リリザ、それはローレシア大陸きっての宿場町であり、ローレシアとサマルトリア、ひいては ムーンブルク大陸につながる街道のちょうど真ん中にある、比較的大きな町だった。
 ざわざわとした人の流れ。活気。声を張り上げる商人達。
「…とりあえずついたか…」
 そろそろ用意していた薬草もつきかけた頃だった。とりあえずモンスターが持っていた宝などを換金する為、 商店に入ることにした。洞窟にある宝やモンスターが持っている宝や金は、大抵人間から奪ったものや、死人から漁った物だが、 故意的にモンスターを利用して盗難を行わなれた証拠がない限り、そのモンスターを倒した人間にその権利を譲渡 することがルールなのだ。
「あら、貴方強いのね。一人でこれだけと戦って勝つなんて。最近モンスターも強くなってるって噂よ。」
 レオンが広げた宝を鑑定を見ながら話し掛けるのは、鑑定が得意という店長の娘だった。レオンの表情は硬直する。
(げ…女…)
 そう思いながら、ぶっきらぼうに答える。
「まぁな。」
「ふぅん、どっちの方から来たの?」
「ローレシア。」
 機嫌の悪そうなレオンに解さず、楽しそうに商人が様々な噂話をしていく。うっとうしかったが、以前怒鳴りつけて かなり低い値をつけられた事があるため、レオンは黙って聞いていた。
「そういえば聞いたんだけど、ローレシアの王子が城を飛び出して旅をしているらしいわよ。なんでも ムーンブルクのお城をハーゴンとか言う男が攻撃してね、そのハーゴンを倒す旅に出たとか。もしそうなら、 アレフ伝説の再来ね!」
 レオンの顔が、一気に曇る。
(…もう、こんなとこまで話が来てるのか…やべえな…親父の手の者がいるかも知れねえ…)
 そのレオンの表情に気がつかず、商人は上機嫌に話を進めていく。
「でも、ムーンブルクの城が滅ぼされたって言うのも眉唾だし。王子様が旅をするなんて、できっこないものね。 …あなたローレシアから来たんでしょう?王子様、見たことある?どんな人?」
「…知らん。」
「あら、不機嫌ね。さては貴方が王子様?」
 レオンの胸が跳ね上がる。
「なーんてね、鑑定終わりっと。お父さん、この見積もりでどう?」
 遠くで聞こえる女の声にレオンが毒づく。
(…なんなんだ…やっぱりわけわからねえ…)
 鈍いのか鋭いのか。一方的にしゃべりかけ、わけのわからないことを言って満足する。そのくせ 戦闘には役に立たず、ちっぽけな虫を見て大騒ぎする。
 レオンに唯一つ言える事は、できるだけ女には近寄りたくない、ということだけだった。


「さてと、ずらかるか。」
 一夜明けて。新しく買い込んだ薬草を背負い、レオンは北へと向かった。
 ここから東に行けば、ローラの門と呼ばれるムーンブルクにつながるトンネルがある。本当はとっとと そちらへ抜ける予定だった。が、予定を変更して北に向かったのは、恐らくローレシアと同じ報告を 受けているサマルトリアに向かう為だ。


 サマルトリア。それはアレフが作り上げた国から分けられたロト三国の1つである。森と湖に囲まれた国で、 文学と医学が盛んな国。ローレシアと現在最も交流が行われている国であり、関係も良好な国。
 そして、レオンの目的はただ一人だった。
 サマルトリアの若き王子、ルーンバルト・サルン・ロト・サマルトリア。魔法と剣を両方たしなむ魔法戦士だ。 博学で努力屋。気は優しく人好きのする顔立ちをもつ王子。だが、
(あのとろいあいつに、旅なんかできるか・・・?)
 何を言っても怒らない王子を思い出し、レオンは頭を掻いた。

 式典などで三国が揃う事はよくある。そんな時、年も近いこともあってかリィンも含めた三人でよく語り合ったり、 息抜きをしたものだった。また幼い頃はよく三人で遊んでいた幼馴染のようなもの。ルーンにとっても ムーンブルクの崩壊、そしてリィンの生死は決して無視できないものであるはずなのだ。  尖塔が見える。サマルトリアは自分の城の次によく行くので、なれた調子で城の中へ入っていく。
 城は騒然としていた。やはりムーンブルクからの使者は来たらしい。だが、こちらの使者は、伝える前に死んでしまったと、 噂がレオンにそう語った。だが、その死に様が明らかに人間の手ではない事で、だいたいの情報はつかめているらしい。
 その混乱に乗じて、レオンはルーンの部屋に向かった。ルーンは部屋で読書をしていることが ほとんどなのだ。周りに人がいないことを確認しながら、扉を開けた…鍵が開いていたのだ。こそっと入り込む。

