕えなんて認める気もないから 心配はいらないが、親父もうるさいからな。お前も迷惑しているだろう。」
「いえ…」
 ティーナは苦笑して、首を振った。
「それは…良いのです…私は…」
「お前もいい家なんだろ。俺の側仕えを止めたら、いい男みつかるだろう。」
「いえ、私は…レオン様以外の方なんて…いいえ、そんなことは良いのです。」
 少し涙ぐみながら、ティーナはレオンに訴える。
「もし、私が止めたら、旅にやめてくださいますか?」
「な、なんで、お前が止めるんだよ…親父に報告するのか?」
「い、いえ…私、私、レオン様に危ない事を、して欲しくないのです…。」

 そのティーナの目から涙がこぼれようとしているのを見て、更に硬直するが必死に首を振る。
「わ、悪いが、俺は行く。」
「…申しわけありませんでした。…忘れて下さい、身分をわきまえない、私の想いなど…」
「あ?なんだ?なんか言ったか?」
「いいえ、何でもありませんわ。」
 そう言って、ティーナはにっこりと笑う。
(…女はこれだから嫌だ…)
 わけのわからんことを言ったかと思えば、突然泣き根拠もなく笑う。その判らなさが、レオンが女は 苦手だと思う理由だった。
「それよりも、ここから出られるのでしたら、王妃様に挨拶なさった方がよろしいと思いますわ。王妃様ならきっと 判ってくださいますし…そのあと王妃様の部屋の窓から出られてはいかがでしょう?あそこは城門から 死角になっておりますから…」
「ああ、そうか。そうだな。母上には言っていった方がいいかもな…」
 病弱で、部屋にこもりきりの母を思う。自分が無断で出て行ったら、それこそ倒れかねない。
「そこまでは私が案内しますわ。こちらへ…」
「悪い。世話になる。」
 あとは無言だった。気まずい沈黙だったが、会話する事もなかった。なぜかティーナがちろちろとこちらを見るのが、 また気まずかったが、レオンは気にしない事にした。

「じゃあ、悪いがこの事はできるだけ黙っててくれ。」
 王妃の部屋の前で、顔も見ずにレオンはティーナにそう言った。そして、部屋へ入った。
「レオン様…私、レオン様のお側にいられるなら、側仕えでもなんでもかまいませんのに…」
 溜めていた涙を、扉の前で流した。


「まぁ、レオンクルス…どうしたの?」
 もうすぐ18になるレオンの母とは思えない幼げな表情を持った、女性だった。病弱で、 脆い印象がある。レオン自身はそれなりに大切に思ってはいるのだが、どうにもどう反応して良いかわからない。
「母上、私は旅に出ます。ムーンブルクが魔物によって攻撃されたのです。…何かできることがあるかと思いまして。」
 驚くかと思いきや、王妃はため息をつく。
「そう…貴方は幼い頃から勇者アレフ様にあこがれていたものね…それも宿命なのかもしれませんわね… くれぐれも気をつけてくださいね…」
「はい、母上。無礼だと思いますが、その窓から外に出てもかまいませんか?」
 うっそうとした林が見える窓を指差して、真顔で言うレオンに、王妃は笑った。
「あの人に、反対されているのですね…本当は私も反対したいのですよ、私のたった一人の息子ですもの。 …ですけれど、男の方は無鉄砲に出かけてしまうものですものね、仕方ないのですわ。」
「申しわけありません、母上。」
 真面目に言うレオンに、王妃は首を振る。
「いいえ、男の人はそう言うものですわ、あの人も昔はちっとも城にいてくださらなかったですから。 ただ、レオンクルス。一人は、よくありませんよ。一人で為せることは限られているのです。まして、貴方は 魔力がないのですから…」
 ロト王家の者には多かれ少なかれ、必ず魔力が備わっている。だが、レオンは初めて呪文を学んだ10歳の時に、 『この王子には魔力の欠片も感じられない』と宣言され、そして今なお呪文はつかえない。
 そのことに多少はコンプレックスはあるが、普段はあまり気にしていない。だが、少し悔しいと思うのは こんな時だった。
「貴方は自分の傷も癒せないのですから…せめて共の者を一人連れて行きなさい。」
「心配いりません、母上。…既に目星は付いておりますから。」
 さらりとそう言って、一礼した。そして。
「行って参ります。」
 窓から身を躍らせた。


「なんだぁ…?」
 肩で息をつきながら、レオンは剣の血をふき取った。
「何でこんなに魔物がいるんだ…?」
 今まで二回、リリザへ一人旅をしている。旅路は往復で4回になる。だが、その旅路でモンスターが出たのは、たった二回だけな のだ。
 だが、リリザへの旅の4分の1も行かない内に、その記録は破られた。既に6回目だ。しかも群れを組んで現れるのだ。 体力に自信のあるレオンが、肩で息をするもの無理はない。
「くそ…やばいかもしれねぇな…」
 弱音を吐くのは嫌いだが、現状把握が出来ないほど愚かではないつもりだった。
 一つの当てを思い描いて、レオンは頭を掻く。
(つーか…もし俺が一人で黙って言ったりしたら…あいつ…)
『ひどいよー、レオンー。僕を、置いていくなんてー』
 そう言って拗ねる様がありありと浮かぶ。一緒にいてもとろくてうっとうしい人間に違いないが、置いていっても うっとうしいだろう。
 その姿と、心配する母の姿が交互に浮かぶ事しばし。
「…しゃーねーか。」
 一人旅も気楽だったんだが、と愚痴りながら、レオンは道筋を変更する事を決意した。


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