「…あいつは日頃とろいくせに、なんだってこんな時だけ素早いんだ…」
 そこはもぬけの殻だった。壁にもたれかかって脱力をする。
(…城のどこかにいる可能性もあるけどな…やっぱ見つかったら連れもどされっかな。)
 しばし悩む。探すべきか。それとも既に旅に出たのだろうか。もしそうなら、 自分も一人で旅立ったほうがいいだろうか。
 だが、何故だかルーンが自分を置いて行ったという気がしない。いや、確信に近かった。自分が ルーンを誘いに来たのだからルーンが自分を置いて行くはずがないと。
 とりあえずがざがさと部屋を漁る。めぼしい所にメッセージはなかった。だが、よく見ると壁の一部分が四角く白い。
「…何か、はがしたのか…?何が貼ってあったけ…?」
 考える事しばし。
「地図…だ。」
 確か、ここにはローレシア大陸の地図が貼ってあった。 間違いない、あいつも旅立っていた。ロトの末裔としての誇りを持ち、友を助ける為旅に出ていたのだ。
「行って助けてやらなきゃな。あいつ一人じゃ、なんにもできねえだろ。」
 もう、この部屋には用はない。だが、闇雲に探して見つかると思うほど愚かでもない。
 しばしの黙考。そして葛藤。
(しかた、ねえか…)
 やりたくない、手だった。できれば避けたい。いや、これを選ぶくらいなら、むしろルーンに拗ねられ、五年くらい 言われ続けることを覚悟で一人で旅立ったほうがいいと思うくらい、『やりたくない』手だ。
 だた、『仕方ない』のだ。本当に仕方がない。これしか手がない。
『仕方ない』と自分の心に言い聞かせ、自分の心に嘘をつき、ルーンの部屋をするりと抜け出た。


 その場所は、知っていた。行った事はない、入ったこともない。だが、その部屋の場所は知っていたし 記憶してもいた。
 部屋の目の前には一人の兵士がいた。服装から考えて下っ端だろうから、自分のことは知らないだろう。 が、自分の噂を知っていたら、勇者アレフにそっくりなこの顔から素性がばれる可能性がある。
 だが、考える事は性に合わない。堂々と前に歩く。
「お前は誰だ、ここはサマルトリア王女の部屋。用なき者は立ち去れ。」
「いや、なんかあっちの方で葬式の手が足りねえから人手探して来てくれって、お達しなんだけど。」
 さらりと嘘を言う。
「そ、そうなのか?」
「ああ、なんか偉そうなのが俺にヒステリックに叫んできてな。悪いけど、行ってやってくれないか? なんか異国の奴が死んだそうじゃねえか。」
「ああ、気の毒にな。わかった、呼び出しご苦労だな。」
 もともとサマルトリアは平和な国。まったく疑いを持たず兵士は持ち場を離れた。


 そこまでしても、まだため息をつく。女が苦手なレオンが、最も苦手とする女がこの、ルーンの妹の セラフィナ姫…通称セラだった。
 セラは自分より5歳年下の13歳の王女で、可愛らしく人に愛される容姿、性格の持ち主として 国内外問わず人気の高い王女だった。
 そして…レオンと同じくセラは、『ローラ姫』の生き写しの顔立ちを持って生まれている。ゆえに、数々の貴族が 集まるパーティーなどでは、よく、もの好きな大人たちが二人を並べたがるのだ。
 それが嫌だとか思ったことはない。だがセラは違う。にこやかに笑うときもあると思えば、呼ばれて苦笑いをしているときもある。 表情の回転速度はレオンが知っている女の中では一番で、それがなおかつ「わからない」「苦手だ」と思わせる 原因だった。
 だが、どうこう言っている場合ではない。レオンはノックをする。
「…だあれ?」
 その言葉に、レオンは扉を開く。なぜか背筋がぴんと立つ。この姫と話すときは妙に緊張するのだ。
「お邪魔いたします、姫。レオンクルス・アレフ・ロト・ローレシア です。…ルーンは来ませんでしたか?」


 光る扉のこちら側に、写し絵のように立つ一人の勇者。
 閉じ込めれていたローラ姫が見たのは、こんな光景だったのだろうか、セラはそんなことを思っていた。
「本当に、いらっしゃいましたのね、レオン様。…リィン姉さまをお助けに?」
「はい。ルーンはおそらく先に旅立たれたと思います。何か、聞いてはいらっしゃいませんか?」
 その言葉に、セラはしばし沈黙した。まだ13歳の幼い姫が妙に大人っぽく見えて、奇怪だった。
 セラは視線を窓に向けて、つぶやいた。
「…私は何も聞いておりません。兄は私には何も言わず、旅立ったようですわ…でも 、この国では旅立ちを求めるものは、勇者の泉で身を清めるのが風習です。…兄もおそらくそちらに向かったと思います。」
「サンキュ!…じゃねえや、ありがとうございます。」
 レオンは手を振って扉を出ようとした。すぐ近くで声がする。
「あのうそつきくそがき――――――!!!どこ行きやがった――――――――――――!!!!」
「げ、…やべ…」
 見張りの兵士の声だった。嘘がばれたのだろう。このままのこのこ外に出るとやばい。
「あの、レオン様…よろしかったらあちらの窓から出られたほうが…」
「そうします…俺、今日窓から出てばっかだな…」
 これも全部ルーンが悪いと、少々八つ当たりしながら、レオンはセラの部屋の窓から身を躍らせた。


 第一話です。なんだか状況説明に終始してる感じですね…
 旅はここから始まります。また、長いたびになると思いますが、レオンと、まだ登場しない二人と共に頑張ろうと思います。  ともあれ、これから始まる「精霊のこどもたち」。皆様もぜひ、 どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

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